第23話 「さよなら……みんな」

「イッタイ ドウナッテルノダ ジャクズレ ガ ツイテイナガラ」


 ミキティは廊下の陰に座り込み、P-LIVEに接続したディスプレイを確認している。

 一夜がどこぞから調達した振動解析機である。

 電波通信はセキュリティが監視しているため、館内では使用厳禁。

 ノイズ発生装置や振動中和機構などを用いた録音・盗聴対策もなされている。

 しかし、そういった対策はイタチごっこであり、民間レベルのセキュリティであれば有効な手段がないわけではない。

 ミキティもただ怯えて戻ってきただけではない。水差しに偽装した振動増幅器を部屋の中にそっと仕掛けたのだ。それが人間に感知できない領域の振動に変換・増幅する。

 室外の受信装置で振動データを受けとり、端末でデコードする仕組みだ。


                     ◇


「一体、どうなってるのだ。蛇崩が付いていながら」


 マリヤは並んで座る男たちを睨みつける。


「センターに姫様がおられたのは間違いないです。おそらく蛇崩と一緒に下水道の先に連れ去られたものかと」


「今回の件、姫様は私たちにまで秘密裏に準備していたようで……おそらくヘイロー案件かと」


 男たちは怯えながらボソリボソリと状況を説明する。


「ヘイローを横取りしようとする勢力でしょうかか。それが綾瀬のお嬢様なのでしょうか」


「そうであれば姫様の無事は一応保証されますが……」


 男たちは落ち着かない様子で、己の知る限りの情報と憶測を並び立てる。その浮足立った様子にマリヤは喝を入れる。


「うろたえるな。綾瀬一夜か。あの女は気に食わん……今度会ったらすり潰してやる」

「だが、あの女が真犯人とは思えん。風紀委員会の発表など信用する方がおかしい。そも犯人捜しは後回しだ。姫の救出が最優先」


 マリヤは左端の男を睨み付ける


「捜索隊10名確保。4時間後には出動できます」


「局のトップは三席の秋吉となるか。彼奴きゃつでは重要な決断は無理。となると、うぬがここを動くわけにもいかん。部外者に気取られることだけは避けろと隊長には伝えておけ」


「蛇崩副局長を同時に失ったのが痛手であります」


「たらればを語っている場合ではない。これ以上の他の勢力の介入は避けなければならない。当面は『プランB』でのりきる。今日のパーティは派手にやるぞ。とにかく対外的には、すべて何もなかったことにする、それが絶対条件だ。明日には姫が戻られ、何事もなかったかのように我々は日常に帰る、いいな。各自、己が限界を試されると知れ。解散」


 マリヤは両眼を閉じて、しばし思案に耽る。

 マリヤはあくまで、カルラのプライベートな使用人である。委員会に役職を持たない彼女にはどうしてもカヴァーできない範囲がある。認めたくはないが、副局長・蛇崩とは、両輪の関係。目の前の山積みの『政治的な問題』は、マリヤが苦手とする分野なのだ。新興勢力であるカルラ派、まだまだ人材が足りていない。


「たらればを語っている場合ではないか……」


                     ◇


「ヤバイよ。一人称が「うぬ」な女子高生なんて初めて見たよ。ってかデカ乳め、私を殺す気だったな!」


 ミキティはデコードした音声データを確認していた。


「何の話をしてるんだか、チンプンカンプンなんだけど……」


 このデータを一夜に手渡せば何か分かるかもだ。

 だけれど、7階より上に行くにはマリヤの『協力』が不可欠だ。


「むりむりむりむりむりぃ」


 ミキティは頭を抱えた。ミキティを修めた古武術の世界では、非力な老人が大男を倒すこともできると説いている。

 だが、ミキティは格闘漫画の主人公ではないのだ!

 あくまで体力づくりのための稽古。同級生の男子くらいならば、虚を突けば倒すことも分けないが、プロの格闘技の世界で、フィジカルの差を埋めるのはそう簡単なことではないのだ。


「うん、戻ろう」


 という結論に至る。手元の情報を一夜に届けることを優先するだけだ、失敗じゃない。

ああ、まだ心臓がドキドキしている。もう二度とここには戻ってこないぞ。

 6階に共同トイレがあってよかった。カルラの幹部で女子は秋吉って子だけのようで、その子は今外出中。ここには誰も入ってこないから安全ってわけ。

 校舎のトイレと違って豪華絢爛な個室トイレ。ロココ調の装飾に黄金の象嵌細工が施された便座。『ライオンの口から水が出るヤツ』までついている。

 仕事をさぼるには丁度いい。

 しかーし、いやいやまずいよミキティ。彼女は大事なことを一つ忘れていたのだった。


 バタン。


 入口のドアが勢いよく開く。

 体をかがめて押し込むようにして侵入してくる黒い影。

 そうだ。肝心の人物をミキティの理性は「女子」のカテゴリから外してしまっていた。

 2つある扉のうちの一つが使用中であると彼女は気付く。

 ドンドン。『彼女』は軽く叩いたつもりだが、家庭のものよりもはるかに丈夫な扉がガタガタと震える。


「は、はぁぁぁい。 はいってまぁぁぁぁぁす」


 ミキティは震える声で返事をする。情けないほど裏返った声。

 頭の中はもう真っ白。


(さよなら……みんな)



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