第14話 勇者裁判編 ①
時は遡る事少し前。もはやこれまでかと追い詰められていたジャンヌ達は、間一髪のところでの魔人の消滅によって命拾いをしていた。
生き残った者達は歓喜の雄叫びを上げ、負傷して動けない者達は安堵した。
「誰かが魔人を討伐したのか……」
ジャンヌは、誰かがというのに少し疑問を感じた。そもそも当初の予定では、自身らが道を切り開き、勇者達精鋭部隊で魔人を打つはずだったはずだ。
だが、自身達が先頭に立っていたにも関わらず、後続の勇者部隊が先に魔人を討伐するなど不可能なはずだ。
「ヴァルキリー達だ!彼女達が魔人を倒したんだ!」
部下の1人が声を上げた。確かに先行して突撃していた彼女達なら可能である。
しかし何故か腑に落ちない。何か違和感のような感覚が、徐々に全身を支配していく。
「ジャンヌ様、予想以上に被害が出ております。一度隊を再編し、指示を出したほうがよろしいかと」
「……ジル……。ああ、貴様の言う通りだ」
ジルの言葉に、今はこの違和感について追求せず、現状の確認と残った者達への指示を急がせた。
幸いというべきか、死亡者、行方不明者は少ない。だが、軽傷者重症者を含め、この戦いに参加した者の全てが負傷していた。
「動ける者達はどのくらい残っている?」
「現状半数以下の200名程になります」
「……後続していた勇者達は見つかったか?」
「いえ、まだ確認出来ておりませんが…」
(先陣を切って突撃していた私の後方といえど、群れが消滅して未だ合流出来ていないとはいささか変だな……)
「それからもう一つ、エドガー殿は今どこに?」
「?」
ジャンヌの問いに、疑問の表情を浮かべるジル。
「どうした、後続で突撃していた聖騎士エドガーだ、知っているだろう?」
「聖騎士にエドガーなる人物は聞いた覚えがありません。それに、そもそも本作戦にはジャンヌ様お一人しか聖騎士は参加されておりませんが…」
「なんだと!?それはいったいどう言う…」
(ドゴンッ!!)
突如天から降り注いだ光の柱は、けたたましい爆音を立てて眩い光を周囲に放つ。エドガーの事についての腑に落ちない回答が気になるが、今は目の前で起こった異様な光景に、ジャンヌは生き残った者達を引き連れ、光の柱が現れた場所へと向かった。
遥か上空より地上を直視していたシグマは、周囲に敵対反応が無くなった事を確認し、地上へ降りたつ。
「イータ、シータ、平気?」
全身宇宙服のような特殊なスーツに身を包んだ女性が、四枚の翼を羽ばたかせながらゆっくりと2人に近づく。
「助かったぜ。相変わらずやる事が一方的で派手だなシグマ姉」
「おかげで助かりました。礼を申し上げます」
「うん。大丈夫、妹達を守るのは当然だから」
半径約数十メートルにわたり、辺り一面焼け野原と化し、着弾した場所には深さ数メートルのクレーターが出現していた。
その凄まじい現場に、イータとシータはシグマの放った羽によるバリアに守られ、その場所だけ無傷で残っていた。
「奴らは消滅したのか?」
「……わからない。でも近くに反応は無いから、ひとまず安全」
「……奴ら只者じゃなかった。シグマ姉には悪いけど、あれで終わったとも思えない」
「うん、確かにそう。普通じゃなかった」
遥か上空からでも確認できる程の圧倒的な魔力量。そんな危険な存在に向けて放ったシグマの渾身の一撃も、彼女にとっては手応えの無いものだと感じさせてしまっていた。
存在が確認出来ないため、ひとまずは脅威は取り去ったが、得体の知れない何かはまだ近くに潜んでいるようなそんな感覚があった。
「うん、とにかく無事で良かった。それが一番大事」
それからしばらくして、シグマ達は駆け付けたジャンヌ達と合流した。
「貴殿のその翼、お二人と同じヴァルキリー?」
シグマは大胆に翼を広げてジャンヌに見せつけ、少しして自己紹介を始める。
「うん、初めまして。私はヴァルハラから来たシグマ。この子達の姉です」
スーツにある胸のボタンを押すと、シューっと空気が抜ける音と共に、スーツは手の平サイズに圧縮され、シグマはそれを自身の右ポケットにしまう。
スーツから露わになったシグマの容姿は、少し虚な表情と、癖っ毛のあるパープルがかった色が特徴的な髪をしており、その空虚な姿勢からは想像も出来ないような、優しさが溢れ出しているような女性であった。
「挨拶が遅れて申し訳ない。私はジャンヌ、ノルン王国聖騎士ジャンヌだ」
シグマはジャンヌの挨拶を軽い会釈で返し、すぐさま再度翼を広げて飛び立とうとする。
「シグマ姉もう行っちまうのかよ?」
「……うん、残念だけど。急いでゲルマ王に伝えないといけない事があるから」
そう言ってシグマはすぐさま上空へと急上昇し、ノルン王国へ向けて飛び去った。
シグマは去り側に、妹達に何かを耳打ちし、それを聞いた2人は驚愕の表情を浮かべる。
挨拶も早々に飛び去ったシグマをジャンヌは呆気に取られて呆然としていたが、その後イータとシータの無事を確認し、負傷者救護へと戻った。
ジャンヌは慌ただしく的確に指示を出す中、先程のエドガーについての質問を個々に尋ねてみたが、誰一人として彼の事を知っている者はいなかった。
そして気になる事がもう一つ、あれからかなりの時が過ぎたにも関わらず、勇者の姿は未だ無い。
イスト平野南部、とある場所にて。
シグマの魔装による一撃は、クロト達の想像を遥かに超える威力で、直撃さえ回避出来たものの、あの場にいたクロト、ナユタ、セツナのダメージは凄まじいもので、3人とも意識を失ったままだった。
イスト平野南部、地下。各地に大小様々な支部を有する阿頼耶識は、地下や村に扮して拠点を作る事が多く、クロト達が運び込まれたこの地下施設も、その一つであった。
運び込まれた3人をベッドに寝かせ、阿頼耶識の回復魔法を専門とする者達が治療を行っていた。
「貴様が付いていながら情けない!」
「……」
ルビーを厳しく叱責する女性、羊のような曲がった2本の角と、白銀の長髪の女性。クールな容姿と、ルビーに負けず劣らずの引き締まった抜群ねスタイルの持ち主。
彼女の名はオパール。雷獣と呼ばれる魔獣族と人間のハーフである。
彼女は阿頼耶識の影の組織であり、ルビー達のように王都や屋敷周辺で任務を行う者達を表とするならば、外部での行動を主に行うオパール達は裏である。表をルビーとダイアモンドが統括しているのに対し、裏は副長をルチルが、統括をシンジュが行っている。
両陣営は非常に仲が悪く、今でも度々どちらがクロトの側近にふさわしいのか火花を散らしている。
「私がたまたまあの場所を訪れていなければ、クロト様達は命を落としていたかも知れない!」
「さらには!阿頼耶識の存在が周囲に漏れ、危うく組織全体を危険に晒すところだったんだぞ!」
とある任務終了の帰路の中、たまたま近くを通り掛かった彼女は、撤退しているルビー達阿頼耶識に遭遇。主人を見捨てて逃げ帰ったと彼女らを叱責し、1人クロト達の元へと向かって3人を救出した。
胸ぐらを掴み上げ、何度もルビーを叱責し、その度に地下に響き渡る怒号は、その場にいる全ての者を震え上がらせた。
「何とか言ったらどうなんだ!」
「……あの時は、命令に従うしかなかった…」
「命令だと!……貴様、命令だからと言ってみすみす主人の命を見捨てる馬鹿がどこにいる!」
「……私だって……」
「たとえ後で殺されようとも!主人の命を一番に救うのが我々の使命だろうが!」
「……私……だって……」
「!?」
ルビーの胸ぐらを掴んだオパールの手に、ポタポタと雨粒のように、ルビーの両の瞳から頬を伝い、大粒の涙が溢れ落ちる。
「貴様!泣けば済むと思っているのか!」
彼女の涙を引き金に、オパールは怒りに任せて拳を振り上げた。
……その時。
「……そこまでだ、オパール……」
必死な思いで声を上げたのは、意識を取り戻したばかりで、まだ身体の自由も効かないクロトだった。病み上がりのか細い声で、必死にオパールを静止し、自分は平気だと言わないばかりに無理をして笑みを浮かべる。
「クロト様!」
「……迷惑をかけたのは全部僕だ。だから誰も悪ないんだ……」
オパールが心配そうに近くに駆け寄ると、クロトは心配ないと無理矢理身体を起こそとするが、直後全身に激痛が走り、我慢するように歯を食いしばる。
あの戦いで、カティからの渾身の一撃を受けたクロトは、奥の手を出した事による魔力消費で防御が疎かになり、さらにはセツナとナユタを庇うように全て自分で受け切ったため、想像以上の深傷を負っていた。
無理矢理起き上がろうとするクロトに、慌てた近くの阿頼耶識の救護隊員が静止するが、大丈夫だと言わないばかりに無理に笑顔で返してそれを拒む。
身体を支えるように寄り添うオパールに、クロトは彼女の目を見て口を開く。
「……それに家族が争ってるのは見たくないよ。だからルビーを許してやってくれ……」
「はい♡」
オパールは瞳にハートを浮ばせ、従順な子犬のように尻尾を振る。その場にいた阿頼耶識の全員が、心の中で「チョロい」と叫んだのは言うまでも無い。というのも、彼女はクロトに対して他の阿頼耶識より一線を超えた忠誠と信頼と愛情を持っており、ダイアモンドと並び、周囲からもはや変態と思われているレベルである。
「お体は大丈夫でございますか?必要な物があれば何でもお申し付け下さい!」
「御用とあれば脱ぎます!」
「……いや、脱がなくても……」
「脱ぎます!!」
「あっ……あの……」
鼻から荒い息をあげ、強烈な圧でクロトの眼前に迫るオパールに、苦笑いで両手で静止するクロト。
慌てた阿頼耶識の隊員数名でオパールを引き離そうとするが、リミットが外れてしまった機械のように、テコでも動かない。
「……クロト様……」
膝を折り両手と頭を地面に伏せ、量の目から次々と雨粒のように涙を地面に叩きつけ、己の未熟さを呪うルビー。
あの時の選択は間違いだったのだろうか。あの時命令を無視してでも自分が残っていればこの結果は変わっただろうか。何度自問し思考しても過去は変えられない、時間は戻ることは無い。
阿頼耶識のメイド統括を任されておきながら、主人を危険に晒す己の未熟さに、悔しさと自分に対する苛立たしさが胸に溢れる。
「私は!……私は……弱い…です……」
「主人もお救い出来ない……役立たずな…役立たずな!……」
「!?」
突如、床に伏せていた頭が拾い上げられるように宙に浮く。クロトはまだ不慣れな体を無理矢理動かし、痛みに耐えながらルビーの元まで向かうと、抱き上げるようにルビーの身体を抱きしめる。
「そんな事で泣くんじゃない。こんなに綺麗な宝石のような涙を、床に捨てるなんて勿体ないぞ」
ルビーは全てを包み込みように優しく抱きしめられ、クロトの温もりと愛情を一番間近で感じ、さらに涙が溢れ出す。
「いいんだ。君が、避難した皆んなが無事で本当に良かった」
その後ルビーはしばし子供のように泣きじゃくり、最後は疲れ果てて眠ってしまう。お姫様のようにクロトに抱き抱えられ、ベットへと寝かされた彼女の一連の一部始終は、その場にいた阿頼耶識の全ての隊員がヨダレを垂らして我慢するほど、彼女達の脳裏に焼き付いた。
「ゴホンッ。取り乱してしまい大変申し訳ありません」
「オパールか、君には迷惑を掛けてしまった。助けてくれて礼を言うよ」
「いえ、そんな!主人が頭を下げる必要などござません。当然の行いをしたまでです」
頭を下げるクロトを、オパールは必死に説得する。
「……教えてほしい。僕はどれくらいここで眠っていたんだ?」
「はい……こちらにお運びしてから、約5日にございます」
「……5日……俺はそんなに……」
「治療の合間に、王都へ使いを出しました。間も無くガーネットがこちらに到着する頃かと思います」
倒れていたクロト達がこの場所に運び込まれ5日。すぐさま集中回復治療が別室で行われ、治療は連日昼夜を跨いだが、思っていたよりもダメージが大きい事と、この場の設備や人員が少ない事が要因となり、回復が遅れていた。
クロトの指示で避難していた阿頼耶識の隊員の中で死者は出ておらず、比較的軽傷者が主で済んだ。オパールの指示で、回復した者の中から速やかに王都へ戻るよう指示され、この件を急ぎ屋敷の者達へ伝える使いが出されていた。
それからしばらく経って、これを知ったガーネットと護衛のヒスイは、昼夜問わず馬を走らせ駆けつけ、すぐさま魔装による完全治癒を施した。
ガーネットの治療からしばらくしてセツナとナユタも目覚め、すぐさま幹部を集めて緊急会議が開かれた。
「まさかあの場に、ヴァルハラの最高戦力がもう一人現れるなんてね……」
少し不服そうに頬に手を当てるセツナ。
「それよりも想定外だったのはエドガーね。まるで別人だった……あいつは何者なの?」
「わからない。どういう意図があるかはわからないが、こちらに向けられたヤツの殺意は本物だった」
幼い頃からエドガーに目を付け、早い段階から記憶改ざんなどを行って、こちらに有利に事を進めてきたはずだった。
しかし結果はどうだ、飼い犬に手を噛まれる、そんな状態だ……。
「彼のあの不死の力……まるで私やセツナと同じ禁忌の力を有しているようだった……」
「私、少し感じたよ。私達と同じ、まるで前から知っていたかのような、力の波長を……」
「お前達の他に禁忌の力を扱える存在がいるのか?」
ナユタとセツナは首を横に振る。
「ならやつはいったい何者なんだ。俺達と互角の力を持ち、こちらの力の干渉を受けないあのイレギュラーは……」
「……知る由も無いけど、間違いないのは最後のあの瞬間、彼が手にしていたのは紛れもない本物の聖骸だったと言う事よ」
ナユタは最後の瞬間、エドガーが取り出した物から、勇者の微量な波長を感じ取る事ができ、それが紛れもない本物の聖骸であると確信していた。
「という事は、やつは勇者の落日の関係者……」
「それもかなり重要な情報を握っている可能性があるわね」
結局思考を巡らせても答えは得られず、真相にも辿り着かない。だだ、エドガーであった何者かが、自身達と同じ力を有している可能性が高く、さらに勇者の落日の記憶、聖骸を有している危険な存在だと認識出来た。
「ひとまず王都に戻らなくてはいけない。群れの一件もあるし、今回の件について屋敷に戻って幹部を招集しないと……」
「それにつきまして私からご報告がございます」
割って入ったのはガーネット。少し深妙な面持ちで話し始める。
「今回の群れの一件、勇者逃走につきクロト様に国家叛逆の疑いがかけられております」
「なんだって……!?」
深淵の女狐と契約した禁忌勇者の阿頼耶識《アラヤシキ》 甘々エクレア @hakurei
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