第14話 討死ガチ勢
「流石は修験道の開祖を出した家。
携帯が圏外になるくらいの山中にあるとは」
「…コラボイベント出来ないんだけど」
住所が書かれた紙を片手に、睦月さんとサクラちゃんがため息を吐く。
近場にスーパーもコンビニもなければ、民家すら見当たらない。
クマに出くわしてもおかしくないような大自然が、そこに広がっていた。
ご主人様が試しに開いた携帯にアンテナは立っておらず、「圏外」の二文字が表示されている。
現世から隔絶されたかのような錯覚を覚えながら、俺は屋敷へと視線を戻した。
「…凄まじい妖気ですな」
「アンタとサクラほどじゃないけど…、こーりゃ楽できそうにないわね」
今までの妖とは比べ物にならない妖気が、俺たちの肌を撫でる。
到底、退魔師の家とは思えない。
『強大な妖の棲家』と言われた方が納得できる程の威圧感が、辺りを包み込んでいる。
警戒心を露わにしていると、身の丈の二倍はありそうな扉が、ゆっくり開いた。
そこには、なんとも質素な着物を着た役 小華が、数人の使用人を連れて立っていた。
「遠路はるばる来てくださってありがとうございます、睦月退魔師事務所の皆様方。
案内は私、98代目『役小角』筆頭候補、役 小華が務めさせていただきまひゅ」
あ、噛んだ。
俺たちの生暖かい視線が恥ずかしかったらしく、彼女は顔を真っ赤にして俯く。
睦月さんも吹き出しそうになるのを堪えつつ、「所長の睦月です」と改めての自己紹介を行なった。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「役小角の名は、彼が従えていた鬼の夫婦から生まれた子に受け継がれてきました。
私は厳密に言えば、鬼の血を引いた人間。
力と名前を受け継いではいますが、役小角本人の血縁ではないんです。
彼は子孫を残さなかったので…」
屋敷を歩く最中、小華ちゃんがすらすらと役家についてを語る。
役小角本人が子孫を残したわけではないのに、勝手に名乗ってていいのだろうか。
それに、鬼の子孫なら、どちらかというと妖寄りの存在なのではなかろうか。
そんなことを考えていると、睦月さんが問いかけた。
「あなたは妖力ではなく、霊力を使っていましたが?」
「あ、はい。ご先祖様は鬼と言っても神格化された存在ですので…。
そのため、役家に生まれた人間は皆、膨大な霊力を持って生まれるんですよ」
「ははぁ。神聖視されたから、妖力が霊力に転じたわけですか」
「ボクが霊力を使える理由と似ているね。
道真公は怨霊としての側面もあるし、神としての側面もあるから」
信仰というのは、俺が思うよりもずっと強い力を持っているらしい。
…しかし、自分の家の自慢だとやけに流暢に喋るな、この子。
そんなことを考えていると、ふと、ある疑問が浮かび上がった。
「では、この妖気はなんなのですかな?」
「……それは、51代目本人の口から聞いた方がいいかと」
先祖帰りとかだったりするのだろうか。
それとも、何らかの要因で妖になってしまっただけなのか。
…わからん。俺の貧相な知識と想像力では結論まで辿り着けない。
俺が悶々と悩んでいると、ふと、小華ちゃんが立ち止まり、襖を差した。
「着きました。ここに51代目が居ます」
見た感じは普通の襖である。
しかし、俺たちの肌を撫でる威圧感は、その奥から放たれている。
ごくり、と、ご主人様が生唾を飲み込む。
その音を掻き消すように、小華ちゃんがゆっくりと襖を開けた。
「51代目、連れてきました」
『感謝する』
しわがれながらも芯のある、厳かな声だ。
俺の声が老獪さを纏う好々爺のようなものならば、この声はどっしりと構えている武人のような印象を受ける。
俺たちが襖の奥を覗き込むと、そこに佇んでいたモノが、ゆっくりとその目玉を俺たちに向けた。
『歓迎するぞ、客人よ。
吾輩は役 鬼右衛門。今より500年ほど前、51代目「役小角」を名乗っていた退魔師であり、武士である』
仮面でしか見ないような、皺と威圧が鎮座する鬼の顔。
どこまでも黒く染まった瞳に、剥き出しになっている雄々しい牙。
筋骨隆々とした身体を彩るかのように、紅の甲冑が鎮座している。
一言で表すなら、鬼武者。
全身で殺意を表現したかのような出立ちの妖が、その相貌をご主人様に向けた。
「…アンタが、51代目『役小角』?」
『その名は好かん。鬼右衛門と呼んでくれ。
今の吾輩は、ただの武士である』
「武士にしては、随分と人間離れしてるわね」
『ああ。退魔師としては恥ずべきことだが、吾輩、病で死ぬのは御免だったのでな。
人の身を捨て、鬼となった』
「…戦国時代生まれが、情けない話ね。死にたくないだなんて」
『全くその通りだ』
ご主人様が手当たり次第に地雷を踏みに行ったが、当の本人はあんまり堪えていないように見える。
怒らせると危険な上に、沸点が低い妖かと思っていたが、違うのだろうか。
俺たちが疑問を浮かべていると、鬼右衛門が勢いよく、その額を地面に擦り付けた。
『だが!そうして恥を晒しながらも生きながらえ、漸く今日という日を迎えた!!
柿崎の血を引く者よ!どうか!どうか吾輩を武士として死なせてくれ!!』
「……は?」
あまりに急なことに、パチクリと目を丸くするご主人様。
困惑する俺たちをよそに、小華ちゃんは鬼右衛門の肩を叩き、「まずは事情を話してからです」と叱りつけた。
子孫には尻で敷かれているのか、鬼右衛門は何とも言えない表情で顔を上げた。
「ごめんなさい。この話になると、すぐに暴走しちゃうんです」
「あ、いや。ウチのクソバカも暴走は似たようなモンだし、気にしなくてOK」
「『胸を揉ませてくれ』と頭を地面に擦り付けたことなどないでしょうに」
「ふんっ!!」
「おうっ」
ケツにタイキックが突き刺さった。
そもそも、そんなんで胸を揉ませてもらえるほど、ウチのご主人様は安くない。
どんなに芸術点の高い懇願をしようとも、ご主人様は絶対に折れないと思う。
なんとかして、合法的にあの控えめながらも膨らみのある胸を揉む方法がないだろうか。
欲に塗れたことを考えていると、真琴ちゃんが凄まじい形相で俺を睨んだ。
「ちょっと黙っときなさい、ドスケベ」
「かしこまりました」
俺の名前、ドスケベなんじゃなかろうか。
いや、そう呼ばれても仕方ないことしかしてないから、不満はないが。
俺はご主人様の圧に負け、大人しく口を閉じた。
「で、武士として死なせてくれってのは?」
『…それを語るには、まず吾輩の生涯を語る必要がある』
彼が咳払いした瞬間。控えていた使用人たちがテキパキと動き出す。
数分もしないうちに組み上がったソレは、なんとも絢爛な人形劇の舞台だった。
俺たちがソレに絶句していると、鬼右衛門は昔話でもするかのように語り始める。
『むかぁしむかし、あるところに…』
「ふざけてんだったらアンタのケツに錫杖突っ込んで消化器官真っ直ぐにするわよ」
『すまん、ふざけた』
小華ちゃんから錫杖を奪い、凄まじい形相で迫るご主人様。
倒してもいい妖相手だからか、普段より5割り増しで辛辣だ。
あまりの迫力に、鬼右衛門の表情も引き攣っている。
…そういえば、妖に消化器官ってあるんだろうか。
普通に飯は食えるけど、排泄は全くしないよな、この体。
都合よく妖力に変換されていたりするのか?
そもそも、妖ってどんな生態をしているのだろうか?ソレ以前の疑問として、生物の括りに入れていいのか?
考えれば考えるほど、謎が浮かんでくる。
俺が悶々と唸る横で、鬼右衛門が口を開いた。
『吾輩はある武将に仕えた武士であり、お抱えの退魔師だった。
武士と言っても籍を置いていただけで、ただの一度も戦場に出たことはないがな。
生前はもっぱら、退魔師として多忙を極めていた』
「あー…。戦場の浄化ですか」
『左様。吾輩が相手したのは、妖となった敵兵のみ。
それも大して強くもないものばかりだった』
討死した武士やらが妖に転じたわけか。
確かに、戦が日常だった時代だと、退魔師が多忙を極めていたのは想像に難くない。
呪いとかが盛んだった平安時代や、怪談ブームが巻き起こった江戸時代など、地獄のほうがマシな惨状だったろうな。
そんなことを考えていると、鬼右衛門がソレをぶった斬るように声を張り上げた。
『巫山戯るな!巫山戯るなよ!!
吾輩は幼き頃から、ずっと武士として戦場に立ちたかったんだぞ!?
他者に負けぬほどに剣の腕も磨いた!!
あの大うつけが海の向こうより持ち込んだ筒から放たれる鉛玉を裂くほどにだ!!』
文字通り、鬼気迫る形相で吠える鬼右衛門。
その圧で部屋に置かれていた調度品が軒並み弾け飛び、そこらに散乱する。
俺でも腕の一つや二つは覚悟しなければならない程に濃密な妖気だ。
ヒートアップした鬼右衛門は収まりがつかないのか、喉が裂けんばかりに叫んだ。
『それだけじゃない!馬術も戦術も、戦に必要な技術はなんだって収めた!!
ソレもこれも武士として戦場で誉れある死を遂げるため!!
吾輩はこの500年もの間、ずっと!ずっと!武士として死にたかった!!
誰かに首を切り落とされたかった!!』
その相貌から、情けなくも涙が溢れる。
鬼右衛門はそれを拭うことなく、思いの丈を俺たちにぶつけた。
『何度そう吠えても、吾輩は人と人が殺し合う戦場に立てなかった!!
挙げ句の果てには流行病にかかり、床に伏す晩年を送る羽目になった!!
妖となり、無様に生きながらえてでも、吾輩は武士として一生を終えたかったんだ!!
だがどうだ!?向かってくるのは霊力に物を言わせた雑魚退魔師ばかり!!
「いずれか来る、強き武士を待とう」とこの家に自らを封じたが、気づけば500年が過ぎ!武士は世から消えていた!!
吾輩はいつになったら死ねるのだ!?
いつになったら、あの誉れ高い武士たちの仲間となれるのだ!?』
「うぉおお…!」と泣き崩れる鬼右衛門に、俺は同情を向ける。
俺やご主人様と似ているような気がする。
羨望する世界が、自分の手が届かないほどに遠い場所にある絶望。
俺のはしょうもないことこの上ないが、それでもその絶望を共有することはできる。
だがしかし。下手な同情は、誇り高い武士としての死を求める彼への侮辱になってしまうだろう。
どうしたものか、と悩んでいると、真琴ちゃんが彼の背を叩いた。
「ねぇ。私がアンタの首を切れって話だったわよね?」
『……ああ。吾輩と全力で死合い、首を落として欲しいのだ。
柿崎の血を引く者よ。抜身の刀にも勝るほどに鍛え上げられた体を持つ者よ。
どうか、頼む。吾輩と、殺し合ってくれ』
再び深々と頭を下げる鬼右衛門。
真琴ちゃんは錫杖を小華ちゃんに返すと、彼女に問いかけた。
「霊力か妖力が籠った刀ってある?」
「あ、ありますけど…」
「やっすいナマクラでいいわ。貸して」
「あ、じゃあ…、そこに置いてる物になりますが…」
小華ちゃんが指したのは、無造作に立てかけられていた数本の刀。
真琴ちゃんはその中から無造作に一本取り出すと、少し抜いて、刀身を見つめた。
「…ま、こんなナマクラでも首くらいは落とせるでしょ」
『……では?』
「ええ。アンタの首、望み通り叩き斬ってやるわ」
ご主人様の顔は、いつになく神妙なものだった。
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