春の章
第13話 春の章(1)
《四月二十八日 月曜日 はれ》
下界の生活を始めて、今日で一カ月。私は、『白野つばさ』という十五歳の少女の生活を送っている。司祭様のお話の後、突然
白野家の父親、つまり私のお父さんは、朝から晩まで仕事に出ていてほとんど家にいない。今日も既に仕事に行ったらしく、姿は無い。お母さんは専業主婦。のんびりとした性格なのか、マイペースに日々家事をこなしている。そんなマイペースなお母さんが、食卓で朝食を食べていた私に、のんびりと声をかけてきた。
「あら、つばさ。まだごはん食べてたの?」
「うん」
「でも、今日は少し早く学校へ行くって言ってなかったかしら?」
「あっ!」
忘れていた。今日は、授業が始まる前に補習を受けることになっていたのだ。私は、壁にかけられている時計に目をやった。急げばまだ間に合う時間だ。
「ごちそうさま! 行ってきます!」
食べかけの朝食をそのままテーブルに残し、足元にあった鞄を掴むと、私はダイニングを飛び出した。
「はい、いってらっしゃい。気をつけてね」
相変わらずのんびりとした声が背中越しに聞こえてきた。
あの人の周りはいつでも時間がゆっくりと過ぎているみたいだ。近くにいると、私の時間まで次第にゆっくりゆっくりと流れてしまう。おかげでこの一カ月、何度慌てたことか。今日だってそうだ。朝からちゃんと予定通りに支度を進めていたはずなのに、こうやって急ぐはめになったのは、きっと朝食のときに食卓にお母さんがいたからだ。
そんなことを考えながら家を出て、学校へ向かって走り出す。
庭園にいた頃は、私の時間もゆっくりと流れていた。お母さんのようにゆっくりのんびりとしていて、慌てることなんてなかった。もちろん走ったことも無い。開花の時間さえ守れば、あとは自由だった。
でもこの下界では、時の流れるスピードがとても速い。次から次へと予定が組まれていて、自由なんて全然無い。庭園から見ていたころは、下界のいろんな変化が見えていたのに、いざ下界で生活してみると、景色も時間もどんどん過ぎていって、変化を感じるどころではない。周りのスピードについていくことで精一杯だ。
庭園での時を懐かしく思いながら、私は全速力で走る。
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