2065年7月9日

 朝の5時。目覚ましをセットしたわけではないのに目が覚めてしまった。今日も朝から蝉がうるさいからだろうか。


 自分の名前は亮。

 ばあちゃんと一緒に住んでいる。

 …あ、本当はばあちゃんではなくて奥さん。

 ここは二階の自分の部屋。

 足元にいる猫はユキ。


 …よし、昨日までの事は忘れていない。ちゃんと覚えている。


 記憶を失わなかった事に安心したせいか、また眠くなってきた。そのまま、眠気に身を任せてもう一度眠った。




「亮、具合でも悪いの?まだ起きないの?」


 自分を呼ぶ声が聞こえて、体が揺さぶられているのを感じて目を覚ました。


「おはよう⋯」

「おはようって、もう昼過ぎだよ」


 体がとてもだるく感じる。寝すぎてしまったようだ。


「朝に一回起きたんだけどね。…ちゃんと昨日までの事を覚えてて…また寝ちゃった…」

「…今日だったもんね。今回は記憶そのままだったんだね」

「ほんと、美穂の事を忘れなくて良かったよ」

「…⋯え?今なんて言ったの?」

「ん?ばあちゃんの事を忘れなくて良かったって」

「あ、あぁそうだね。良かった」


 ん?寝ぼけて変な事でも言ったかな?変な顔してるな。⋯まぁいいや。


「そういえば、起きたら相談しようと思ってたんだけど」

「なに?なんの相談?」

「猫を飼いたいんだけどどう思う?」

「は?…猫ってユキがいるじゃん。増やしたいってこと?」


 そう言って足元に指を差された。朝見た時と同じように丸まっている。


「…⋯ユキ?…あれ?そうだよな。こいつ居たよね。何言ってんだろう、俺…」

「…まだ寝ぼけてるんだね。ほら、ここは暑いし下に行こう」


 ばあちゃんの後をついて部屋を出たあたりで激しいめまいと頭痛に襲われた。


「痛っ……」

「亮?!」


 なんで?!外に出たわけじゃないのに?!


 そう思ったところで視界が暗くなっていくのを止められるわけもなく倒れてしまった。




「来年あたりに、亮の実家に引っ越そうかと思ってるんだ」

「…どうして?」

「そろそろ私も退職するし、少し田舎でゆっくり過ごすのもいいかなって」

「あー、なるほど」

「亮の親が亡くなってからずっと空き家だしね。ちょうどいいんじゃないかなって」

「いいと思う」

「小さい頃住んでいた家に戻れば元に戻るかもなんて⋯。まぁ、そこにはもう期待してないんだけどね」

「…ごめん」

「以前の亮にも言ったんだけど、その時は断られたんだよね。まぁ、私も仕事あったからそこまでじゃやなかったんだけどさ」

「………」

「って、今こんなの相談しても…また忘れちゃうのかな…」

「⋯⋯そうかもしんないね⋯」

「⋯⋯⋯⋯⋯」


 美穂が何ともいえない顔をしている。⋯⋯それをさせているのは自分か⋯⋯。


「美穂がいいようにしたらいいと思うよ。記憶があってもなくても、俺はずっと一緒にいるんだろうし」

「⋯うん。そうするよ」

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