物語はとある風俗店の特殊な拘束プレイ(電車痴漢)で盛り上がる匿名掲示板のやり取りから始まる。風俗店で非人間的なプレイの対象にされる女性の淡々とした語りと対照をなし、物語の最後まで即物的な欲望の掃き出しか、一見すると優しさや思いやりを装った所有欲かのいずれしかないのが救い難い。一方当事者の女性は一切の告発もしないから、読み手としては居心地の悪さを感じてくる。女性がなぜ夜職の内でも最底辺のプレイで日銭を稼いでいるのかが徐々に明かされる構成だが、その過程で胸糞の悪い客がこれでもかと出てくるのでご注意。最後はタイトルが回収されるのだが、主人公にとっての救いが第三者のアクティブバイスタンダーではなく、結局過去の関係性の中での感情的繋がり、すなわち恋をベースにした介入(この場合ほとんど救出と言っていいが)しか救済し得ないという話が、逆説的にこの手の話の絶望的な救われなさを際立たせる。
とはいえ介入者の行動は彼女を名前のある存在として扱い、まずは承認と関係性の世界に引っ張り上げるのに対し、匿名掲示板の「ありがとう」「幸せになって」は当事者には一切届かない自己完結的な感傷であり、愛情どころか失ってから美化しているだけの所有欲(彼らは「飼ってた」だの「開発した」だの匿名のまま消費しているだけ)の回顧でしかない。少なくとも我々がどう振る舞ってはいけないかがこれ以上ないくらい対比的に明示されており、同時にそこから本来ならどう振る舞うべきかも浮き彫りにしている。それだけでも本作は読む価値しかない。ただし人は選ぶと付言しておく。