第288話 おやつ休憩中

 休憩を取ろうと提案したまでは良かったが、ちょっぴり茶化したことで説得力が激減してしまったらしい。納得しきれなかった二人は探索熟練者であるエルへと助けを求めてしまったのだった。

 そんなボクたちの様子にエルフさんは苦笑しながらも、場を治めるために口を出してくれることにしたようだ。


「二人が心配するんも分かるけど、前半の内容は至ってまともなことを言うとるわ。気持ちを仕切り直すためにもここで休憩をとるっちゅうんは理にかなったことやと思う。まあ、後半の台詞で台無しにしてしもうたけどな」


 おうっふ。フォローもしてくれたけど、しっかりと追撃もしてくるなんてエルさん厳しい!

 しかし実際その通りな訳だし、何より彼女が太鼓判を押してくれたお陰で休憩を取ろうという流れになったのだから、ボクとしては文句を言える立場ではなかったのだった。


 言い訳をさせてもらえるのであれば、おやつを出したことにも一応理由はあったのですよ。

 ぶっちゃけ最終的には緊張を解いた時間さえ作れれば良かった。が、ただ単に「休憩しよう」とだけ言ったところで、そう簡単に意識を切り変えることはできない。

 それならばと強制的に意識を奪取できるおやつを用いてしまおうと考えた訳です。


 後、余計な一言であった「おやつを食べたくなった」という部分も本音ではあったんだよね。

 リアルの方でならともかく、こちらの世界では甘い物を食べる機会が極端に少なくなっていまして……。ふとミニジャムパンたちの存在を思い出してしまい、頭から離れなくなってしまっていたのだ。


 ちなみに試食の際の評判は上々で、近日中にクンビーラの各地で販売が開始されるようになるのは間違いない、らしい。

 材料などはそれなりにありふれたものばかりだったのだけど、パンの中に入れるという発想が物珍しかったとのこと。

 ジャムやクリームですらこれなのだから、もしもカレーパンを再現できてしまった時にはとんでもないことになりそうだと、今から戦々恐々としているボクなのでした。


「時々、リュカリュカは素直に料理人になっていた方が世の中のためだったのではないかと思ってしまいますわね」


 ミニジャムパンを頬張りながらミルファがそんな言葉を口にする。

 それにしても満面の笑顔その表情とは裏腹に、内容の方は随分と辛辣になってないかい?


 実は〔料理〕技能自体はカツうどんを作ったりした頃に習得していたのだけれど、色々と他にすることがあったことから熟練度アップは後回しになってしまっていた。

 今回は行き先が決まっていて、しかも長丁場になる可能性もある事から空腹度への対策も必要ということになり、準備の一環として作っていたのだ。


 加えて、現在のボクの技能熟練度でどのくらいのことができるのかを試すという意味合いもあった。

 リアルでの動きと同じ程度のことをしてみた結果、それを阻害するようなことにはなっていなかったので一安心。

 もっとも、かまどの火加減とかリアルでは体験しようがなかった点に関しては大幅にマイナス補正が働いていたもよう。

 どうやら〔料理〕熟練度上昇による目に見える変化はこの辺りのことに現れるようになっているみたいです。


「公主様も絶賛していましたからね。確かにリュカリュカならばお抱え料理人の座も狙えるような気がします」


 ボクがあれこれと考えている間に、ネイトまでそんなことを言い出していた。


「うーん……。料理することは好きだけど、あくまでも趣味の範囲のことだしなあ。仕事にするとなるとちょっと違う気がするかな」


 ボクの料理の腕前は精々が自分たちで食べる分の家庭料理を問題なく作ることができるレベルのものでしかない。

 すっかり定宿になってしまった『猟犬のあくび亭』の料理長であるギルウッドさんどころか、女将のミシェルさんにも遠く及ばない気がする。

 あ、女将さん、今日のお弁当も大変美味しく頂きました。


「それにお抱えの料理人ともなると、栄養のバランスなんかも考えないといけなくなるもの。その人の健康を、極端に言えば命を預かることになるような責任をおいそれと背負うようなことはできないよ」


 栄養学という分野がどれくらいまでこちらの社会に浸透しているのかは分からないが、貴族や領主のお抱えになるだけの料理人たちであれば食べ合わせの良い食材同士といった具合に、それらのことを下積みの中で経験則として習得しているはずだと思われます。


 後、カツうどんを始めとした新しい料理を生み出す発想力に期待されているようなところがあるのだけれど、それこそプレイヤーが活躍できるようにゲームとして設定されている部分なのでボク自身の力だとは言い難い。

 そういう訳で、やっぱり本格的な料理人には現時点では――将来的には、まだ何がどうなってそうなるかは分からないからね――なれそうもないかな、と思うのでした。


「エルは静かなままだけど、もしかしてお口に合わなかった?」


 それともエルフの種族的に食べられないものでも含まれていたとか?

 休憩に入ってから一言もしゃべっていないもう一人のパーティーメンバーに水を向けてみる。


「いや、そんなことないで。どっちもめっちゃ美味かったわ」


 その言葉に偽りなしということなのか、彼女の分として渡しておいたミニ菓子パンは全て消滅してしまっていた。

 とりあえず食べられないものがあった訳ではないようで良かったよ。


「は、早いですわね。わたくしでもまだ二個目だというのに……」


 騎士団の訓練に参加していた時に癖になってしまったのか、ミルファはこういう簡素な食べ物の時は驚くほど素早く食べ終えてしまうのだ。

 そんな彼女以上の速さとなるのだから、エルは相当の早食いだということになる。


「そうは言うても、エッ君やリーヴよりかは断然遅いしなあ」


 などと苦笑しているが、それは比較する相手が悪すぎると思う。

 うちの子たち二人の食事風景はまさにイリュージョンだからね……。それぞれの前に置いてあったはずのごはんがいつの間にか消えてしまう光景は何度見ても目を疑ってしまうというものだ。

 むしろそれに並んでしまうようなら、「ちゃんと噛んで食べなさい」と注意しなくちゃいけない状態だと思う。


 カレーが飲み物なのはごく限られた人だけの話なのですよ。

 消化を良くするため、さらには食べ過ぎを防ぐためにもしっかりと噛む習慣を心がけようね。お姉ちゃんとの約束だよ!

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