第6話

いつも父は、日本や世界のあらゆる所を旅をしていました。仕事で、時には私用で。


父は優しい人でしたが、仕事となると人が変わって、鬼のようになりました。ですから、家庭生活は、二の次になってしまったのです。


母親は、そのために淋しく思いましたが、しかたありませんでした。母親は娘に、いつも家にいない父のことを話して聞かせました。どんなにりっぱな人であるか、どんなに優しい人であるか、どんなに皆から慕われているか、といったことを。母親は父をとても愛していたのです。

でも愛する人は、いつもそばにいませんでした。母親は、どれほど淋しかったことでしょう!


父は働き者で、仕事のたいへん出来る人でした。父の会社は一日一日と大きくなり、お金もたくさん入ってきて、一代で大きな富を築き上げました。会社は、ますます繁盛して、止まるところを知らないように見えました。


けれども、ある時を境(さかい)に運は父を見放したのでした。父の仕事はうまくいかなくなり、仕事の量が減りました。どうあがいても会社の経営は、悪くなる一方でした。


そして、そんなある日のこと、父は「君達に迷惑をかけてすまない」という一通の手紙を残して姿を消してしまいました。どこへ行ってしまったのか、さっぱり分かりませんでした。


母親は、父を心配し、嘆き悲しみました。会社が潰(つぶ)れたことよりも、母親は父のことを心配しました。


会社が潰れ、豊かだった生活はすっかり変わってしまいました。娘と母親は、お互いの他は何もかも無くしてしまったのです。大きなお家(うち)も、きらびやかな服も、贅沢(ぜいたく)なごちそうも、美しい庭も。そして、それまで盛んに訪れていた遠い親戚とか、父の知り合いとかいった人々も、パッタリ姿を見せなくなりました。


お金があった頃は、顔もよく知らない人達が、たくさん家に来ていました。彼らは、頻繁(ひんぱん)にやって来ました。つまらない話を長々とし、お菓子を食べたり、お茶を飲んだりしました。

そして、父や母親や娘のことをやたらと褒(ほ)めるのでした。彼らは、娘ににこやかに笑いかけ、頭を撫(な)で、母親にペコペコしました。「いひひ」とか「へへへ」とか、変な笑い方をすることもありました。

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