2017年7月9日 亮

「おい、どうしたんだ?大丈夫か?おい!」


 目を覚ましてみると、見慣れぬ部屋だった。ここはどこで、この女の人は誰なのかを聞きたかったけど倒れてしまった。


 ⋯ひとまず、ベッドに寝かせておくか。救急車を呼んだ方がいいだろうか?⋯⋯いや、ここがどこで、この人が誰なのかわからない以上、呼ぶに呼べない。⋯⋯⋯ん?そもそも、俺は⋯⋯?


「⋯わからないな」


 部屋を移動してみても、何も見覚えのあるものがない。でも、普通の家だというのはわかる。だとすると、あの人と一緒に住んでいるのだろうか?


「⋯家族なの、か?」


 何を見てもピンとこない。何も思い出せない。自分のことすらも。⋯⋯これは記憶喪失だろう。


 ⋯目を覚ますのを待つしかない、か。




 病院から帰ってきてから、美穂は何も話すことなく無表情で外を眺めている。


 記憶喪失だの、多重人格だの⋯。元の自分からみて記憶喪失なら二回目、多重人格なら三人目という事になる。当事者である自分でも困惑しているのに、家族がそんな事になるとは⋯。そんな彼女になんて声をかければいいかわからない。⋯しばらく放っておく事にして別の部屋でも見てみるか。


 寝室にある本棚にアルバムを見つけた。開いてみると、どこかに旅行に行ってる写真が目に入った。二人とも浴衣を着ている。旅館だろうか。景色の写真や、旅館内と思われる写真が何枚かある中に美穂が美味しそうに鍋を食べているのを見つけた。


 …どうして何枚もあるんだ?


 そんなに美味しかったんだろうか。鍋単体、食べている美穂含めて十数枚あった。


 過去の自分が撮ったであろう写真。鍋が好きなのか、美穂が好きなのか。まぁ、どっちも好きだったのは間違いないだろう。


 ⋯どうして今こうなっているんだろうか。他の写真を見ても幸せそうにしか見えない。先生が言ってたような事なんて本当にあったんだろうか。


「⋯⋯ん⋯⋯はぁ、はぁ⋯」


 治まっていた動悸がぶり返してきたようだ。少し息苦しい。横になって休めば少しは楽になるだろうか。




 少しの間、眠っていたようだ。そのおかげなのか息苦しさは治まっている。耳をすませてみると隣の部屋から物音がしない。美穂も寝ているのだろうか。


 ドアを開けてみると、美穂はさっきと同じ体勢で外を眺めていた。表情も変わりないように見える。こちらを気にしている様子もない。


 …もう少し一人にしておこうか。


 そう思ってベッドに戻ろうとしたら、さっきのアルバムが目に入った。


 ⋯あんなに幸せそうだったのに、今はあんな表情をしている。…記憶が戻れば、またあんな顔にしてあげられるかもしれない。でも、今の自分にできることは⋯⋯。


 まずは、話をしてみようか。


 アルバムを片手に美穂に声をかけた。


「いろいろ教えてくれないかな」


 今は話したくないかもしれない。それでも話をして関係を築いていかないといけない。元に戻らないといけない。


「あのあと先生から聞いた話だと、例えば何か忘れたい事があってこうなってる可能性もあるとか」

「だったら…」

「でも、以前の事を何もわからないまま過ごすってのも気持ち悪くてね。それにあくまでも可能性の話だし。それに⋯」


 何か忘れたい事があったなんて思えない。思いたくない。だから、いろいろ教えてほしいんだ。


 美穂は少し考えるような表情をしてから言った。


「……じゃあ、何がいいかな。あ、今日は亮の誕生日なんだよ」


 …え、今日?本当に?


 素直に驚いていると、先程までの無表情ではなくとても優しい表情をしていた。どこか、してやったり!という顔に見えなくもない。


 写真の表情とは違っていたけど、これはこれで見れて良かったと思う。

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