幼馴染な俺たちは素直になりたい
@renzowait
第1話 犬猿の仲
いつからだろう。
いつからだろう。
いつからだろう。彼(彼女)と犬猿の仲だなんて呼ばれるようになったのは。
ただ俺は、普通に彼女と話をしたいだけ。
ただ私は、普通に彼と笑い合いたいだけ。
だけど、そんな気持ちを嘲笑うかのように、今日も口から全く逆の言葉が出る。
素直になれない私は彼を拒絶するかのような受け答えをしてしまう。
本当、どうして人間の心というものはここまで複雑怪奇なのか。
私は彼の前でただ、素直に笑っていたいだけなのに。
だけど素直になれない俺たちは、今日も今日とて思ってもいない言葉をぶつけあい、罵り合う。
このお話は、素直になれない二人がお互いの気持ちを伝えあうまでの、そんな過程を記した物語。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ねぇ、気安く
「あぁ? どうして近づく近づかないをお前が決めてんだよ。そもそも、
高校生になってから1年が経過し、そろそろ2年のクラスにも慣れてきただろう、とある春の日。
桜もそろそろ見納めといった時期に、聞こえてきた男女の言い争う声。
仲良く話をする声が聞こえてくるのならまだしも、聞こえてきたのはどちらも喧嘩腰の声。
しかし、この二人はただ言い争っているわけではない。この二人は普通の口喧嘩とは少し事情が異なっていて……。
「姫奈は言わなくても雰囲気で分かるのよ。そんなことも分からないからいつまで経っても、知能が猿から人間に進化しないのよ」
「猿以下の
「……ご、ゴリラ。あなた、花の女子高生に対して、言ってはならないことを言ったわね。
「上等だ。今日こそ、白黒はっきりつけてやる」
パキパキと手を鳴らしながら立ち上がった俺、
一方、睨みつけられた女子生徒、
五十嵐の可愛げのなさったら、そんじょそこらの女子高生とは全く比較にならない(やばい、顔めっちゃ可愛い)。
今日までは女子ということで何とか耐えてきたが、完全に堪忍袋の緒が切れた。
この女に今日こそ、男である俺の恐ろしさを分からせてやらないとな(別に俺のカッコよさを分かってもらうでもいいんだけど……)。
それは五十嵐も同じようで、挑戦的な瞳がギラリと光る。
「これまでは弱いモノいじめになっちゃうから耐えてきたけど……そっちが悪いんだからね?」
「そりゃこっちのセリフだ。俺は女でも容赦しねぇ。真の男女平等主義者だからな」
「弱い犬程よく吠えるのよね。きゃんきゃん泣いて謝ってきても許してあげないから」
「そのセリフ、そっくりそのままお前に返してやるよ」
「二人は今日も仲良しだね~」
『仲良くない!!』
ピリピリした雰囲気をぶち壊すほんわかした声に、俺と五十嵐は同時にツッコミを入れる。
しかし、声の主は全く響かなかったみたいで嬉しそうに声を上げる。
「ほら、息ぴったり♪」
その声の主は、冒頭の言い争いの原因? を作った張本人、
ぽんっと手を合わせて微笑む七瀬に、すっかり毒気の抜かれてしまう俺達。ある意味、独特の雰囲気を持つ姫奈に喧嘩の腰を折られるのもいつもの事だ。
七瀬は俺たちが喧嘩をしていてもお構いなしに自分の話したいことを話したいように話す。そのマイペースさが彼女の特徴でもあった。
そして、結構な声量で言い合いをしていたのにも関わらず、クラスメイト達は全く気にした様子はない。というか、「あー、またやってるよあの二人。毎日毎日よく飽きないな~」くらいの雰囲気を感じる。
進級してから1週間くらいはその光景を見たことのなかったクラスメイトから「お前ら、その辺にしとけ」と、止めに入られていたが、最近はあまりに言い争いが多いことから完全にスルーされていた。
本当に誰も気にした様子もなく、各々の日常を過ごしている。気にしている人も「またやってら」程度に受け流している。
それくらい、俺と五十嵐の言い合いは普段の日常に溶け込んでいた。というか、恒例行事と化していた。姫奈が気にした様子もなく、ニコニコしているのもいつも通りの光景。
というか、ニコニコしてないでこの脳筋暴走機関車を止めてくれ。俺たちだとおさまりが付かないので、まともに止められるの事実上七瀬しかいない。
「ちょ、ちょっと姫奈! 息ぴったりだなんて、気色の悪いこと言わないで! 虫唾が走るから」
「そうだそうだ。俺とこいつ《五十嵐》は仲良くないんだって!」
「ふふっ、そうだね。喧嘩するほど仲がいいって言うもんね」
『話聞いて(よ)!!』
この人、何にも話を聞いてくれない。というか、聞く気がないんじゃ? 今のやり取りのどこをどう切り取ったら仲良く見えるんだよ!?
「姫奈も姫奈よ! 私ならともかく、姫奈がこの
「オイコラ。七瀬になんてこと吹き込んでるんだよ!? 俺は獣じゃなくて紳士だって、何度も説明してんじゃねぇか!」
「うるさい! 男は総じて全員、獣なのよ! 特に柊は!!」
「いくらなんでも理不尽すぎでは!?」
ガーンとショックを受ける俺。確かに、男性の性犯罪のニュースとかを聞いてると否定はできないけど、特にという枕詞は到底納得できない。
これじゃあまるで俺が性獣みたいじゃないか!
「まあ、確かに隼人は獣じみたところがあるから、女子に近づけるのは危険かもしれないね」
「オイコラ
「だよね、翔君! ほら、やっぱり柊は獣だったんだよ!」
「てめぇ、翔が言うからって何でもかんでも肯定しやがって」
俺の背後から五十嵐に余計な助太刀をしたのは、悪友の一人である
詳しい説明はいずれするが、取り敢えず中学校が一緒で、友達の一人であった。
ちなみに五十嵐と七瀬とも中学は一緒である。いわゆる腐れ縁の4人組。
「というか、渚ちゃんは女の子なわけで、そんな女の子に対してゴリラとかはあまりに酷いんじゃないかな?」
「うぐっ……だ、だけど、こいつから突っかかってきたのは事実で」
「だからと言って、毎回毎回喧嘩腰になる必要はないんじゃない?」
「ぐぐっ……」
「あははっ! 翔君に言われてぐうの音も出ないみたいね!」
「こらっ、
「うっ……」
大好きな姫奈に咎められ、呻き声を上げる五十嵐。流石の五十嵐も、親友である七瀬の言うことには従わざるを得ない。
いいぞ七瀬。俺の言葉じゃいっそ響かないから、その脳筋ゴリラにもっと言ってやれ。
「隼人も一緒だよ」
悪友からの容赦ない一喝。はいはい、俺も悪かったですよ。
俺と五十嵐は二人してバツが悪そうに俯く。
「……ふふふ、どうやら今日の勝負はここまでのようだな五十嵐」
「翔君の顔に免じて、今日の所は引いてあげるわよ」
「何でお前が引いてあげました見たいな反応なんだよ!」
「だって事実じゃない」
「俺が矛を収めてやったんだ。ありがたく思え」
「何ですって!?」
『二人とも』
『はい……』
困ったような顔の七瀬と、呆れたような顔の翔。
これ以上はお互いに分が悪いからやめておこう。
五十嵐はさておき、七瀬にまで迷惑をかけるわけにはいかないからな。
「おーい、席つけー。授業始めるぞ」
そして、タイミングよく先生が教室に入ってくるのまでがテンプレートだ。
くそ、今回の休み時間も無駄に喧嘩して過ごすだけになってしまった。
「……いったん、休戦と言ったところか」
「こればっかりは仕方ないわね。でも、勘違いしないで。次こそ、あなたの息の根を止めてやるから」
「できるもんならやってみな!」
「言ったわね?」
「あぁ、言ってやったが?」
「そこの二人、早く席に着け~」
五十嵐を睨みつつ、俺は自分の席に戻って教科書を広げる。流石に、授業中にまで喧嘩をするわけにはいかない。
高校生の本業は勉強なので、休み時間はともかく授業中にまで迷惑はかけられないからな。
それは五十嵐も同じの様で、先ほどとはうって変わって真面目な表情で教科書とノートを広げている。
(……やっぱり絵になるよな)
英語の先生が一生懸命に説明している内容を適当に聞き流しながらそんな事を思う。真面目に授業を受けている五十嵐の凛としたその姿は、一部の男子生徒から人気があるのも納得ができる。
そもそも五十嵐は普段はクソがつくほど真面目な生徒であり、口喧嘩を繰り広げているあんな姿を見せる方が珍しいのだ。
(最初はそこそこ話題になったよな……)
真面目な五十嵐と、一見言い争いなんてしなさそうな平和主義の俺(自己評価)が言い争う姿。そして、その様子をニコニコ眺める
俺達四人からしてみれば中学時代からの恒例行事? だったので特段気にしていなかったが、他のクラスメイトからしてみればそうではなかったのだろう。
俺もクラスメイトの立場だったら驚いてただろうけど。ただ、クラスメイトも慣れてしまったので問題なし!
(正直、高校生になったら少しは歩み寄れると思ったんだけどな……)
正直、こんな風に五十嵐と言い争いをするような関係になるとは思っていなかった。
そもそも中学生の時は――
「じゃあこの問題を柊、答えてみろ」
「……うへぇ」
「嫌な顔をするな」
俺の思考は一瞬にして目の前の授業に引き戻される。
適当に聞いていたとはいえ、まさか当てられるとは思わなかった。
「……どこの問題っすか?」
「お前は毎回毎回……隣の白坂に教えてもらえ」
頭を抱える教師に、クラス内がどっと沸く。
自慢ではないが俺の学力は平均以下であり、このように話を聞いていないのもいつもの事だった。
「翔、どこの問題?」
「ここだよ」
「ありがと。えっと答えは……」
そんなこんなで今日も一日が過ぎ去っていくのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あー、疲れた……」
部活を終えて家に返ってきた俺は、疲れからかリビングのソファに倒れ込む。
時刻は夜の8時。野球部に所属している俺は、練習を終えて帰宅するといつもこのくらいの時間だ。
古豪ということもあって練習はそれなりに厳しかったが、二年生にもなるとある程度リズムができてきたので慣れてきていた。
しかし疲れるものは疲れるので、毎回帰って来てからソファにダイブのはお約束であった。
「あっ、兄さん。帰って来てたんだ」
リビングにひょっこり現れたのは、我が愛しの妹である
現在、中学3年生。年齢よりも大人びて見える美月は、兄であることを抜きにしても美人な部類に入ると思っている。
その証拠に全くモテない兄と違って、美月はそこそこの男子生徒に告白されているらしい(五十嵐、七瀬情報)。
しかし、付き合っている様子もないのでその誘いは断っているのだろう。
まあ、美月と付き合うだなんてお兄ちゃんが許しませんけどね!
ちなみに今は風呂上りなのか、肩に触れるくらいに揃えられた黒髪がしっとりとしているのも、年齢以上の魅力を引き出している。
とても同じ腹の中から生まれたとは思えない(涙)。多少、兄にもその顔面偏差値を受け継がせてほしかった。
「どうした、我が妹よ?」
「お母さんが『帰ってきたんなら早く風呂入れ』だって」
「お、おう……相変わらず厳しい母親だぜ」
疲れて帰ってきた事を知っているであろう母親からの厳しいお言葉。いや、どこの家庭もこんなもんか。早く入らないと電気代とかガス代が勿体ないからね。
それに、汚れたユニフォームの選択もしなきゃいけないし。
「晩ご飯はテーブルに置いてあるから、温めてだって。食べ終わったら、ちゃんとお皿も洗っておくようにって一言も」
「ほいほい、わかったよ」
「それだけ。じゃ、おやすみ」
それだけ言い残すと、あっという間に自室へと戻っていく美月。大人びて見える一端には、今のようなクールな一面を持ち合わせていることも一役買っているだろう。
……単純に、俺が嫌われているだけかもしれないが。考えただけで涙が出てきそうだ。
美月に嫌われてしまったら、俺が俺でいられなくなってしまう。
今度、美月が好きなスイーツでも買ってきてご機嫌取りをしないと。
妹が出ていったあと、俺は改めてソファに座り直す。
早く風呂に入らないと母親から怒られそうだが、疲れからか中々身体が動いてくれない。
そのままぼんやりと自室の天井を見つめる。そんな時、頭に巡ってきたのは学校での出来事。
休み時間に五十嵐と喧嘩して、授業を受けて、飯食って、昼休みに五十嵐と喧嘩して……部活を終えて家に帰ってきた。
何ら変わらない、いつも通りの日常。いつも通りなのだが……。
「あー、今日もダメだった!!」
天井を見つめながら叫ぶ。最近は部活から帰ってくるたびに叫んでいる気がする。
駄目だったのはもちろん、五十嵐と仲良くなれなかったことだ。
「どうしても素直になれないんだよな……」
五十嵐は常に喧嘩腰なので、俺もつられて喧嘩腰になってしまうのはいつもの事。
そして、いつも通りの言い争いに発展して……全くと言っていいほど五十嵐との関係が改善する兆しが見えない。
まぁ、俺が我慢すればいいだけの話なのだが、我慢できずにこうなっているわけで……。
いや、我慢というよりは恥ずかしさが先に来てしまい、思ってもないこと言ってるだけなんだけど。
「本当にそろそろ覚悟を決めないと。……このままじゃ絶対にダメだ」
高校入学と同時に俺が決めた目標。
「俺は高校生活中、絶対に五十嵐と付き合うんだ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『もー、また渚ちゃん。あんな喧嘩腰で隼人君につっかかって~』
『だ、だって……隼人の顔を見たら、色々とテンパっちゃって』
『それを1年間繰り返してるから何にも進展しないんだよ~。歩み寄りたいなら、もっと素直にならないと』
『わ、分かってるわよ……』
『まあ、傍から見てる分には面白いからいいんだけどね~』
『何にもよくないよ!』
『それなら早く隼人君に告白でもしないと。変わらず好きなんでしょ?』
『…………』
『素直じゃないんだから~。そんなところが可愛いんだけどね』
『か、からかわないで!』
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