第27話 「ご苦労さん」
一夜はメイド服から邪魔な部分を引きちぎると、煙幕が晴れるのをじっと待った。
悲壮感のようなものはないが緊張していることは見て取れた。
敵は、全くのイレギュラー。想定外にして規格外、そしてなにより人外だった。
まず姿を現したのが無惨に破壊されたスクラップが2台分。その傍らで遮那王もまた、悠然と来るべきその時を待っていた。
「ようやく見晴らしも良うなってきたなぁ。いきなりけったいなロボットが襲ってきて、びっくりしたわぁ」
「待たせてしまって悪かったね」
「構わん、構わん。お連れの方は指名手配ってわけでもなし、逃げたいのなら逃がしてやらんでもないよ」
「あ、姉御ぉ」
脇に控えていた小男が抗議するも、遮那王は忠告を受け入れるつもりがないようだ。
「アタイらの仕事は邪魔者の排除。捕り物は契約外だぜい。そんなことより泥田坊。コイツが陽動て線はないにしても、漁夫の利を狙う連中もいないとは限らねぇぜい。警戒するならそっちのほうだ」
「へい」
男は渋々納得し、すうっと姿を消す。
「『ヘイロー』案件となれば、鬼が出ても蛇が出てもおかしくないか――まさか仕舞屋組合までお出ましとはね」
「さすがは学生さん。色々と難しいこと知ってるじゃねーか。学生料金で承っております、なぁんてな」
相も変わらず飄々とした遮那王。だが、状況の主導権を決して私はしない。
遮那王が破壊した2台の機械、自走する人間大の電気ポットのような形をしている。
風紀委員会の警備用オートマトンである。
治安のいい蒼天通りなら、探せば1台や2台調達もできる。ソレを友人・オムニ君に頼んでハッキングしてもらったのだ。それが地の利。
建物の外へ連れ出されたことで、一夜たちに有利となった点である。
このオートマトン。暴徒鎮圧用の対人火器や煙幕弾などで武装をしているのだが、それだけではない。その内部には緊急用の物資を搭載している。水、食料、医薬品、工具。そして、武器と弾薬。
一夜は何とか引き寄せた『それ』をどうやって手に入れようかと思案する。
「これが欲しんだよね? 欲しいニャンっていえば、くれてやらなくもないぞい」
「欲しいニャン。お願いニャン」
躊躇なくあざとい猫ポーズ付きで答える。
遮那王は、槍の穂先に引っ掛けた『何か』を放りなげる。
一振りのサーベル。スクラップの中にから掘り出されたものだ。
必要なものはあっけなく手に入った。
風紀委員会制式サーベルの刀身はチタン合金セラミック複合材で出来ている。長槍を相手にしてもへし折られるということは無い。
「銃もあるぜぇ、どうする?」
「いらない」
一方でいつもの余裕を失っているのが一夜だった。
武器を手に入れるのは最低条件、状況を覆す何かがまだ足りない。
先制したのは遮那王の突き。地面を蹴って一気に間合いを詰める。
二人が対面するのは、ビルと生垣の間。その間は2メートル足らず。左右への回避は制限されるが同様に長槍のような長柄の得物を振り回すにも適しない。
一夜の目的は遮那王を倒すことではない。ミキティが安全圏まで逃亡するまでの時間稼ぎだ。ならば、条件は悪くない。
一夜は穂先をサーベルの刀身で受け止める。
「目の良さだけなら負けないつもりだよ」
闇の住人の評価は上々。遮那王は歓喜の声と共に勢いに乗り、突きの速度を加速させる。
「どこまでツイて来れるか、お姉さん楽しみにしてるよぉ」
槍術の基本は相手を支配すること。絶え間ない攻撃で少しづつ相手の体勢を崩していき、ここぞという瞬間に止めを刺す。
その意味で遮那王の攻撃は実に基本に忠実だった。あまりに忠実であり、そこが不可解だった。
牛若丸。後の源義経だが、子供のころのエピソードは後の創作だとされる。有名なのは京都五条大橋で武蔵坊弁慶を退治する物語で、牛若丸は橋の欄干に飛び乗り右へ左へと飛び回る身軽さで弁慶を攪乱し、とうとう降参させるというものだ。
その牛若丸を開祖とし、自ら遮那王を名乗るこの女が持つのは長槍。私たちが抱くイメージとはかけ離れていて、逸話にあるような機動性を生かした戦法とは一見矛盾する。
「手の内を明かすには、ボクじゃあまだまだ物足りないってのは悔しいな」
槍という武器のメリットは大きく二つある。ひとつは、長いリーチを活かした空間支配力。もうひとつは、得物自体の重さに加え、操者の体重を乗せることで生まれる圧倒的火力である。
なのに遮那王の履く不安定な高下駄それひとつとっても、メリットを自ら放棄してしまっているようだ。
つまるところ遮那王は『技』と呼べるようなモノは見せるつもりがないのだ。
吹きつける嵐のような猛攻がいったんやむと、やや単調な突きが続く。それは時を刻む秒針のようで、一夜にタイムリミットを告げるためのものに思えた。
「早く喜ばせろとは随分とせっかちな」
槍の弱点。素朴に考えれば懐に飛び込むこと。狭所であればなおさらだ。
覚悟を決めて、前方に駆ける一夜。
もちろんそれに対する対策を持つのが槍術。突きを避けても、引き戻しには鉤がある。穂先の回転により自在な変化を生むのだ。
わき腹を掻っ切ろうとする鉤をサーベルではじくが、次の突きが一夜の胸を貫く。
なんと、あっけない幕切れか。
しかし、突きが止まった。
穂先には、無残に裂かれたメイド服が絡みついていた。
仕掛けを悟るよりも早く、遮那王の懐には半裸の一夜の姿があった。その姿は変わり果てていて水色のブラジャーとショーツだけの露な姿。
「ははっ、実戦で空蝉とはね。学生さんのやることは、つくづく面白いじゃんねぇ」
「最後の突きはタメが不十分だった。加速不足だから、なんとか上手くいったよ」
懐に入られた遮那王は組み打ちの体勢に入る。
鋭い刃を持つサーベルは触れるだけで人の肌を割く。接近戦における刀剣の優位はそこにある。斬るでなく、突くでもなく、押し込む。ただそれだけで致命的な一撃になる。もはや技術も何もない。抵抗する遮那王を真っ向からねじ伏せ、サーベルの切っ先を押し込み肉を割くだけ。
恐怖も痛みも、考える余裕さえも削ぎ落としていた。
ただ、命のやり取りだけが、ここにある。
ナノカーボン製の槍柄はサーベルを持ってしても容易に切断することはできないが、肩に振り下ろされようとする刃を受け止めることで精いっぱいの様子だった。
一夜の肉薄をきっかけに戦闘は次のステージへと移ろうとしていた。
遮那王の顔に焦りはない。それこそ今にも鼻歌を歌いだしそうな上機嫌である。
「やっぱ、若い子はいいよねぇ。オッサン連中が甲子園野球好きなのってこういう気持ちなのかね。今ならなんか理解ができるぜい」
遮那王はサーベルを受けたまま軸をずらすと槍を支えにそのまま宙に浮く。
それは結局出口のない行き止まりに過ぎない。それが常識だった。
だが、彼女はその常識を易々と破る。
遮那王はビルの壁面へと足場を移すと、窓枠に足をかけ、そのまま平然と槍を突き出してきたのだ。
槍のメリットは空間支配力。一次元よりも二次元、二次元よりも三次元での戦闘で有利となるのは道理だった。
義経といえば、有名なのが八艘飛び。揺れ動く船から船へと飛び移る機動力だ。
足元が安定せず、狭い船上では長柄の武器は好まれない。だが、敢えてそこで槍を振るうとすればどうだろうか。
求められるのは揺れる船の上でも、濡れた甲板でも、重い槍を自在に振るう圧倒的なバランス感覚と膂力。そして三次元の対応能力。
足の親指1本、遮那王の全身と全霊を支えるにはそれで十分である。
僅かな重心のずれも許されない。己が肉体への絶対的信頼を起点として組み立てられたのが、空間支配術たるクラマ天狗流槍術なのだ。
神様ではあるけれど、ただの女子高生でる一夜は、ここまでやれば上出来でしょうというのが本音だった。武と武の戦いでは、鼻から勝負になどなるはずがない。
最後にやれることといえば乾坤一擲、最後の賭けとも言えやしない、悪あがきだ。
一夜は、ふうと息を吐き、全身を脱力し、気合の声とともに剣を振り下ろす。しかし槍の柄を断ち切るのは容易ではない。願い虚しく試みは失敗に終わった。
遮那王も、ここで生じた隙を見逃すつもりもなく、槍の一閃が一夜の左肩を貫く。
それでも闘志を失わないでいる一夜の瞳を遮那王は、じっくりと眺めた。
「ご苦労さん」
片手で軽く喉を突くと、一夜はそのまま意識を失い倒れこんだ。
倒れている少女、ショーツ姿の立派なおしりをまじまじ眺める。
「若いっていいわよね」
遮那王は、音にならない口笛を吹く。
時を置かず小男が再びその傍に現れる。
「アタイの制服、この子に着せてあげな。その後から警察……じゃなかった風紀委員会さんに保護させちゃって」
小男は頷く。そして、ためらいがちに口を開く。
「姐御、やっぱりあの小娘を追いましょうや。悪い予感がする」
「ざーんねん。どうも今日は早めの店じまいのようだぜ」
遮那王は相棒に槍の柄につけられた傷を見せる。三分の二ほどえぐれてしまっている。
「ま、こういう奇縁は大事にしたいわね」
遮那王は一夜に口づけをすると、静かに闇夜の中に姿を消した。
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