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「これは今回の事件には関係のないことだというのをまずはじめに断っておきましょう。ただ、僕が考えていたことに、それなりの解釈ができると気付いたというだけのことなのです。
生物は何かを思考するとき、いや、もっと根源的に言えば世界を知覚し、生きている間は電気信号を発生し続けています。その発生源は言わずもがな、脳なのです。脳は、生物がこの世に生を受けた瞬間から電気を発し続けます。その揺らぎがあらゆる活動の根源となるのです。例えば、何かを考えるというとき、〝何かを考える〟という揺らぎが発生するという風にね。脳波の揺らぎがすべての行動の根源だとするならば、揺らぎを起こさせるものとは一体なんなのか。
僕がもともと考えていたことは、人間の個々人の違いについてなのですが、これについて揺らぎの面から考えてみようと思ったのです。
揺らぎの原因を究極までに追うと、それは宇宙の創始となります。では、宇宙はどのように生まれたのか。真空中で両端子の粒子が揺らぎを起こすのと同じように、無においても何らかの要因が揺らぎを発生させるということもできるわけです。
この生物の根源の揺らぎと、宇宙の創始の揺らぎの二つは図らずも同様の様相を呈しています。
宇宙の始まり以前が無なのだとすると、世界は有と無が隣り合っているということができます。有はこの宇宙。実数的で確実なものです。一方、無というのは概念的なものです。無であるから、知覚できないし、証明することはできない。この虚数的な世界から実数的な世界が発生したというのと同じように、この世界――実数的世界のカオス、つまり虚数的な海から揺らぎが発生するのです。
しかし、それが揺らぎの正体であるのだとすると、大きな疑問が生じます。揺らぎを起こさせるものがそのカオスなのだとすると、個々人に違いはないはずなのです。
皆さんも経験としてご存知でしょうが、人は考えや行動に違いがあります。カオスから揺らぎがもたらされるとすると、どこに差異が生じうるのでしょうか。
知覚という行動は、簡単にいえば、虚数的世界からの情報の編集ということができます。脳組織が、すべての生物に亘って完全に一致した世界像を見ているわけではないのです。つまり、違いというのは、そうした物質的なものでしかない。神経回路や、知覚器官に配置された原子や分子といった物質は、性質としては同様ですが同一の粒子というのではない。そこに個々人の違いがあるのだと思うんです」
「そうなると、物質が個々に違っていることを証明しなければならないわね」
片桐の言葉に神崎も頷いた。
「結局、人の個性の究明と同じようなことをやらなきゃいけないんだな」
雛森は、一人だけ怪訝な表情をモニターに向けていた。結城の話に追いつけなかったというのもあるが、原因は他にあった。彼女がなかなか切り出せずにいると、その様子を感じ取った片桐が声をかけてきた。
「芽衣ちゃん、難しい顔して、どうしたのかしら?」
「あ、あの、ちょっとおかしいなって思って……。結城さんの言う〝揺らぎ〟の話が『錯綜の彼方へ』の『16』にも触れられているんです」
「え?」
彼女の言葉に大いに驚きを示したのは結城であった。彼はモニターに取り付くようにして記述に読み耽る。
「結城さんが、それを元に話したんじゃないの?」
片桐の目が向けられても、結城は否定的な態度を崩さない。
「記述の中の事象が、こっちの現実に影響を与えたってことなのか?」
結城は顎に手をやり思考する。雛森は言った。
「多分違うと思います。だって、『16』の記述が書かれるよりも前に結城さんは『そうか』って言っていたんですから」
「あ」
「しかも結城さんはその後に何も言いませんでした。事象が別の時間軸に影響を与えるっていう予想はありましたけど、現れていない事象もそうなんでしょうか?」
「思いついたんだが」神崎が歩み寄ってきて人差し指を立てていた。「これを書いたのはルナって話だったよな。ということは、ルナ自身の思うことだって書かれるわけだよ。そして、世の中には偶然に同じことを考えている奴ってのはいるもんだ」
「じゃあ、結城さんとルナは同じことを考えていたっていうことね。ずいぶん哲学的なことを考えるのね。人間もたまには自分はなんなのかっていうことを考えたりするけど、似たようなものなのかしら」
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