第16話 春の章(4)

「アーラのこと、常に見守ってるって、司祭様が仰ったでしょ。忘れちゃったかな?」

「見てたの?」

「うん。毎日、君のことを見ていたよ」


 その言葉を聞いた途端、私の心の中でピンと張りつめていた糸のようなものが、急に緩んだような気がした。


 そっか。そうだよね。司祭様は、見守ってると仰ってくださったのだった。フリューゲルだって、こうやって来てくれたわけだし、私は一人じゃないんだよね。


 本当は、慣れない下界での生活はいつまで続くのだろうと考え始めると、答えが見つからなくて、眠れない夜もあったりした。私一人が、真っ暗な闇の中で立ち尽くしてしまって、みんなに置いていかれたような、そんな気がしていた。


 でも、そんなことを考えていたなんて、なんだか格好悪くて言いたくないから、つい何でも無いふりをする。


「ふ~ん。でも、フリューゲルも来られるなら、なんでもっと早く来なかったのよ?」

「できることなら、僕も君の近くで少しでも役に立ちたいと思ったよ。でも、下界の生活に慣れるためにも、一カ月くらいは君一人で頑張らなきゃいけないって、司祭様に言われたんだ」

「そう。司祭様のお考えなら、仕方ないわね」

「うん。だから僕は、毎日君を見守ることしかできなかった。でも、今日やっと司祭様から僕も下界に行くお許しを頂けたんだ」

「そっか。そうだったの。じゃ、これからはあなたもこっちで学ぶの? あなたのここでの名前はなんて言うの?」


 前のめりに問いかける私の言葉に、フリューゲルはまた俯いてしまう。


「学ぶのは君だけ」


 フリューゲルの答えを聞いて、私はあからさまに肩を落とした。


 もう、一人じゃない。二人ならなんとかなるかもしれない。そう思ったのに。


 フリューゲルの話をきいて、また少しだけ気持ちが重たくなった。結局、学ぶことは私の定めなのだろうか。大樹は私に何を学ばせたいのだろうか。


 重たい気持ちを表すように、ジトリとした視線をフリューゲルに向け、私は口を開く。


「じゃあ、あなたはこっちで何をするの?」

「これから君が、僕と話したいと思った時に話し相手になる……僕ができるのはそれだけなんだ」

「そう……なの」


 フリューゲルの答えに、言葉が重たくなる。そんな私の言葉に押し潰されるかのように、フリューゲルは項垂れた。


「ごめん。僕、何の役にも立たないね」

「そんなこと……」


 咄嗟に出た言葉だったが、それが口をついて出た事で、私は自分の気持ちを切り替える事が出来た。

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