第92話 冬の章(20)

 震える声で彼の話を遮る私に向かって、青島くんは真剣な顔で首を振る。


「入学式の日、偶然、校門の前で不安そうな顔で空を見上げているお前の姿を見かけたんだ。その時、それまで全然思い出せなかった女の子の名前が、突然頭に閃いたんだ。そうだ。『白野つばさ』だって」

「ほ、ほんとに?」

「ああ。それから俺は、お前のことを探したんだ。同じクラスにはいなかったから、他のクラスを覗いて。それで、葉山のクラスにいたお前の姿を見つけて、急いで葉山にお前の名前を確認したんだ。そしたら……」

「白野つばさ、だった?」

「そうだ」


 私の呆然とした言葉に、青島くんは力強く頷いた。その顔をぼんやりと見ながら、どういう事なのかもう完全に分からなくなってしまった私の頭の中では、小さな私と青島くんの駆け回る姿、そして、フリューゲルと手を繋いで庭園ガーデンを駆け回る姿が交錯し、何が本当の記憶なのか判断がつかない。


 頭の処理能力がオーバーヒートしてしまったのか、私は、頭の中でぐるぐると巡る記憶に思わず眉を顰める。


 小さな私。小さな青島くん。小さなフリューゲル。そして、両親とのいろいろな記憶。まだ一年ほどしか一緒に居ないはずの両親との沢山の記憶が、次から次へと映像となって、私の頭の中を駆け巡る。


 あまりに膨大な記憶の渦に呑まれた私は、頭を抱えその場に疼くまる。


 暗闇の中、いつも隣にある小さな手を探していた、まだ小さな小さな私。


 光の海流に流されるようにして明るい世界へやってきた私に、嬉しそうに笑いかけるお母さん。どこかおっかなびっくり覗き込んでくるお父さん。


 うっすらと微笑みを浮かべ、互いに頷き合い喜び合っているNoelノエルと、安堵と困惑を混ぜたようなお顔の司祭様。すぐ近くに聞こえる泣き声は、きっとフリューゲルのものだ。


 ピンクの花びらが降り頻る中を、お父さんとお母さんと手を繋ぎ歩く。


 暗い空をピカッと切り裂くように光る雷を怖がり、お母さんにぎゅっと抱きつけば、暖かい手が私の背中をポンポンと優しく叩く。


 澄み切った空を見上げた私が、もっと空に近づきたいと駄々をこねれば、お父さんの大きな手が私を抱きかかえてくれる。


 真っ白い雪の中、私と一緒に雪だるま作りに夢中になるお父さん。雪の冷たさにかじかんで真っ赤に染まった私の手をそっと包んで温めてくれたお母さん。


 いつしかその手は小さくなり、子供Noelのフリューゲルが私の手をしっかりと握り、青と白の世界を歩いている。

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