第287話 緩急が大事なの

 ドラゴンタイプを倒したことで条件を満たしたのか、いつの間にやら部屋の中心にさらに下の層へと続く階段が現れていた。

 ちなみに、地上で戦ったガーディアンゴーレムとは異なり、ドラゴンタイプは何一つアイテムを残さずに消えてしまっていた。


 そのことにエルは、


「ゴーレムっちゅうんがそういうもんやとは分かっとったけど、素材の一つも残さんとおらんようになられるとやっぱり腹立つわ」


 とプンスカ憤っていた。その気持ちはボクも良く理解できてしまうのだけどね。

 せっかく頑張ってボス級の敵を倒したのだから、ご褒美としてレアドロップの一つくらいはあってもいいのではないかと思ってしまうのだった。

 まあ、その分今回も経験値や技能熟練度が多めに獲得できるようにはしてくれていたようではあるのだが、これはこれ、それはそれというやつなのですよ。


「過ぎたことをどうこう言ったところで何も変わりはしませんわ。それよりもエル、この階段の先はどうなっているのか見当がつきまして?」

「……さすがに続けて番人を配置しとるような事はない、と思いたいとこや」


 地上でガーディアンゴーレムを倒すことによって地下遺跡へと入る資格を得て、広場では大陸統一国家に繋がるだろう謎を――一応は――解き、さらには複数のゴーレムやドラゴンタイプという難敵を倒すことができるだけの力量も示してみせた。

 ここまでやれば普通はこの先に待つのはゴール地点、のはずなのだけど……。エルに言わせると「どうにも妙な感覚が残ったままなんや」とのことで、油断は元より気を緩めることも危険かもしれないらしい。


 とはいえ、その道の達人と言われるような人でもなければそうそう気を張り続けることなどできはしない。

 心身共に負担が大き過ぎるからだ。特に心的な面が問題で、一見すると単なるミスでも実は精神的な疲労によって正常な判断ができていなかったということさえ起こり得るのだ。

 この時、ボクの脳裏に映し出されていたのは、中学時代の後輩たちの姿だった。


 当然のことだと言うべきか。規格外である里っちゃんに率いられたボクたちの学年の生徒会は、生徒たちだけでなく先生たちの間ですら歴代最強とすらささやかれていた。

 ここで最高ではなく最強となってしまう辺り、つくづく里っちゃんだなあと思ってしまう訳で。

 まあ、最恐とか最凶と言った当て字を付けられていなかっただけマシなのかもしれないけれどね。


 余談だけど、里っちゃんたち生徒会がしでかしたことの何割かはボクがイレギュラーメンバーとして参加していたからだと言われているそうだ。

 ……ボクがやったことなんて精々が皆のサポート程度のことだったというのに、何とも大袈裟なことだと思う。


 それはさておき、そんな最強生徒会の後を継ぐということで次の学年の子たちは異様に力が入ってしまっていた。

 しかも面倒なことに新しい生徒会長及び副会長に選出された二人が、揃いも揃って里っちゃんに対抗意識を持っていたとあれば、問題が起こらないはずがないという状態でして……。


 何かと反発してくるため、ろくに引き継ぎ業務すら行えない始末だったらしい。

 一応、友好的だった他の新規生徒会メンバーに色々と叩き込むことで完了させたのだけど、やはりと言うかその子たちに余計な負担が掛かってしまうことになったのだそうだ。


 えー……、とても人ごとのようですが、ボクは所詮イレギュラーな存在ということでこの時には業務から外されてしまっており、後から人伝で話を聞いただけだったりするのだった。


 そんな半ば分裂気味に発足してしまったからか、スタート直後の新生徒会はぐずぐずのぐだぐだになってしまっていた。

 辛うじて里っちゃんたちが仕込んだ子たちの頑張りで、何とか体裁を保っていたものの、そんな不安定な状態がいつまでも続くはずもない。

 精神的な疲労が積み重なった結果、生徒会長と副会長の二人も含めた全員が些細なミスを連発するようになってしまったのだ。


 これはまずいと判断した先生たちからのお願いによって、里っちゃんたち前生徒会メンバーが一時的にサポートとフォローに回ることになり、何とか持ち直すことができたのだった。

 この一件によって、里っちゃんたちの最強生徒会の名がさらに強固なものとなったことは言うまでもない……。


 で、ここまではまだ理解できなくもない流れだったのだけど、当たり前のようにボクまでその中に含まれていたのは何故なのでせうかね?


 ちなみに、先生たちの判断と介入が遅すぎるという意見もあるだろうが、これにはボクたちの受験を考慮したため、というか全員が推薦枠で合格が決まったために可能となった力技だった、と言った方が適当かもしれない。

 里っちゃんに付いていけるだけあって皆優秀だったのだよね。

 最強生徒会の呼び名は伊達ではなかったのですよ。


 と、実際には期間の長さの違いなどもあるので、あの時の彼らと今のボクたちを単純に同一視することはできない。しかし、張り詰め過ぎてしまうことで精神的に疲労しやすい状況であることには違いはない。

 しかも彼らの場合は少々のミスでも修復したり復旧したりすることができたが、ボクたちの場合はそうはいかない。

 たとえ些細なことであっても文字通り致命的なものへと繋がる、または拡大する危険性があるのだ。


 いざとなればログアウトによってゲームを中断してリアルで休息を取れるボクとは違って、ミルファたちやうちの子たちは心を休める暇がない。

 ここはできる限り不安要素を取り除いておきたいところだ。


「よし。それじゃあ一旦おやつ休憩にしよう」


 そう言いながら〔料理〕技能の熟練度上昇のために作ったミニジャムパンやミニクリームパンをアイテムボックスから取り出していく。


「え?こんな時にですか?」

「こんな場所でですの?」

「こんな時にこんな場所だからこそだよ。この先どれだけ続くかも分からないんだから、休息できるときにしっかりと休息を取っておかないと、いざという時に力を出せなくなるよ。おやつを食べたくなったという理由がないとは言わないけどね!」


 正気かと問わんばかりの勢いで尋ねてくるネイトとミルファに、休憩の重要さを説いていく。それでも不安感を拭いきれなかったのか、二人は微妙な顔をエルへと向けていた。

 どうやら雰囲気を明るくしようと、茶化したように言った最後の台詞が余計だったみたい。

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