第14章 相互浸透 ~一切合切、日々がおまつり ~ ①


 陽の宮ふたりを、都市の中枢に位置する球形の空洞に送り届けたあと。

 大陽は、いっぷう変わった星の子を見かけた。


 特殊ガラスから成る界隈を移動してゆく過程で、果樹が街路樹のごとく連なる往来に出たのだが…。

 そのうちの一木いちぼくに、なかば身をあずけるように寄り添っていた魂未満の小柄な生命いのち


 《星の子》と総称される人型が、実も花も宿していない常緑の大樹と向きあい、幹に額をつけて、じっと瞳を閉じていたのだ。


 向こうの物差しで見るなら、大陽とそんなに変わらなそうな外見年齢とし

 せいぜい十三、四ほどだが、その年齢として受けとめるにも輪郭に未熟な印象があり、

 ともすれば、きゃしゃな女子と誤解されそうな見てくれをしていても……男子だ。


 その子のどこが変わっているのかというと…。

 目下、少年の体そのものが、透きとおっているように感じられる事実にあった。

 その個体が身に着けている衣類や装備品~もの~に隠されていない部分――その子の短めの髪を含め、生体肉体?が光をとり込むのか……うすっぺらな表皮の内側に透明な樹脂か液体がつまっているような、そんな印象を受ける。

 清涼さとしっとり感をともなう肌質で、現実には向こう側が透けて見えるわけではないし、内奥はうやむやにぼやけて骨や臓腑がのぞいて見えるわけでもない。

 光が浸透し精妙に融けあって存在するあるので、その生体そのものその子自身が無彩色のゼリーやスライム、液体のようなもので形成されているように見えるのだ。

 触れなくとも、外観から幼児の柔肌を彷彿とさせるふしぎな質感で、その中身や向こう側を見通すことがかなわないのに、矛盾しているようでもあるが、やたら透徹としたフィルムやプラスチック、フロストグラス……、艶消しの食品用ラップを思わせるパリッとした薄っぺらな表層に庇わカバーされているのにも似て、少し力を加えれば凝膠体ゲル状にも思える中身があふれだしそうな印象(※)をも備えているのだ。


(※あくまでも錯覚。印象です。星の子は、臓器までことごとく人を模して、中途半端部分的(血流などはない)に機能しているので、じっさいは、そのような内容物の反応は起こらない。くずれだせば、素材が砂塵のように砕け失せる)


 一般的な星の子がまとう活力要素は、光の点として現われ、周囲にふわりふわりとまとわりつくだけなのに、そういった要素(ただよう光の点)のいくつかが、体内の内容物と融けあっているようでもあり、身にまとうちらつきが、平均的なものに比べ、はるかにまばらだ。

 そうあるのにも関わらず…、

 その個体は、星の子としては、例外的にも思える植物とも鉱物ともつかない生物としての主張……《星の子それ》と言い切るのも難しい不可思議な異色の存在感を見せつけているのだ。


(※釈明/表現しきれなかったっす。まんま軟葉系の某多肉植物を連想してくれたし…この子、そのイメージなのです💦)


「あれは…?」


〈ハオルチアだな…〉


 大陽の問いには、アスマが応えた。

 ぞろぞろと無色透明な区画に渡された幅広の通路をゆくのは、トゥウェースの送迎に随伴して、ほんの数分前、ヴァルスの部屋を後にしてきた面々。

 大陽とアスマ他、レウィシア、テール、フィンの計五名だ。


 ウエシュラの日輪にして、甘茶色の髪、青い目の屈強なそうな大男…レウィシアは、特にこれという表情を見せることもなく、たんたんと役目を熟している――必要なとき以外は他者に動静をあずけがちな彼は、事実、寡黙な性分なのかもわからないが、道中、積極的に口をひらくことは、ほぼなかった。


 大陽の半歩後ろ。

 つかず離れず歩むフィンは、異境の中心部に主人を置いてゆくことにためらいを見せることなく、そこそこ自由が約束された方面~大陽らと同行する道~を選びとった。

 こちらについてきた理由としては、もともとの性分――あくなき好奇心の他にも思うところがありそうだが、

 それ以前に、このような、よほどの変事でもなくば他に被害が出そうにない条件下(共にあるもの…残してきたものが主人と同格)では、あるじのことを、まったく心配してないようだ。

 その奔放さにふりまわされ、懸念を覚えることが日常茶飯だろうと、トゥウェースの強さ万能さ、存在としての確かさを信頼しているのだろう。


 テールに関して言えば、また、例のごとしで…。

 大陽について歩く現実ことが、日常あたりまえのような顔をしている。

 おそらく、離れる理由が彼(テール)自身に生れない限り、その姿勢を崩すことはないのだろう。


「星の子……だよな?」


〈ぁあ。ヴァルスがウエスノウから連れてきた。

 こっちへ来たら、いつの間にか特異体にあーなった――(丈が二十センチはちぢんだよな…。ちぢんだその分、若くなったのか、顔だちからも男っぽさが削れた…。むこうで《ろう》にいたりそうな段階だったとはいえ…《天魔てんま》と呼ばれるのもおかしくない変わりようだ……後退したとも進展したともつかなくて…、依然《老》といえる段階には無いない…)。

 いつもなら、ファルギアがそのへんに連れ添っているんだけど…。またウエスノウまで、活力を収集しに出かけているんだろう…(むこうの陽の宮も自覚した現れたことだし。ハオルチアあいつも必要としている感じ気配、なさそうなんだよな…。もともと、むこうの日輪なんだから、いいかげん、あきらめて、もどってこなくなっても不思議じゃないおかしくないが…)

 ここ来る前(ハオルチア)はウエスノウでは〝ハーディ〟とか呼ばれていたらしいな…(初めのころはさておき、いまでは、あれをその名で呼ぶ奴もいない…)〉


「…おまえんところの陽の宮ヴァルス…、よく攫ってくるのか?」


〈いや。…めったに(連れこま)ない〉


 たずねた者と応えた者の視線は、言葉を交わしている相手ではなく、その方面その子の方に向けられている。

 話題の対象となっている星の子は、微妙に距離があるなか、ほどなく通り過ぎ、後ろ手になりそうな位置にあった。

 とうの少年は、気づいているのかいないのか…――向きあった樹木に手持ちの活力エナジーを分け与え、成長をうながすことに専念している。

 行きあたりばったりだろうと、そんなふうに植物に干渉することがその星の子の日課…日常のようだった。

 集中しているともいえないざっくばらんテキトーな見立てながら、大陽が察するに、その星の子の関心は、かなりまで植物に偏っていた。

 まったくとまでは思わないが、一般に、動物と呼ばれるものに向くことはなさそうである。

 せいぜいが、昆虫…虫、それに加えて、どちらともつかない原生生物(藻、菌、アメーバ、ゾウリムシ等々)に位置づくものまでだろう。

 そういった症候…育てるものへ向ける執着も、ウエシュラに来てから現れ生じ傾向変化のようだった。


〈俺にはよくわからないけど、こっちに来た方がうまいこと育つと感じた時思った個体だけらしい〉


「ふぅん…」


 アスマの応答に対する気のない反応とは裏腹に、大陽は、目にとまったものを観賞して歩いた。

 詮索する気はないので、分析しても、その本質まで探りだすにはいたらないレベルではあったが、そのあり方を違えることなく正確につかみ取る。


(たしかに…。刺激の少ない環境で、まっすぐ育てるより、癖のある土地で放任した方が取捨選択循環促進されて、はやく昇華され到達しそうな個体だ…――かまわれ過ぎて、足踏みしてるようでもあるけど…)


 道をゆずってくれたのだろう。行く手むこうから近づきつつあった別の星の子が、片側に移動して、彼らを見送るように、そのあたりに佇んだ。

 にこにこ柔和な笑みを浮かべている腰の曲がったその星の子老婆を横目にとらえながら、行きずりの好意親切に甘んじて、前をゆき過ぎる。


(もとより、ウエシュラここの土壌~あくまでも地殻~は、良くも悪くも癖の強い素材が集中する。密度も段違いだ異常に濃いからな…――どんどん以前にも増してひどくなってるようだ悪化しているっぽいけど…、まぁ、それは別問題としてもそれだ……。

 ゆらぎの大きさ・激しさに起因する――老若、異形、外見の多様さは、この土地だからこそ成るもので…。

 他所とは比較にならない雑多性…潤沢さのもとに実って、成立すれば崩れさえしなければ、その時々、可能な方向に変貌してゆくだろうから……混沌としたおかしな形状…外観は、そういったものから成る過渡期的な現れにすぎない。でも…。

 やっぱり、基本形があらかた〝人〟っていうのが気になるな…。

 向こうにあるものを見て見かけたものを模して日輪月輪として維持目的…補助に型式かた摸倣したとり入れたから、べつに、そうゆう形状の個体があること自体はその影響があってもおかしくはない。けど、

 ことごとく、そうなるというのは――…

 ほかの土地は土地ほかはほかでで、その枠に収まり過ぎて、多様性ががれている気もするな…

 初期…星の子のはじまりはオーブたまゆらみたいなものだったのに、発生する固まりだす段階から、いきなり人型というのは、どう考えたって、おかしいだろう…)


                   ♢♢♢


 一行が行ってしまってから、さほどなく。

 あらためて、ぐるりと自分が置かれている環境を見まわしたトゥウェースは、なにやら、すっきりしない顔をして、息を吐きだした。

 屈折が起こるなかにも無色透明なので、向こう側にあるものや居るものの形状がぼやけた感じにうかがえる。

 真球にくり抜かれたようにしてあるその空間は、通路こそ複数解放されているが、厚く精巧な障壁で囲まれて強硬なまでに隔離されていた。

 当初は、好奇をおぼえたその構造も、そうして二人、とり残されてみれば、おもしろくもなんともない。

 弧を形づくっている天井はもとより、そこは床とも言えない底辺もむき出しで、エリアマットどころか、腰掛のひとつも置かれていないのだ。


〈……何もないわね〉


〈ぁあ〉


 対するその部屋の主の反応は、そっけなかった。

 傍目に彼らのようすは、ただっぴろい真球の空洞にあって、どっしりと中空中央に浮遊する白金の光球があり、その三分の一にもならない同じく光かがやく球体が、あっちへ流れてみたり、こっちで動きを止めてみたりしているように見える。

 それを映す目など、そこにいる当事者二人のものしかなかったが…。


〈ないにしたって、程度がある。これじゃぁ、そのうち飽きるわ。退屈しそう…〉


〈ここで好きにしてろ〉


〈じゃぁ、タイヨウのところに行く〉


この部屋ここにいろと言ったんだ。不満なら、陽都の外に放り出すぞ〉


 つれない反応に、むっと、反論しかけたトゥウェースだが、なにげに思いなおして、いま相対している男より、数刻前の大陽とのやり取りの方に重きをおくことにした。

 少しのあいだ辛抱すれば、心置きなく彼ら大陽たちといっしょに旅立てるのだ。

 どのくらい我慢すればいいのか不明だが、彼女としては、ここで衝動的に動いて問題を起こして、またか…とか、どうしようもない奴だと、あきれられるばかにされるのはいただけない。

 自分の意思を優先して気のままに行動しているトゥウェースだが、まわりがまったく見えていないわけではないのだ。


〈…いつまでいればいいの?〉


〈さぁな〉


〈わたしをここに足止めしたいなら、なにか考えてよ〉


〈別に(おまえを)ここに置いておきたいわけじゃない(本音を言えば、邪魔だ)。自分で考えるんだな〉


〈ぁ~あぁ、つまんない(何か方法ないかな…。こんなことだったら、フィンも巻き添えにするんだったわ…)〉


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