第11話 砂上の都 ③


 ――踏みこむべきか、踏みこまざるべきか……


 前方には、優角ゆうかく一八〇度強ほどを占める見渡すかぎりの砂の丘陵……


 背後には、敷居がこの上もなく高い、ガラスの都市……


 繊細なように見えて堅牢けんろうなウエシュラの陽都ようと周辺は、星真砂の狂乱が抑えられるのか…、

 外壁から二~三〇メートルほどが、平たく均された不毛の岩盤のごとく静まりかえっていた(感触は、たやすく乱せる砂である)。


 それより先の薄明に沈む地表では、微量の輝きをまとった砂塵が、むなしくも、とりとめのない動きを見せている。


 気まぐれに巻き起こっては、舞いおどり、流れだし、のびあがっては乱れ崩れ鎮まる動的なきらめき。


 ちらちら…ひらひら……ざん、ざざん…。


 意味のない食い合い。殲滅・とり込み闘争。


 そこに、論理的な思考や成りえそうな秩序はかけらもなかった。

 

 かたを導きだす安定と縁遠く、残るものなど万に一つもない、

 むやみやたらなせめぎあい。競争。


 ランダム設定された未完成なデジタルアートの試行テストを遠くに見るようなそれは、はかなくもつかみどころがなく、劇的で、おうおうに人の目を誘う現象だったが、大陽としては、あまり眺めていたい光景ではなかった。


 そんな星真砂におおわれた邦土にあって、ゆいいつ、人の(類型が住まう)都を前にした、西の陽の宮こと、ヴァルスは、事もなげにのたまったのだ。



 〝…――確約先の保証など、できないな。入りたくないなら、好きにしろ〟



 そのとき、大陽が要求したのは、都入りした後、望んだ時には確実に出られるという保証。


 ともにあった日輪のひとりに、意思確認された大陽が、なおもためらいを見せると、ヴァルスは、それ以上、言葉をくれることなく行動を起こした。


 さっと跳びあがって、単独、壁の内側に行ってしまったのだ。


 あるじに続こうとする日輪に、〝いま来る気がないなら、降りろ〟と決断をせまられた大陽は、乗っていたプレートから地面に降りた。


 結果、

 大陽は、ひとり、壁のこちら側に残された。


 都市の壁は垂直にそそり立ち、つるりとして、よじ登れるとっかかりなどなく…

暇をもてあました大陽は、都市の外周をたどってみることにした。


 その試みは、廻り終えるまでもなく断念。

 歩いているうちに、自分が、はじめにいた場所もわからなくなったのだ。


 はたと思いついて、自身の足跡をたどろうとしたが、たどれるのは二十歩ほど過去の痕跡までで、あとは、ほかと見わけがつかなくなっていた。


 都市周辺の砂地は、かすかな弾力をそなえながら、柔軟に衝撃を受けとめて散らすカーペットのごときで、力が加えられれば、もとの材質に類似する反応をみせるものの、数秒後には平面に復元されるようだ。


 眼前にそびえるガラスの都市は、侵入したが最後、自力では出られそうになく…。

 内部が気になるからと、こっそり、忍びこもうにも、忍びこめそうにない代物しろものだ。


 やみくもに飛びこむ気などないので、後悔などしていなかったが、これぞ、詰んだかもしれないという事態で…。



(…くそ……。こんなの、ひどすぎる…。

 さらったなら、最後送りだすところまで、しっかり、めんどう見ろよな…!)



 遠方や近場の上方に、きらめく人影の動向行き交いを遠隔的に臨みながら、

 めぐらされている堅牢なガラス面に貼りつき、触れ、はたいたりして、苦情を連ね溜めていた大陽だったが、

 じっさいのところ、先方の待遇は、彼が思っていたほど悪くはなかった。


 都市のまわりをうろついていると、アスマという名の日輪が、ハンバーガーとも肉詰めの揚げ物ともつかない物体食物と水の入ったナス型の平底フラスコめいたガラス容器を手土産に、ようす見に現れたのだ。


〈――いないと思ったら、こんなところに居たのか…。腹へってないか?〉


 そのうえで、気が変わっていないか、意思の再確認をされた。



 ――気が変わったら、呼べ(ば応える)。いつでも申し出るといい…――



 という、状況のようだった。


 その時の大陽の答えも、拒否で…。

 当初いた地点にもどる意味も必要もなく…、

 その日輪にのぞめば戻れた術はあったのかもしれなないが、ともあれ、

 当面は、オレンジ色の頭の日輪と再会したそのあたりが、大陽の滞在ポイントとなった。


 入れかわり立ち代わり、顔ぶれも違う日輪の訪れがあり、

 飲食物が運ばれてきて、

 求めれば、靴も着替えも、茣蓙も夏掛け布団のような毛布も提供される。

 彼らがようすを見に来る都度、大陽の身のまわりの物資は増えていったが、それだけに…


 ひとり、閉めだされているのにも似た状態で、ガラスの壁のかたわらに陣取り、

 そうしてガラスの壁の向こうや砂の地平線を眺めていると、自分が物乞いやホームレスになったような気分にもなってくる…――


 現に、いまの彼は放浪の身で、こっちに家はない。

 この状況では、違うとも言い切れないのだったが…。


 現実というものの、わびしさを実感する。


 ここまで来たのだから、中に入りたくないわけではないのだ。


 センシュウから来た星の子にも、会ってみたかったし、

 いろいろ見て確かめたい思いが強くあるのに、ひとたび、踏みこんでしまったら、確実に出られる保証がない。


 彼をさらった張本人は、平素の生活にもどってしまって、あれ以来、顔も見せない。

 その上で、こんな至れり尽くせりの対応をされたのでは、根競こんくらべしても勝てる気がしない。


 目的の星の子との面会を申し出てみたが、星の子が都の外に出ることは、危険ということで、日輪にそういった要望を叶える意思そのものがなく…――

 (もしかしたら、とり下げることを命じたのは、ここの陽の宮かもしれなかったが、いずれにせよ…)退けられた。


 進展もなさそうで、

 後がないのは、もうわかりきっている気もしたが…。


 だからといって、早々、白旗をあげたのでは、負けを認めるようなもので、非常におもしろくない。


 それは、嫌だと…。


 これまで一方的に積み重ねられた経過への不平不満もあいまって、大陽は、かつてないほど意固地な反応を見せた。


 ――そうして…。


 この土地に来てから、どのくらい経ったのか…、

 正確なところは、知り得ようもないが、

 一度、しっかり睡眠をとり、三回ほど、腹を満たし、

 また、小腹が空いて、眠気をもよおしてきた。

 感覚としては、ほどなく二泊目にはいろうというところだろうか?


 衛生面が気になりはじめていたが、こんなひらけた野外で、シャワーを浴び、湯船につかるというのは避けたい気もしている。


 彼らのご都合主義にも思える有能さ、これまでの対応から考えても、望めば、可能な範囲で手配してもらえるのは間違いなさそうではあるが…、

 相手方先方の状況から想像を働かせれば、あきらかに優先されているこの実態も勘に障るのだ。


 大陽としては、そんなふうに気遣うなら、外すことなく、こっちの意思の肝心な部分を尊重してもらいたかった。



(…こうしていても、なにもはじまりそうにないし…。

 しかたない…。

 ここは、百歩ゆずって、退いて…――て…。…でもなぁー…、

 いざ、入ってみて、出るチャンス、巡ってくるかどうか、が……)



 もよおしたあくびに大きく口をあけ、こらえながら、渋い顔で、規模が破格の巨大な厚底のタンブラーグラスか……氷の城塞のようにも見える壁を左上に見あげていると、思いもよらぬ訪れがあった。


 いつも一方的なのだが、その白々とした明かり(日輪)の襲来訪問には、そろそろ慣れてきていたところで、

 また、来たかと思うまでもなく大陽は、そこに青白い光が雑ざりこんでいることに気づいたのだ。



(――…これって、月輪がちりん…?)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る