第35話 夏の章(10)

「葉山、こんなところで何してるんだ?」


 開口一番、青島くんは緑に問う。しかし緑は、ずぶ濡れの私に目を丸くしていた。


「ちょっと、つばさちゃんどうしたの? そんなに濡れてちゃ、風邪ひいちゃうよ。ちょっと、ヒロくん、タオルとか持ってないの?」

「あ……、いや、持ってない」

「も~。どうして、傘さしてあげてるのに、つばさちゃんを濡らすかなぁ」

「あの、青島くんのせいじゃ……」

「ちょっと待ってて。タオル取ってくる」


 相変わらずポンポンと弾むようによくしゃべる緑は、私たちの話をろくに聞かず、言いたいことを言うと図書館の中へと駆け込んでいった。そんな様子に、私と青島くんが苦笑い交じりに視線を交わしていると、すぐにパタパタと足音を立てながら緑が戻ってきた。


「はい。つばさちゃん。このタオル使って。汗拭き用に持ってきたけど、まだ使ってないから」

「ありがとう。緑ちゃん」


 私は、緑に礼を言って差し出されたタオルを受け取ると、早速、髪を拭き、服の上からタオルを当てて水気をふき取る。


「ってか、ヒロくん久しぶりじゃ~ん。夏休みだから、全然会わなかったね~」

「おう、そうだな。で、お前、こんなところで何してたんだ?」

「こんなところって。今日は、司書先生のお手伝いで来てるんだ~。そういうヒロくんは? 学校で、つばさちゃんとデート?」


 ニヤニヤとしながら、緑は青島くんに問いかける。明らかに冗談であろうに、青島くんは、慌てたように否定する。


「バッ……ッカ。お前、何言ってるんだ! 俺は、部活! 白野だって部活……だよな?」


 ずぶ濡れ、泥だらけの私の姿を見つつ、青島くんが確認してくる。


「うん。そう。花壇のお手入れに来たら、雨に降られちゃって……」

「も~。つばさちゃんってば、何やってるの? 雨が降る前に作業止めればいいのに。雷だって鳴ってたんだし」

「うん。そうだね。ちょっと夢中になっちゃって」


 エヘヘと笑う私に、青島くんがまた心配そうな視線を向けているのがわかった。だから、私は彼に心配かけまいと、もっと笑みを深める。


 私の笑みに納得したのか、青島くんはクルリと踵を返す。


「それじゃ、俺、ミーティングあるから、もう行くわ。風邪ひくなよ、白野」

「うん。ありがとう。青島くん」


 青島くんに頭を下げてから、小さく手を振る。それに応えるように彼も軽く手を上げると、校舎の方へ来た道を戻っていった。


 雨の音に紛れて小さくなっていく彼の背中を図書館の入口で見送る。

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