第16話

作家はにっこりほほ笑みながら、

「これはあなたがお書きになったんですね」

と問いかけました。

娘は顔を赤くしたまま、こくんとうなずきました。


「素晴らしい、素晴らしい詩です。あなたはきっと偉大な詩人になれるでしょう! 僕のほうであなたのところまでお届けしましょうか? ええ、わかりました。すぐにそちらに行きますよ」


作家は早足で道を曲がって階段を上り、玄関の前で待ちました。娘が向こうのほうから歩いて来るのが見えました。


その姿を見て、一瞬作家はギョッ、としました。足が悪いために、娘が大きく身体を振りながら歩いて来るのが見えたからです。


心の優しい彼は、そんな娘の姿を見て、胸が痛みました。同情は彼女を侮辱することになると思いながらも、つい可哀相(かわいそう)にと思わずにはいられませんでした。


あのように若く美しい娘にとって、どんなに辛いことだろうかと思わずにいられませんでした。


きっと歩くたびに短剣で胸を刺されるような、それこそ実際に胸をえぐられるような痛みを感じているに違いない、と。


作家は何故(なぜ)彼女の目があんなにも淋しく悲しげであるのか、少なくとも悲しげである理由がわかった気がしました。


娘は自分の歩いている姿を恥じて、ますます赤くなっていました。目からは、今にも大粒の涙がこぼれ落ちそうでした。泣き出しそうな顔をしていました。


けれども、娘は無理をして、にっこりとほほ笑みました。作家は娘の足が悪いことには、全く触れないことにしました。


わざと明るい調子で、少しもわざとらしくなく、「やあ、こんにちは」 と挨拶(あいさつ)をしました。


「あなたの詩は、とても美しいし、素晴らしいと思います。私の胸は、まさしく打ち震えたのです。私はすっかり感激してしまったんですよ!」

作家は素直な感想を口にしました。


娘は戸惑(とまど)ってしまいました。どうやら作家はすっかり勘違いしているらしく、それが自分あてのものだとは気づきもしないで、ただそこに書かれている詩に感動しているらしいのです。


もちろん、それだけでも娘にとっては、夢のようにありがたかったのですが、やはり、がっかりせずにはいられませんでした。

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