第33話 夏の章(8)

 青島くんの冷たい声にもめげずに、木本さんは食い下がる。もしかしたら、こんなやり取りをこれまでにもしたことがあるのかもしれない。


「じゃあ、私、大海ひろうみの部活が終わるまで待ってる。だから、そのあと一緒に……」

「もう、この際だからはっきり言うけど」


 青島くんは、木本さんの言葉に自身の言葉を被せる。


「俺は、木本とは一緒に帰らない。今日も。これからも。どれだけ誘われようと一緒に帰ることはない。だからもう、俺を誘うのはやめてくれ!」


 青島くんはこれまでの溜まった思いを吐き出すかのように勢いよく言い放つと、私の手を取りクルリと踵を返す。


「待って。大海ひろうみ


 突然背を向けられた木本さんは、しばらく呆然としていたが、ハッと気が付くと必死に青島くんを呼び止めた。しかし、青島くんは振り返ることもなく、グイグイと私の手を引き歩いていく。


「彼女、いいの?」


 あまりに突然の出来事に、私は戸惑いがちに声をかける。しかし彼は、珍しく硬い表情をしたまま頷いた。


「いいんだ。いつかは、はっきり言わなくちゃと思っていたから」

「そう……なの」


 その言葉を聞いて、なぜだか私の騒がしかった心の内がフッと静かになった。


 背後からは、まだ彼女の声がしている。


「ねぇ。待ってよ。大海ひろうみ! そんな子より、絶対、私と居た方が良いのに。ねぇってば!」


 彼女の声を聞いても、もう私の心はざわつかなかった。彼と繋いでいる手がほんのりと熱を帯びる。繋いだ手の温もりが心地良くて、このまま手を繋いでいたいと思った。


 しかし、繋いだ手を心のままに見つめていたら、自分の手の汚れが目についた。


「あの、ごめん。手……」


 ポツリと言った私の言葉に、青島くんは勢いよく視線を向けてから、パッと手を離した。


「お、おお。勢いで、つい……ごめん」


 謝りながら俯く青島くんに、私は慌てて言葉を重ねる。


「あ、えっと、違うの。その。私の手、土いじりをした後だったから汚れてて、その……ごめんね。手汚れちゃったね」

「あ? あ~。本当だ」


 自分の手のひらを見ながら、青島くんはニカリと笑う。


「大丈夫。こんなのは、洗えば良いから」


 そう笑った顔は、いつもの彼の笑顔だった。しかし、それは一瞬のことで、彼の表情はすぐに曇ってしまった。


「あの、白野。ごめんな」

「え? 何が?」

「木本の事。本当は何かされたんだろ?」


 青島くんの声はいつもよりも暗い。彼が謝ることなんて何もないのに。彼は木本さんの行動に責任を感じているようだ。

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