第24話 「我らを導く希望の星、愛すべき姫君」

「おーよしよし。大きく息を吸うんだ。深呼吸、深呼吸。マリヤだって取って食ったりはしないさ。落ち着いて」


「ひぐぅ、あんなの無理ですよ。アレがあんなのだって分かってて、アタシを送り出したんですかぁ。アタシだって、やれるんだ。役に立てるんだっていう小さなプライドを粉々に粉砕して、何が楽しかったんですかぁ」


控室の一角に、むせび泣く後輩をあやすメイドの姿があった。


「ゴメン、ゴメン。謝るよ。ボクの知っている彼女は、少しスポーティな女の子だったけれど、あれから随分と体を鍛えたようだねぇ」


「何を言ってんですかぁ、鍛えたとかそういうレベルじゃないでしょぉが。毎日、筋肉注射したってあんなに大きくはならないですよぉぉぉ」


「ミキティ。筋肉注射は、脂肪吸引の逆の筋肉を注入するモノではないぞ」


「まーた、アタシを馬鹿だと思って、そんなことをいうんだ」


「ミキティはもっと自分を信じよう。キミが全力を出せば最悪差し違えるくらいはできたはずだよ」


「差し違える……って私も死んでるじゃんか!」


 あの後、ミキティはマリヤに小一時間詰問され、冷や汗がすべて枯れるまで絞られた。けれど、最後は何も事情を知らない新人メイドが迷い込んだということで解放された。巨漢の女傑に睨まれミキティときたら半べそ状態でまともにしゃべれることも出来なかったのだが、それが逆に幸いした。執事の大鳥居が慌てて駆けつけ、上手くとりなしてくれたのだ。


「あははははは。まぁ後のことは後で考えよう。とりあえずミキティは仕事をしてくれた。録音データは実に有意義なものだったよ」


 それは最後の瞬間まで、ミキティが命を懸けて守ったものだ。

今宵の小さな冒険も全くの無駄ではなかったのであれば、また立ち上がる気力も沸くというもの。一度、二度床を踏みつけて、もう足が震えていないことを確かめる。


「内部事情も分かってきた。そうとなれば今夜のパーティだ。プランBだよ」


「プランB? 録音でもそんなことを言っていたけど」


「藤原君には申し訳ないけど、ボクたちの方が先に写真の彼女とご対面というわけだ。彼女こそがそのプランB」


「ちゃんと説明しなさいよね!」


 二人はパーティの始まる夜6時まで忠実なメイドとして職務を果たすことにした。そうでもしなければ興奮で何かとんでもないことを、しでかしてしまいそうだ。


              ◇


 パーティ会場には100人ばかりの生徒たちが集まっていた。ミキティにとっては顔も知らない赤の他人たちだが、一夜曰く、学園政治のミニチュア博覧会。カルラが所属する保健委員会の各部局、そしてその他委員会の幹部、それ以外の有力団体からもちらほらと。


 さて、ここで少しおさらいをしておこう。面倒な方は読み飛ばしてくれたまえ。

 千夜学園の新入生は100人の一般生徒と、3万人の特待生に分けられる。

 その区別は簡単で、前者は授業料を収め、後者は免除されている。

 年間1億とも言われる授業料を払ってまで学園に通う一般生徒たちは、どこにも受け入れ先がない金持ちのボンクラ集団かといえば、そうではない。

 千夜学園という箱庭の中でプレイヤーとなるのが前者であり、駒として扱われるのが後者たちなのである。

 一般生徒きぞくたちは、高い参加費用を払いゲームに参加する。特待生へいみんは、気楽な学園生活と引き換えにエキストラを演じさせられる。

 実にフェアなトレードなのである。


 表向き、一般生徒きぞく特待生へいみんの扱いに差異はない。

 平等はこの学園の理念の一つだ。

 唯一の例外が委員会役職である。

 千夜学園で委員会の役職に就けるのは一般生徒きぞくだけであるという暗黙のルールがある。委員会の中で出世し、委員会の権益を拡大することが、この箱庭ゲームの目的だといってもいい。

 委員会で役職につく方法は民主的な投票というわけではない。複雑に絡みあった『推薦権』と『人事拒否権』。一般生徒きぞく同士の社交ゲームのトロフィーが役職というわけだ。


一般生徒きぞくはほぼ毎日といったペースで、どこかでパーティを開いては、多数派工作と情報交換に勤しんでいるのだ。


                  ◇


「見て見て、生ハムメロンだよ。ローストビーフもある。あ、あれ知ってる。テリーヌだよね。凄いよ、凄いパーティだね。あっちみてよぉ、メロンの中にフルーツポンチが入ってる、かわいいよね?」


 ミキティはテーブルの上に並ぶ料理にばかりご執心のようだ。トレーを下げるとき、つまみ食ってやろうと決意していた。

 一方、顔の知られている一夜は伏し目がちに雑用に専念するふりをしつつ、来賓の顔を確認する。


「カルラは保健委員会の局長だ。その上には委員長しかいない。夏の委員長人事に向けての地盤固めとコネづくりのパーティというわけだ。外の世界と違って学園では毎年卒業生が出ていっては新入生が入ってくる。有力・優秀な新入生を派閥に取り込むことが何より大事というわけだよ。そんな重要な時期に、テロによる下水道管理施設の破壊という大失態、その上、局長の不在となれば致命的な痛手ともなる」


「ぶつぶつ独り言ですか?」


「少しは状況を理解したほうがこれからが楽しいぞ。これこれ、つまみ食い都は、はしたない。あとで厨房に忍び込めばよかろう」


「誰も料理なんか見てないじゃん。料理が可哀想だよ。これは愛の救出作戦なんだよ」


 来賓たちは誰も挨拶に忙しいようで料理に手を付けるものはいない。それがミキティにはとても奇異な空間に見える。


「あ、そうだ。今ヤヴァイことに気付いたよ。なんとか99って奴は、ここにはいないよね。アイツが来たらどうしよう。ぶち殺すの?」


「九十九里浜から見れば、カルラは格下だ。わざわざ兄貴たち本人が出てくることはないだろう。八千草家は名家だけど、学園じゃカルラにはバックボーンがない。保健委員会は長い間、強力な二つの派閥の争いが続いていてね。それがこじれにこじれて醜聞が起こり、無派閥であった現委員長が大抜擢されたんだ。カルラはその後釜にと期待されてはいるのだけれど政治基盤は弱い。ここに来ているのは若手の野心家が多い印象だね」


「まーた、ぶつぶつ独り言ですか?」


「ミキティ。思考停止癖はやめようね。今回に限っては、ボクは君のことを頼りにしてるんだぜ」


「ほほう、神様に頼られるのは悪い気分じゃないね」


 二人は、できるだけ目立たぬように会場の隅っこでドリンクグラスを配りながら、そのときを待った。


 そして、突如、どっと歓声が巻き起こった。


「それでは登場いただきましょう。我らを導く希望の星、愛すべき姫君」


「――八千草カルラ局長閣下の登場です」


 司会者が音頭を取ると万雷の拍手が巻き起こる。

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