@妄想少女
Kurosawa Satsuki
本編
1章
この世界は、全て作り物で出来ている。
人も空も、誰かの脳内で作られたもの。
つまり、この世界に存在する全てのものがホログラムなんだ。
私はそれを、脳内プログラムと呼んでいる。
そしてその事実は、私だけが知っている。
……………………………………
虐めや差別が絶えないのは…。
多くの子供が、報われないのは…。
お互いに分かり合えないのは…。
人が人を殺すのは…。
私が私であるのは…。
全部、全部、神様のせい。
そう思いながら、私は今まで生きてきた。
神様だって人間だ。
私達と似たような、存在なんだ。
森羅万象、全知全能。
この世の全てが、神様の描いたシナリオ通りだとするならば、戦争が起きるのも、貧富の差があるのも、神様の理想なのかもしれない。
形だけの平和。
それを天から見ているだけ。
お空の上の傍観者。
ねえ、結局アナタは、私達をどうしたいの?
……………
「理想は理想でしかない」
そう言ったのは、同じクラスの椿だった。
頑張れば誰だって成功するなんて嘘だ。
人には、出来る事とそうでないものが、
産まれた時から決まっていて、
運命には、絶対抗えないんだよ。
だから、限界を超えるなんて絶対にない。
そう言ってる人は、そういうつもりでいるだけ。
というのが、彼女の言い分だった。
「彼らは死を恐れている。だから、医療機関が発達して、今では病気のかからない体を手に入れた。
全ては、マイクロチップという管理システムによってリソースされている。」
私はそんな話を、何処かの本で読んだ事がある。
絶対に死なない体。
そして、絶対的な安全安心が保証された世界。
一昔前までは、みんなが望んだものだったんだよ。
だけど、今は違うんだ。
死にたくても死ねない。
寿命が六十歳と決まっているから。
不死身というのが、死よりも残酷で恐ろしい事だという事を、今まで誰も知らなかった。
戦争もなくなり、差別も殆ど消え、
誰もが平等に幸せになれる世の中。
犯罪を犯そうとするならば、体内に埋め込まれているアイツ(サーバー)が、自動的に政府へ報告し、
捕まってしまう。
だから彼らは、
いつしか、架空の敵を作るようになった。
そうやって、存在すらしないものを悪とする事でしか、己の正義に酔いしれる事でしか、
自分を保てなくなった。
そんな彼らを見ていると、鳥かごから五月蝿く鳴き続ける小鳥のように思えた。
………………………………
「最近、ATLAS増えてきたよね」
ATLASアトラスとは、大企業のATLAS社が開発した、AI搭載の人型機動兵器の事だ。
タイプは色々あるが、街中で徘徊しているATLASは、防犯用、警備用のものだ。
「そう言えば、またATLASの新型が出たらしいよ。」
最近出たATLAS系は、G-03ミライ。
戦闘用人型美少女アンドロイドで、
ATLASガールの三人目らしい。
因みに、ボーイの方は二人いる。
「アイドルか〜、なんか可哀想だよね」
彼女が、可哀想と言うのには理由がある。
同情という意味もあるだろうが、
多分、自分じゃなくて良かったという安心もある。
「あーぁ、またやってるよ」
外では、アンドロイド達が喧嘩をしている。
今では、人間よりAIの犯罪が多い。
殺人や強盗、テロ、性犯罪、はもちろんの事、
いじめや差別、暴言暴力、喧嘩、信号無視、交通違反、不法投棄、盗撮盗聴…。
その殆どが、アンドロイドによるものと言っても過言ではない。
「最近、一人暮らしの女性の家で殺人事件があったらしいよ。勿論、その犯人は直ぐに脳内プログラムが起動して爆発したんだって」
また、AIによる犯行だ。
爆発するのは当たり前だ。
今では、 犯罪を犯せば直ぐに 脳内プログラムが作動して、自分事主人を殺す仕組みになっている。
脳内が破壊された本人は、そのまま地面に溶けてゆく。
それは、チップを埋めた人間も、その人間によって作られたAIも同じ。
私には、父親も兄弟もいない。
物心つく前に みんな死んだらしいが、よく覚えていない。
というか、脳内プログラムが 不幸やトラウマの事実そのものを私の脳内から排除し、ひたすら幸福を植え付けているから、悲しいという感情はいっさい感じられない。
もはや今のこの時代において、心が満たされていないというのは、それだけで医者に行かなければならない程の重病なのだ。
脳内変換、マインドコントロール。
私はこの現代システムに対して、恐怖を感じている。
今や、世界全体が一種の宗教のようなものなんだ。
「ねえ、久しぶりにしよっか」
そう言って彼女は、徐に服を脱ぎ始め、私にその裸体を見せた。
男女が裸になって身体を重ね合うのは普通な事だ。
女同士が互いに求め合うのもまた、よくある事だ。
昔は、性に対して閉鎖的だったと聞いた事がある。
大人になるまでは絶対にしてはいけない。
大人になるまでは絶対に見てはいけない。
未成年でも、子作りをする人はしていたらしいが、
それでも、子供にとってはタブーな事だとされていた。
けど、今は違う。
十歳だろうが三歳だろうが、見て当たり前。
子孫繁栄の為の大事な勉強なのだ。
人口の減少、少子高齢化問題。
こんな世の中になったのは、
そこから始まった事だ。
成人が未成年と交際するなんて、
昔でもよくあった話。
私達も時々、大人に自分の体を捧げたりする。
それもまた、今では政府公認の正しい事。
何もおかしなことだとは思わない。
少なくとも、この世界のこの時代を生きる人にとっては普通な事。
……………………………
リビングのテレビ画面をつけると、いつものように プログラムAIの故障が原因で三十代の男が自殺したと、ニュースで報道されていた。
この所、同じような事件が起こっている。
人の心は複雑に見えて 実に単純なのである。
AIプログラムに洗脳されるほどとても繊細で弱いのである。
結局、人の心がどれだけ満たされようと、この世界は本当の意味で平和になった訳じゃなかったみたいだ。
街では、アンドロイドの存在を否定する人達が、
暴動を起こしている。
仕事をアンドロイドに奪われ、失業者が急増している為だ。
アンドロイド達は何も悪くないのに。
人間によって生み出され、そして人間の為に存在しているのに。
人間はいつだってそうだ。
他人を蹴落とし、己の正義に酔いしれて…。
昔から何も変わってはいないんだ。
いや、それは人間に作られたアンドロイドも同じか…。
AIは人間の奴隷…か。
今はまだ、人間もアンドロイドも、互いに分かり合えないだけなんだ。
創った者と創られた者。
人間が神に忠実だったように、アンドロイドもまた、本当は人間に忠実なんだ。
上の階からMeロイドが呼んでいる。
お風呂が沸いたらしい。
Meロイドというのは、ATLAS社が開発した、
量産型メイドロボの事。
彼女もまた、その一人。
(お洗濯、完了しました。他に御用がありましたらなんなりとお申し付け下さい。)
ありがとう。
けど、もう大丈夫だから。
(私は、量産型メイドロボ、Meロイドです。ご命令を…)
彼女はどんな命令であろうと必ず聞く。
それが例え、理不尽極まりない、非人道的なものであっても。
プログラムされている以上、目的を遂行するまで何がなんでもやろうとする。
そんな彼女の事を、私も最初は可哀想だと思っていた。
でもそれが彼女の運命、存在意義なんだ。
(ご命令を…ご命令を…)
2章
この世界は終わる。
何者かによって近いうちに終わりを告げる。
確かに今の世界は平和だし、自由だし、生きる人達の誰でも 幸せになれる理想の世界だ。
特殊なプログラムを脳内に入れる事で、見たいものを見れるし、やりたいこと、欲しい物まで いくらでも手に入れられる。
男嫌いの人だって、それさえあればプログラム上で男を全員女に見せることだって出来るし、
学問や仕事だって、自分のやりたいことだけをやればいい。
他は要らない。
お金が足りなければ 政府から勝手に降りてくる。
幸せじゃない人なんてもはや 存在しない、わざわざ自殺を考えるほど 苦しい思いもしなくていいし、
まさに、誰しもが望んだ楽園なのである。
法さえ犯さなければ…。
……………………………
料理は、他人の為に作った方が美味しくなる。
人にもよるだろうけど、
自分の為に作るとなると、どうしても雑になってしまう。
なんて話を、幼い頃に母が言っていた。
そんな母が、料理は愛情と、
口癖のように言っていたのを、今でも脳裏に記憶している。
そんな事を考えながら、今日も夕食を作る。
今日のメニューは、ミネストローネ。
ソーセージと、じゃが芋、人参、玉ねぎ、トマトを細かく切り、鍋に入れて水を注ぎ、
中火でしばらく煮込めば完成。
適当に作れば、案外簡単に出来るものだ。
カレーも同じ。
市販のルーさえあれば、後は、肉やら野菜やらを切って、全部鍋にぶち込めば完成。
それに、例え料理が出来なくても、
六万円くらいの、人工知能を搭載した料理用ロボットがあれば楽だが、やっぱりご飯くらいは、人の手で作られた物を食べたい。
そう思うのは私だけ?
………………………………………
「もういいかい?まだだよ。
あなたに贈る愛のうた。
空から一滴の雫が落ちた。
恵の雨か?悲しみの雨か?
魔法の言葉、愛のうた。」
彼女は今日も歌を歌う。
時々こうして、私に歌を聴かせてくれる。
彼女の歌う歌は、いつも悲しい。
どうしてなのかは、私にも分からない。
悲しい曲ばかり歌うのは、
彼女の心が満たされていないから?
それなら私が彼女の心を満たしてあげればいい。
彼女の為なら私はなんでも出来る。
彼女の言う事ならなんでも信じれる。
身体だって喜んで捧げるし、死んだって構わない。
それでも満足出来ないなら、私はどうすればいいの?
その答えはただ一つ。
満足出来るまで私が彼女の隣にいる。
「どうしてだろう?ハッピーエンドが書けないんだ」
彼女はいつも、暗い物語ばかりを書く。
それはきっと、彼女の心の表れだ。
彼女には、家族がいない。
というか、居たのかすら分からないらしい。
物事つくまで、お世話ロボットが親代わりだった。
そのお世話ロボットが何処へ行ったのかは、
彼女も分からないらしい。
とにかく、生まれた時からずっと独りだったのだ。
人の愛を、温もりを知らない彼女にとって、
友情とか愛情というものは、表現が難しいものなのだ。
………………………
私が彼女と出会ったのは、小学生の頃。
その頃から才女と呼ばれた彼女は、
大人しい割に、周りの大人達にも一目置かれていて、目立った存在だった。
けど、誰も彼女に近づこうとしなかった。
余りにも完璧すぎる彼女を、みんな恐れていた。
中には、人間じゃなくアンドロイドだと言う人もいた。
そんな彼女と初めて仲良くなったきっかけは、
公園で倒れていた彼女を助けた時だ。
原因は、脳内プログラムが突然エラーを起こした事によるもの。
私は急いで彼女を病院へ連れて行った。
検査の結果、異常はないと言われたが、
あの時、なぜあんな所にいたのか、
そして、どうしてエラーが発生したのかは未だに謎だ。
「あの時の事、知りたいの?実はね、貰ったの。
女の子から薬を…」
薬というのは、毒薬の事だろう。
恐らくそれは、脳内プログラムを騙すもの。
そんな誰が作ったのかも分からないものを彼女は自ら口にしたのだ。
「怖くはなかった。疑う事もなかった」
彼女の口振りは、嘘を言っているようには見えなかった。
……………………………………
放課後の誰もいないはずの音楽室。
そこで彼女は、ピアノを弾いていた。
また悲しい曲を弾いている。
やっぱり、私なんかじゃ彼女の心を満たせないのかな?
「ねぇ、そろそろ飽きた?暗い曲ばかり聴くの…」
そんな事はない。
私は、彼女の曲が好きだ。
飽きるくらいなら、初めから聴いていない。
「ごめんね…」
彼女はそう言いながら、鍵盤の蓋を閉じる。
私が、どんな曲を弾いてたの?と聞くと、
「帰ろうか…」
と、彼女は何時ものように話を逸らすのだった。
…………………………………
「ねぇ、死にたいって思った事はある?」
学校からの帰り道、突然彼女がそんな事を言い出した。
死にたいなんて言葉、彼女の口から聞いたのは初めてだ。
「不死身ってね、死よりも恐ろしいものなんだよ…」
不死身と言えば、この世界も同じようなものだ。
どんな病も自力で治るし、死にたいなんて思っても、簡単に死ねる訳じゃない。
というより、そもそも死ぬという事は、
この世に生まれた生物なら当たり前のことなのに、
それでも永遠を求める人がいるのだろう?
映画やアニメの悪役にありがちなやつだけど…。
「なんか、お腹空いた」
この道を真っ直ぐ進んだ所にコンビニがある。
勿論、全部セルフサービスだ。
「疲れた時は、やっぱり甘い物だよね」
椿が手にしたのは、一個二百円程度の棒アイス。
昔は、六十円くらいだったのに、
増税のせいで更に高くなっている。
「見て見て、新しいガチャガチャ出てるよ」
椿が指さす視線の先には、可愛いキャラクターのストラップがラインナップされている一台のガチャ台。
試しに一回だけ回してみる。
「にゃい にゃいか〜」
椿が引いたキャラは、にゃいにゃいという一番人気の主役キャラ。
一方私が引いたのは、ぬこさんというヒロイン役のキャラ。
「揃って人気キャラ引くなんて、やっぱり私達気が合うね」
なんだか、いつもより嬉しそう。
でもごめん。
私も、椿と同じのがよかったな…。
………………………………
「ねぇ、この前起きたテロ事件の犯人知ってる?」
テロ事件というのは、今から七日前に起きたサーバー乗っ取りのテロ事件の事。
ニュースや専門家の話によると、またAIの仕業だと言うが、今のところ犯人が何者なのかは不明だ。
「あの事件の犯人はね、人間なんだよ」
この事件によって、大勢の罪なき人が死んだ。
犯人が言うには、テロの目的は人類、そしてこの平和ボケした社会への復讐の為との事だが…。
「新しい世界、理想の世界…」
三日以内に誰か一人を殺せ。
出来なければ、こちらがお前を殺す。
それは、どんな方法を使ってでも構わない。
自分の為ならば、自分以外の人間はどうなっても構わないという事を証明しろ。
女の声でそう言っていた。
「馬鹿だよね、本当にそんな世界を作ろうだなんて…」
人類みな平等…。
誰もが幸福な誰もが望んだ世界…。
そんな世界は存在しない。
存在するのは、誰かの都合によって存在している世界。
だから、理不尽も、争いも、犯罪も消えないのだ。
だってこの世界は、それを求めた結果なのだから。
そんな理想郷なんて、所詮は表向き、
形だけでしかないのだから。
…………………………
大人になるという事。
それはつまり、失うという事。
色々失って、そして最後は泡になって消えるのだ。
君はどんな大人になりたい?
私は、大人になんてなりたくない。
自分が自分じゃなくなる気がして怖いんだ。
それでも何時かは、自分を捨てなきゃいけない。
そして、大人になってしまったら最後、
もう二度と、綺麗ではいられなくなる。
自殺は悪だと誰かが言った。
神への冒涜なんだと誰かが言った。
そうなるまで追い詰めたのは誰ですか?
そうなる前に止められなかったのは誰ですか?
結局みんな自分が大事。
この世界は、利己主義によって成り立っている。
公共の場でそれが否定されているのは、
社会がそれを許さないのは、
それでも自殺志願者が減らないのは…。
帰るべき場所、人類皆平等に与えられた幸福…。
それが死ぬという事ならば、
彼らの行為は、否定されるべきものではないのだ。
そう、この世界は愚かな人間のイデオロギーによって出来ている。
3章
(上空からアンノウン反応、緊急警報発令。
アトラス隊は、直ちに住民の避難確認とアンノウンへの攻撃を開始してください。)
世界の終焉。
人類滅亡の日がやって来た。
世界中で避難勧告が出され、あちらこちらでサイレンとアラート音が鳴り響く。
アンドロイド達は、一斉にエラーを起こし、街中で人を襲いながら暴れている。
マント姿の集団が上空で戦闘機と交戦している。
殺し合いをする者、泣きじゃくりながら祈る者、
訳も分からず逃げ惑う者、気絶する者、喜ぶ者…。
みんな、自我を失っている。
「あぁ、これが世界の終わりか」
隕石の衝突、アンドロイド同士の争い、
建物の一斉崩壊…。
そんな中、冷静な態度で終わりを待つ者が、ここに二人だけいた。
上空からは、徐々に隕石が近づいて来ている。
今度こそ、全てが終わる。
これが、神の下した最善の決断なのかもしれない。
「誰かの歌が聴こえる」
私は、この歌を知っている。
世界の終末ラッパの音、という歌。
街の崩壊と共に、ソプラノの悲しい歌声が辺りに響き渡る。
「みんな、みんな、死んじゃった」
そして、誰もいなくなった。
街には大量の死体が転がっていて、足の踏み場もない。
相変わらず何処かから、誰かの歌声が聴こえている。
「もう、二人きりになっちゃったね。
これからどうしよっか?
死にたくても死ねるわけでもないし…」
死ぬ方法ならあるよ。
「え??」
政府の塔にあるコントロールシステムが停止したから、私達の体内にある全管理サーバーが壊れたんだ。
今の私達は、かつての人々と変わらない。
だから、銃弾一発であの世に行ける。
そして、今私の手元には二発の弾と銃がある。
「そっか、じゃあその前にやりたいことやっちゃう?」
そうだね。
もう私達を咎める者は誰もいないのだから。
お店の物を万引きしようが、他人の家に侵入しようが、街の建造物を壊そうが関係ない。
自由というのは、正にこの事。
「そう言えば、アトラスガール達の姿も見えないね。死んじゃったのかな?」
今更、そんな事はどうでもいいんだ。
この世界にはもう、君と私の二人しかいないのだから。
私は、椿の手をそっと握る。
「怖くないの?」
怖い訳ないよ。
だって、ここには君がいるんだもの。
「静かな境地、
無音の世界、
誰かの声が聞こえる。
遠く遠くからこだまする。
空っぽの境界線、
虚無のあと。
君の居ない場所、
それがこの世の結末、
僕は解っていた、
いつか全て失う事、
始まりがあれば終わりがある、
笑顔で君が教えてくれた、
僕は行くよ、
約束の花束を持って、
君の為に手紙を書いた、
二人だけの秘密の言葉、
合言葉。
もういいかい、
まだだよ、
あなたに贈る愛のうた。
空から一滴の雫が落ちた。
恵の雨か、悲しみの雨か、
魔法の言葉、
愛のうた。」
彼女はまた歌う。
悲しみの歌を歌い続ける。
私も、それを真似して口ずさむ。
もういいかい、まだだよ。
あなたに贈る愛のうた。
空から一滴の雫が落ちた。
恵の雨か、悲しみの雨か。
魔法の言葉、愛のうた。
やがて、二人だけの世界に夜が来た。
街の電気が全部消えているせいで、辺りは真っ暗だ。
私達は、ふと夜空を見上げた。
何千何億の星々が、空いっぱいに輝いている。
こんな景色を見たのははじめてだ。
「幻想的だね、ねぇ、知っている?
昔の人はね、特別な日に願い事を書いて、お星様に祈っていたんだって」
七月七日の七時七分に願い事をすると願いが叶うというのは聞いた事あるけど、そういう風習って昔からあったんだ。
星座だって、書物を読んでいたから知ってはいたけど、夜でも街は明るいから今まで見た事なかったな。
「星にも、名前があるんだ」
あれがオリオン座、そしてあれがさそり座、
こと座、わし座、てんびん座、いて座、りゅう座、へびつかい座、ヘルクレス座…。
夏の代表的な星座達が、私達の眼球からくっきりと見える。
彦星座のアルタイル、織姫座のベガ、白鳥座のデネブ…。
この三つを結びつけると、夏の大三角が完成する。
「あのね、君に渡したい物があるんだ」
彼女がくれたのは、透明の滴の形をした青色のピアス。
星空の雰囲気とマッチして、とても綺麗だ。
「お揃いだね」
椿の方は、水色の色違いだ。
彼女は、ピアスを付けた左耳を私に見せる。
私も、右耳に付けてみる。
けど、こんな物何処で見つけたんだろう?
最近になって、自分の身体を傷つける物や行為は犯罪になったはずなのに。
「こんな物、違法通販サイトでいくらでも売ってるよ。最近出来た法律だから、セキュリティが甘いんだ」
なんだ、そういう事か。
それならいいか。
「ねぇ、キスしよ?」
これが正真正銘、本当に最後のキスとなる。
これが終わったら、また会えなくなっちゃうのかな?
いや、何時かきっと会えるよね?
また何時か、椿とこうして一緒に居られますように。
夜空にそう願いながら、私達は互いの唇を重ね合わせた。
………………………
私は、椿を殺した。
この世界に残ったのは、私一人。
弾丸は、残り一発。
後は、この銃で自分を撃つだけ。
左手で銃を構え、自分の頭にそれを向ける。
そして次の瞬間、私は引き金を引いた。
The girl's ideals killed her.
The girl's dream made her unhappy.
結局、最後はこうして終わるのだ。
………………………………
少女は、彼女に命を与えた。
少女は、彼女に心を与えた。
何時か、自分達の手で幸福な世界を築き上げる。
少女はそれを信じ、彼女に幾つかの選択肢を与えた。
このシナリオは、彼女の為に作られた。
彼女以外の生物も、建物も、何もかも。
天井には、無数のプログラム言語が流れている。
それはつまり、この世界が偽りであるという証。
もう既に、アンインストールが始まっている。
死んでいった人も、街も、森も、動物も、
光となって消えていく。
少女の選択は間違っていた。
だから世界は消滅した。
だから世界は終わりを告げた。
もう誰も苦しむ必要はない。
もう誰も死に急ぐ必要はない。
さよなら世界。
さよなら人類。
さよなら、さよなら。
何時かまた、会いましょう。
彼女は、最後にそう言った。
END
@妄想少女 Kurosawa Satsuki @Kurosawa45030
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