第535話 新装備でパワーアップ

 結局、この週末は新装備の素材集めに明け暮れることになった。


 森の魔物?

 ……ああ、うん。あれは無理。


 少し入った所で遭遇したブラックリンクスは運良く倒すことができたのだけれど、かなりギリギリの接戦を強いられることになったくらいだ。多少能力値が上がった程度ではお話になりませんでしたよ。

 さすがは『不帰の森』だの『聖域』だのと呼ばれているだけのことはあるということかな。

 あの場所で安定して魔物たちと渡り合うには、技能の熟練度に加えてプレイヤースキルといった数値で表記されない部分も磨く必要がありそうだわ。


 さらに言うと、その一戦で持ち込んだ回復アイテムを根こそぎ使用することになってしまった。

 このように費用対効果が割に合っていないことからも、「森での狩りはボクたちにはまだ早い」という結論に達したのだった。


 余談ですが、ブラックリンクスの毛皮はミルファの防具に加工されました。物理防御力が高いから前衛に立つ彼女にはもってこいだったのだ。本人は「真っ黒で可愛くありませんの!」と難色を示していたけれどね。

 ワンポイントにロケットダッシュの羽をいい感じに飾りつけてもらったら、一転してお気に入りになっていたが。うちのお嬢様は髪だけでなく掌もドリルでした。


 一方、ボクとネイトの防具はグラスフォックスの素材だ。キツネさんと言えば魔法と相性が良いというのがゲームの定番で、それは『OAW』にも踏襲されていた。

 つまりこれで作られた装備品には、物理防御力はそこそこだけれど魔力も同程度底上げしてくれるという、ばんばん魔法を使うボクたちに合った性能を持っていたのだ。


 そりゃあね、欲を言えば物理防御力も欲しいよ。ミルファにだって魔力の上がる装備をさせてあげたい。

 が、早々都合良くどちらの条件も満たすような素材を手に入れられるわけではないから、どこかで妥協は必要になってくるのです。

 現実的な問題として軍資金にも限りがあることですし……。

 VRゲームの世界なのに世知辛いです!


 まあ、でも、そういう点からもブラックリンクスを狩ることができたのは僥倖ぎょうこうというやつだったね。


「ブラックリンクスの爪か。こいつは鍛え甲斐がありそうだぜ」


 熊おじさんの職人としてのスイッチが入ってしまったようで、ほとんど採算度外視の値段でミルファの武器を作り上げてくれたからだ。

 おかげさまで防具にまでお金を回すことができました。


 そして、やる気マックスで挑んだこともあって、でき上がった物もまさに一級品だった。

 『宵月の双爪剣』と銘打たれた大小二振りの剣は、夜の空に浮かぶ月のように白々とした輝きを放っていた。


「これは、凄いね……」


 イベントの進行度合いやボクたちのレベルアップの影響もあるのだろうけれど、ドワーフの里にいた一流の職人たちの作品に並ぶ出来栄えになっていると思う。


「持った瞬間に手に馴染むだなんて……。このような気持ちになるのは初めてですわ。まさに素晴らしいの一言に尽きますわね」


 それはボクもグロウアームズを手にした時に経験があるけれど、掌に吸い付くというか手にしっくりとくるあの感触は感慨深いものがあるよねえ。


「気に入る物が完成して良かったですね」


 そう言うネイトの手にも新しい相棒が握られていた。

 その名も『双珠のワンド』。のマーダーグリズリーを倒した時にドロップしていた二つの魔石をそれぞれ両端に取り付けた短杖だ。


 ……そう。マーダーグリズリーの、なんだよ。実は熊おじさんからの要求を満たせるだけの魔石がスホシ村周辺の魔物からは獲得することができませんでして……。

 森の出没する魔物ならばいけたのかもしれないけれど、前述の通り一戦だけでもギリギリの辛勝といった具合だったからねえ。高品質の魔石がドロップするまで戦い続けるなんて、到底無理な話だった。


 そこで「魔石なら元の魔物も分からないんじゃね?」と苦肉の策として提出したのがこのマーダーグリズリー由来の魔石だったという訳だ。

 結果として予想した通りバレることはなかったのだが、とってもズルをした気持ちにさせられてしまいましたとさ。


 その分、熊おじさんは良い物に仕上げてくれたのだけれどね。

 それでもなぜだか本人的には納得がいかなかったようで、


「すまねえ。俺がもっと魔力の扱いに長けていれば。ぐぬぬ……!」


 などと言いだして頭を下げる始末だった。

 なんでも一口に鍛冶師と言っても様々で、特に魔力の扱いに長けた人と逆にほとんど魔力を用いない人に大別するらしく、例えば同じ素材から同じように剣を作る場合でも、前者だと属性を持っていたり〔強化魔法〕などの効果が上昇したりといった特徴を持つようになるのだとか。反対に後者の場合は攻撃力や耐久力が高いものになり易いのだとか。


 熊おじさんはどちらかというと後者寄りであり、元から魔力を含むものを素材として使用すれば問題なくその力を活用した一品を作り出すことができる一方で、持ち手のMPを増大させたり、元の魔力以上の力を付与したりすることはできなかったそうだ。

 魔石の要求値が高かったことにはそういう事情も存在していたらしい。


 ボクたちとしては十分な出来だと思うし、何よりアイテムボックスの肥やしとなり果てていた素材類を少しでも減らすことができたので、文句など一つもなかったのだけれどね。

 まあ、この辺りは本人の問題だ。落ち込んで気力を失っているならばともかく、彼の場合はどちらかと言えば己の未熟さを前にして向上心がメラメラと燃え上がっているような雰囲気だった。それに水を差すことになりかねない差出口は控えるべきだろう。


 決して下手に声を掛けてしまえば、「気合いだ努力だ根性だ修行だ!」的な暑苦しい状況に巻き込まれかねないなどと思った訳ではありませんヨ?


 最後に龍爪剣斧と牙龍槌杖のレベルアップについてですが、


「残念だがこちらの手持ちを含めても、使用できる素材がどれも格が足りてねえな。どうしてもっていうならやれないことはないが、レベルアップの機会を失うだけでなく、今後の成長に制約が出るかもしれん。よほど切羽詰まっているんじゃなけりゃあ、もっと良い素材を見つけてからにするべきだな」


 とのアドバイスを頂くことになり、またもや延期となったのでした。

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