中編1

 ひとみは私が大学で一番一緒にいた子だ。一年生から、選択する授業がほとんど一緒で、学籍番号が近いこともありすぐに仲良くなった。

なにかと挑戦的な人でもあった。面白いことにはすぐ飛び込んでいく。学祭はサークルなどに入っていない無所属ながら屋台を開いたり、県内の大学にある学食をレビューする動画チャンネルを開設するなど。そんな面白いことを始めるひとみに私は乗っかるように広報役だと言って付いて行っていた。


 おかげで、ひとみは学内でもそこそこの有名人。身長も高くて鼻筋も通った美人だったから、顔は広まっていた。

 なんとか彼女とお近づきになりたい男から、私へ連絡先を聞いたり一緒になにかを始めようと持ち掛けられたことは何度もある。私は私で、ひとみのマネージャーとして認知されていた。


 大学を卒業してからやり取りは私の結婚報告ぐらい、会うのは久しぶりだ。

 私の結婚式も忙しいからと、出席していない。律儀にご祝儀が送金されていた。彼女には学生時代の活動時に私の口座を教えていた。

 



 ひとみが席に加わり、これでゼミの同期は全員揃った。

 追加注文の品を持ってきた店員に乾杯用の飲み物を注文する。

 皆、ひとみが来るまでにそれなりに飲んでいる。開宴のときみたいにビールを頼んだのはずっと同じものを飲んでいる2人だけ。

 私はオレンジジュースを頼んだ。


「カシスオレンジで」


 だから、ひとみが唯一飲めるお酒を頼んだことに気が付いたのは私だけだった。いや、こんなこと気に留めるようなことではない。例えば、さっきからビールばかり飲んでいる田辺君か宇野君のどちらかは、学生時代からビールばかりだった気もする。私にとって、2人の存在はその程度。彼らが何を好んでいようと、さして興味はない。


 つまるところ、私にとってひとみの存在は彼らと反対にある。

 乾杯をして、話題は一回転。ひとみの近況報告になる。私は適当に相槌を打ちながらも、彼女の一言一言を聞き逃さぬよう、耳を傾ける。


 出版社で働いていること。雑誌の編集をやっていること。取材費でご飯が食べられること。常にアンテナを張っているので、休みの日も休んだような感覚が薄いこと。


「あ、須藤さん旦那さんとカフェやってるらしいよ」


 カフェの特集が会議に出ていると話すと、サークルクラッシャーとして名を馳せていた──勝手に男どもが盛り上がっていただけ──の木村さんが私の近況を持ち出した。


「ああ、それは」


 既にひとみは知っている。結婚報告と同時に伝えたのだ。だから、真新しい情報じゃない。面白味なんてないよ。どう言えばいいか悩む私へ、ひとみが顔を向けてきた。目があった。


「そうなんだ。今度行ってもいい?」

「え?」

 ああ、うん、とか。そんな曖昧な返事をした。


 どうして、知らないふりをしたのか。電話で話をしたことを忘れてしまったのか。社会人になって夜が明けるまで通話したのはその一回きりだったけど、私の中ではけっこう大切な思い出として残っているのに。


 変わってしまったのだろうか。

 ぐらぐらと揺れる。もしかしたらちょっと視界が滲んだかも。酔いが回ってきた? オレンジジュースじゃ醒めそうになくて、お冷を頼む。

 一番端に座るひとみが店員から水を受け取る。「はい、たまき」「ありがと」。昔よく聞いた、冬の明け方みたいに澄んだ声。


 会話に戻るひとみの横顔に当時の面影を無理やり重ねる。首筋のほくろ。左手に指輪はない。

 昔と変わらぬひとみが隣に居ると思い込んで。なんとか、会計の最後まで笑顔を保っていられた。

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