第14章 相互浸透 ~一切合切、日々がおまつり ~ ②


 案内されるままに足を踏み入れた区画には、見覚えのある二人の月輪と二人の…いや、三人の日輪の姿があった。


 シラボシとマルビーリャ。

 それに、ロシータとウェルウィッチア。

 くわえて、シラボシの手前に置かれたゆりかごの中の赤子――グレヴィレアだ。


 そこは、大陽が通ってきた一本をふくむ手近な三方――うち二つは、いま、入室を果たした大陽から見て、三〇歩ほども先に位置する正面の壁と、右手側に連なる側面の壁の中央にある――と、

 いま挙げた者たちウエシュラの住人を間に置き、こちらと対称になる位置付けで、彼らの向こうにも三方向に抜けるアーチ状の開口部(通路)が配置された、そうおうに広めの部屋だった。

 いま大陽がいる床と、もう一方の入室動線が置かれているあたりは強化ガラスの面がむき出しになっていて、下方に連なる階層が透けて見えているが、その中間――シラボシたちが待機しているあたりは、左右とも、はしの方まで青いカーペットで覆われている。

 さらにその中央には、食事の席として置かれたものだろう――食物のよそわれた食器類が確認できる円形の茣蓙が敷かれていた。


 最上階ゆえに、天井が吹き抜けのただっぴろい空間になっており、家具の類は、カーペットが途切れる両壁際に悠々と配置されている長椅子のみ。

 それぞれ二つづつ、計四脚あって、ロシータとマルビーリャが左右に分かれて、各々おのおの、そのうちのひとつを利用している。

 ウェルウィッチアとシラボシは、準備された飲食物と共に、中央の茣蓙の上で足をくずしてくつろいでおり、そのかたわらには、グレヴィレアが眠る編み籠バスケットが置かれていた。

 カーペットの上は土足可でも、茣蓙の上はやはり土足厳禁不可のようで、二人分の履物が、茣蓙のサイドに認められる。


 特に型式ばることもなく、思い思いに時間をつぶしていたようで…、

 大陽たちが入室すると、茣蓙の上にいたシラボシが待ってましたとばかりに膝立ちになって、最寄りに配置された数ある食物を示した。


〈食事…――(用意して待ってた。準備はもうできてるし、おなかが空いてるって聞いたもの。さっそく、いただくよね?)〉


 なかなか進展しないが、片言ながら、単語は出るようになったようだ。


〈じゃぁ、俺はいくよ〉


 大陽が誘いに反応しようとした時、アスマが先手をとるようなタイミングで退出を申し出た。

 そのかたわらで、〝〈同じく〉〟と告げることで同様の意向を示したレウィシアが、さらに言葉を付けくわえる。


〈(必要を見たら対応する)用件があれば、彼らに言づけろを使え


「ん…わかったあぁ…」


 それぞれ(が)主張するともなく行動を起こしていたので、さほど内容のない覇気に欠ける大陽の応答は、早々きびすをかえしたその二者の背中を追いかける形になった。


(…労いの言葉ありがとうかけ言いそびれた…)


 そうする中にも、

 ヴァルスの部屋を後にしてからのかた、気づけば向けられている詮索したげな視線けはいが近いところに駐留していたが、大陽は、(とりあえず、いまはまだ避けておこう…)と、無視を決めこんだ。

 その方向彼のかたわらでは、フィンが、なにやら問いただしたそうな雰囲気をかもして大陽を見つめている。


                   ♢♢♢


(う~…ん。まさか、まさかと思えば、見た目通りじゃなかったなやっぱりか……

 乗ってるのは〝しらす〟のようなのに、〝うな重〟…〝ひつまぶし〟風味なんて……いちいち、自分の知識と舌が信じられなくなる…。見た目から、そのまま〝しらすパン〟か〝しらすまん〟…ゆずりにゆずって、〝しらすコロッケ〟〝しらす飯〟なんかを連想してしまった…)


 《うな重》と《ひつまぶし》は、おおよそのところ、うつわの様式や具材の切り方で区別するものらしいが、いま、大陽が手にとって、口に運びいれたものは、見た目がオープンタイプのホットサンドイッチだ。

 具材が…おそらくは、シラス(もしくはモヤシ)みたいなものとチーズ(他、海藻の類か、そうでなければ、正体ないほど刻まれた野菜…刻み海苔のごとき状態の葉物や玉ねぎ? に調味料)で…。

 さらには、器がおひつでも重箱でもなく、平べったい横長の角皿だった。


(麦飯みたいなのが、ジュンサイかタピオカパールみたいに、妙にぷりぷりしているけど、味は麦飯そのもので…。これはこれでまた、なんとも言えないいえん……。

 栄養バランスは…スパイス的な例外はあっても、外観にかなりまで準じるようだな…。美味おいしいけど…)


〈ど…、どう? (口にあわないのかな…)〉


 大陽が微妙な面持ちで出されたものを堪能していると、となりにいたシラボシが、おどおどと言葉を発した。

 彼女の生成りクリーム色のぱっちりした瞳が、向きあった者が、ともすれば辟易尻ごみしてしまいそうな勢いほどのとまどいをうったえている。

 それを右に見た大陽は、ふしぎに思いこそすれ、そこまで驚くこと動揺したりはしなかった。


美味うまいよ…(不味いわけじゃないから、まぁ…、それなりだそうおうに…)」


〈…(よかった)っ……(それ)ブレンダーが作った…(わたし、彼の料理、気に入ってるの)〉


「(ブレンダーって名前の)《老》が作った料理なのか…(名前が3Ⅾアプリ……いや、どっちかというつーと、調理器具…)」


〈(そう)なの(とっても料理上手! 起きているうちは料理ばかりして成長してるいる)〉


「へぇー…」


 ちゃっかり大陽の左となりを陣取って、二人のようすを右横に窺うなかに――(…言葉ではなく、感覚イマジネーションで会話してる…)とか思ったのはフィンである。

 フィンの左にはテールが座り、そのさらに左にウェルウィッチアが居て、シラボシにもどる位置づけで、ぐるりと、中央に直置じかおきされている(…といっても、小鉢や皿によそわれた)食物を取り囲んでの団らん。

 不均等ながら、人と人の間にはひと一人ほどのゆとり間隔が保たれていて、飲食に参加していないロシータは、わずかにシラボシの斜め後ろに控えていた。

 みなに背中を向けてし、グレヴィレアが眠るゆりかごかたわらで右に、中の子ようすやら、客人の動きやらを総合的に見守ってる。

 彼の靴を履いたままの両足は、気のままに投げ出されて、茣蓙の外(カーペット上)にあった。

 残るひとり。

 マルビーリャは、いまも、いっぽうの壁際に配置された長椅子に腰かけたままで、目に入るものを、ただ、ぼんやりと、その淡紫色の瞳に映している。

 その身が放つ輻射光はいま、そのが平素におびるレベルに落ち着いていた。

 ほのかに香るようにただようささやかなそれは、いまひとりの月輪、シラボシがまとい放つ青白い光量の一割にも満たない。


〈……その指輪はどこで?〉


 伏目かげん。右にいる者の手もと見るともなく、控えめにたずねたのはウェルウィッチアだ。

 食物には一切、手をつけることなく、湯飲みに入った水をちびちび口にしている。 

 そんな彼女の右隣りに位置するのは、テールである。

 問いかけられてから、しばし、があったので、応えないかと思いきや。黙々と食事していたその男。テールは、その口内が空になったところで、ぽつりと口を利いた。


〈ある人にもらった…。…見覚えでも?〉


 日本語ではなく、こちらの言語表現だ。


〈…うむ…。…いや。憶えがあるようでも、もうないな……。記憶とは、曖昧なものだ…(どこかで見たような……知っている気もするが…。形として残ることのない情報は不確実なもの……古いものほど早く枯れて失われてゆく…)〉


〈……。…(いつか見かけたのだろうが、おまえにとっては)さほど重要でもないということか…〉


 テールと言葉を交わしている彼女、ウェルウィッチアは、それと位置づく者いま、光輪と呼ばれている者たちが確立された初期に偶発的に成りたち生まれ、その特質ゆえに、いまだ逝くことなく存在し続けている異例的な個体だ。


 陽の宮でもないのに、ある側面では、陽の宮以上に陽の活力と稠密ちゅうみつな相性……繊細デリケートな作業も成しうる多才な技量を備え、

 周囲に倣うことなく自適に存在し、出来ないというわけではないのに、いまだ、月輪の光を活用することを知らない……ただしくは、しようとしない唯一の日輪。


 その特異性から、経年行動の経過に応じ不活性化した表皮および先端の部分から削れてゆくが、つねに内側から生成され続けている。

 光輪と呼ばれるものには、付与され扱う活力と土地に準じる生体を裏付けとする傾向…――個体差がある。

 その能のもちい方にも左右される中にも、形成のモデルとなった生きもの異界の人類にはありえない症候(長短ちょうたん寿命や変化適応力フレキシビリティ)が存在するが、ウェルウィッチアの場合は、その上限枠にも納まらなかった。

 他の光輪と同じように人の肉体を具えながら、その生体の常軌から大きくはずれ、

遅々としたなかにも、着実に芯から新しいものに置き換わる彼女という存在の永続性――たまたまそのように成りたった少女の限界耐久年数は、いまだ見えていない。


「…――俺も…。それ、見たことある気がするな…」


 大陽が、もぐもぐ口を動かしながら、ほぼ、正面真向かいに位置する彼らのやりとりに言葉を差しはさんだ。

 間差で、大陽に話しかけようとしていたフィンが、ひらきかけた口を閉じて、左に位置する二者にしゃに視線を転じ、さらに、それと指摘されたテールの指に通されている輪を映す。


「…。それ、前回…。この領域ここ、誰か(たぶん、おまえ)に造ってもらったものじゃないのか?

(指輪じゃなく、帯布を流し通して留めておく帯留歯どめめとして……。

 誰かにあげたっけかな…?

 いや、渡すとしても…落としたとしても、置いていったとしても…拾うとしたら彼奴あいつだろうけど…――姿かたちは違ってもこの男テールは…やっぱり……。

 印象が被るし、性質を考えても…、もしかしなくても…――)」


 不動と言わぬまでも、だいたいにおいて堅忍・受け流しが常のウェルウィッチア彼女のあり方では、些細な記憶の遺失はむしろ、自然な現象…。

 いちどきにすべてが入れ替わるわけではないので、彼女という確固とした意識のもとに、ある程度の情報の受け継ぎが成されるが、遠い過去のものであれば、残存していたのが不思議なくらいなのだ。

 そういったもろもろの考え見地を胸中に。

 大陽が、食事する手を休めることなく思案していると、テールが、こころなしか不服そうにも感じられる単調さで反応した。


「…くれたぞ」

「そうだっけか?」


 ぞんざいに問い返されたテールその彼は、まなざしを伏せ、冷めた調子白けた様子で短く息を吐き捨てた。


(…この拗ねたと受けとれなくもない反応は、意外と人間臭くなったって状況ことか…?

 でも、現在いま性別が異なるせいか、感覚がぶれるっていうか…――前の自分のことは、ぼやけて、よく思いだせないな…。

 俺はウェルウィッチア(仕様)でもないとも違うし、思いだせないはずは…ないはずで――…

 …う〰️〰️…ん、そういえばだな…。前の時の彼奴やつは、たしか……正体を隠そうともしなかったから…。

 まだ、こっちの自覚が微妙なころの俺…、はき違えたあやしい感情抱いて、恥ずかしい恥ずい言葉こと投げつけていたほざいてた気が×××する……)



…――同性だったら…、よかったのにね……

 こっちの弱点いて、他人ひとの理想の形、体現するなんて勝手だ……卑怯だよ…。一方通行無駄だって…甲斐が無いって、わかってしまっても、働きかけには応えたくなってしまうじゃない…(…期待して、頼りたくも、うったえかけたくもなるじゃない…)。

 不利じゃない対等な関係を……

 友情を望む…!

(関わるしかないなら、友情でいい! …こんなじゃぁ、それも一方的になりそうだけど、その方が、ずっと気が楽マシだ)…)

 自分が何者か、なんて知らない…(知るもんか…)。こんなの、ひどい…。ずるいよ……――※



(…――あ〰️〰️うぅ……。あまり思いだしたくないかも…)


 ――これは…無性にイラつくし、むずむず、ざわざわ、むしゃくしゃするぞ、と。

 部分的に鮮明になりかけた過ぎ去りし感覚と記憶を振りきり、まともに考えないことにした大陽は、つかのま、むきになってエネルギー補給に勤しんだ。


(いまもむかしも、生体にはひきずられるな…。人の体というものは、これはこれで、やっかいだ…)

 

 そうしておぼえる当惑、決まりの悪さは、いま現在、彼が進行形で、肉体にひきずられての影響を受けている証明でもあった。




 ※(注釈/語りだすと長いやつ) あくまでも結末が悲劇(喜劇)的? な過去の彼の発言、世迷いごとになります(かつてのものも含めて、大陽が覚醒した時点で、恋愛にはならなくなる/惹かれる中に、ひっかかりも覚えていたので、そういった確かな感情にもいたらず、一時的なものに終わっております)。

 大陽の前身のその発言が、テールが今回、その姿(同性の生体)を選択した由縁になりますが、どう転ぼうと色恋沙汰にはなりません。


 テールの背丈が大陽と同等程度なのは、それはそれで、標的大陽の気を惹こうという…油断させ、好感を得ようという、あざとさが見え隠れしている部分であり…←本能的に、効果が高くて優位な条件~年上、若い彼大陽が頼りたくなるような範疇で、親しみを得られそうなレベル(現実には、ほぼ元の性格のままなので狙い通りにはいかず、親しみやすくなどないが…/ちなみに、髪や目の色彩は固定色)を選びとっている。

 ただ、それだけで、相応に甘受されることを望んでいても、拒絶されようと表面上は意にかえさない、自立している状態……現実には意外と寄りかかっている部分があるが、どこまでも相手かまわずの身勝手な趣向なので、相手にそれ以上の感情など期待していない――…

 こうゆう反応、本質が消えさらぬまでも、野生動物のペット化に近いものがありますが、当の本人誰かさんの場合は、自分がそうなっている自覚がありながら、無意味無味乾燥なものと受けとめております…

 〝それがどうかしましたか?〟的なやつです(家畜化・ペット化された動物、あるある? です……というか、違う意見もあるとは思いますが、私見として、生きものとしての現実・現象のひとつの側面だと思うのです)。


 大陽のいう〝過去のあいつ〟は、つり合いがとれる程度に高めの身長です/…一途っちゃぁ、これと思うものを見いだせば興味を覚えたものには、一途なのかも知れません……(たとえ有益だろうと、その行いやあり方に好奇をおぼえなければ、鼻にもひっかけないヤツであります…)。


 基本、どっちでもなく、どっちにもなりえる大陽の大本おおもとの可能性は、ラビアンのあり方にも多大な影響を及ぼしております(非常に歪んだ発現になってしまっていますが、さっぱりと中性もしくは無性にすると、なり得ない中にも近づき過ぎる気がしたので、ラビアンかの者は欲張って混沌とした状態にいたしました)。

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太陽と月と星の邦土 ぼんびゅくすもりー @Bom_mori

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