第26話 制空権とは
空を覆う雲の位置が低い。
日中にもかかわらず雨が降ってきそうなほど外は暗くなっていた。
雑多であろう街並みからは人の姿が消えており、ゴーストタウンのように静まり返っている。
ならず者達に監禁連行されてきた女達が、俺へ冷たい視線を送ってきていた。
気まずい空気が流れている。
人狼に感化され自立した行動をとり始めた影斥候の功績により、彼女達の両手からは手錠は外されていた。
少女A達が影斥候達へ感謝する姿を見た俺は、感情のままに恩着せがまし言葉を叩き付けた結果、蔑むような眼差しが送られてきていたのだ。
奈韻から貰える『ご褒美』感のようなは微塵も無く、ハーレム王への第一歩をつまずいてしまった悔しさだけが込み上げてくる。
その時である。
重くなっていた空気が、一変していたことに気が付いた。
この空気感。こちらへ歩いてきているだろう黒髪の暴君が、彼女達の視界に入る位置に姿を現したのだと直感した。
背筋が凍りつく。
恐る恐る振り返ってみると、すぐそばに背丈が2mを超える人狼が立っていた。
何だ。お前だったのかよ。
こんな物騒な姿をした奴が近くにきたら、誰でもビビって当然だよな。
奈韻については、むこうからゆっくりと歩いてくる姿が見えている。
人狼の奴。何のために俺の近くにまでやって来たのだろうか。
まさか命令を受け、使い物にならない俺を殺処分するためにやってきたんじゃないだろうな。
そうだとしたら、奴に勝てる要素がない俺の死亡は決定的である。
緊張感が高まっていく中、人狼は思ってもない言葉を口にしてきた。
「その女達のことは魔倶那に任せろ。小僧。お前には陛下から別の命令がある。」
そうか。女達のことは魔倶那に任せるのか。
適材適所というやつだな。
実際に、彼女達の扱いについて対応に困っていた。
俺という男は、予期せぬ状況に陥ってしまうとどうしていいか分からなくなり固まってしまう者なのだ。
とはいうものの、新たな問題が勃発してしまった。
もちろんそれは人狼が言っていた奈韻からの命令というやつだ。
どうせ、ろくでもないものなんだろ。
すいません。全然聞きたくありません。
畜生。純粋無垢なこの俺のことを、使い捨ての玩具か何かだとでも思っているのかよ。
そうか。そうか。それは有りだな。
奈韻に玩具扱いされるって、なんか結構いい表現だよな。
小さな幸せを見つけて感動していると、人狼が抑揚のない口調で話を続けてきた。
「小僧。陛下からの命令を伝える。『対空戦』に備えよとのことだ。」
ん。対空戦だと。
何を寝ぼけたことを言っているんだ。
それはワイバーンであるとか、空を飛んでいる敵から攻撃をされる時に使用する言葉だぞ。
何気ない気持ちで、雲が覆い隠している空へ視線を移してみると、向こうに得体の知れない物体が浮かんできていることに気が付いた。
な、なんだ。あれは!
あそこに、何か巨大な鉄屑が浮かんでいるぞ。
全長にして50mくらいはあるだろうか。
威圧感がやばい巨大な物体が飛んでいやがる。
今更ながらに、我にかえってしまった。
奈韻は俺に対空戦に備えよと命令してきたのであるが、まさかあれを撃ち落とせという意味じゃないよな。
ビビって動けないでいる俺に人狼が命令口調で話かけてきた。
「小僧。陛下の元へ行くぞ。急げ!」
無意識な状態で人狼の後ろを走り始めていた。
いやいやいや。俺のような役立たずのモブが戦力になるはずありませんよ。
ここは命令違反をして、逃走を図るべきなのだろうが、黒髪の暴君という恐怖がそれを許さない。
魔倶那が女達を誘導している姿が見えている。
少女A達がチリチリ毛のイケメンを見る瞳が熱っぽい。
羨ましく思う気持ちがあるものの、そんなことを気にする余裕はないのが現在の精神状態である。
そして、走る先には美少女が余裕綽々にしている姿が見えていた。
全くイメージが湧いてこないが、あの飛行物体を、撃ち落とす手段をもっているというのだろうか。
正騎士候補達を葬った魔銃では、さすがに火力不足だろ。
走りながら上空を振り向くと、鉄屑が接近してきている。
目視であるが50m以上の高度を保っているようだ。
その物体から拡声器を使用した機械音は鳴り響いてきた。
「私は、『不変の鋼技師』様の配下にて、空の支配者だ。名前は空門士。お前が主君の敵である奈韻だな。私に恐怖し絶望をしろ。そして泣き叫び命乞いをするがよい。制空権を支配する者は戦いを制すという言葉があるとおり、私は最強なのだ。」
あの鉄屑の中から喋っている空門士とは、ならず者達の中にいたLevel31の機械人間なのか。
見るからに卑屈で陰湿そうな奴であったが、あいつがあの鉄屑を操っているのか。
機械生命体とは、十三都市を守護する4聖人の一翼となる『不変の鋼技師』から、4足歩行の有機体として創り出されてくる。
そしてLevelが上がるにつれて知的生命体へ成長していくのだ。
俺が思うに、あの飛行物体を撃ち落とす手段は2つ。
飛行して強襲を仕掛けるか、高火力な遠隔攻撃をぶっ放すかだろう。
普通に考えて俺達にはそのどちらも無理だろうと結論に達している中、奈韻が平常運転な感じで人狼へあれを撃ち落とせないかと聞いてきた。
「人狼。君の遠距離斬撃である『かまいたち』であれを撃ち落とすことは可能か?」
「陛下。申し訳ありません。私の現statusではあの飛行物体を撃ち落とすには、射程も威力も不足しております。」
「つまり、君はLevelが低すぎると言っているのか。」
「はい。Levelだけは召喚主に依存しておりまして、私ではどうすることもできません。」
この世界には、自身のLevel以上の存在を召喚出来ないという法則がある。
つまり、人狼のLevelは俺に依存されているということであり、言い換えるとあの飛行物体を撃ち落とすことが出来ない原因は俺にあるとも受け取れる。
いやいやいや。よく思い出して下さい。
俺はこれまでとてもよくやってきたと思います。
与えられた課題をクリアしてきたじゃないですか。
トカゲの尻尾切りをするように俺を処分するにはまだ早いと思いますよ。
上空に浮かぶ飛行物体から笑い声が聞こえてくる。
「ククククク。お前達が交わしているその会話。こちらに聞こえているぞ。お前達下等生物は、これから私が行うローラー爆撃にて、なす術なく殺されることになる。悲鳴を、恐怖する声を聞かせてくれ。ギャヒャヒャヒャ」
下品な笑い声が反響している。
ローラー爆撃とは、絨毯爆撃と言われる攻撃で、地域一帯を無差別に行う爆撃のことだ。
奴の言葉が本当だとしたら、俺達には隠れることしか出来ないだろう。
ここは逃げの一択だ。
人狼へ視線を送ると、落ち着き払っており、奈韻からの指示を待っている。
所詮、こいつは召喚個体だ。
死への恐怖が低い可能性がある。
問題は黒髪の魔人の方だ。
その奈韻であるが、安定した様子で意味不明な言葉を口にしてきた。
「制空権を支配する者が戦いを制するか。その意見には私も賛成だ。」
「ほぉう。自分達が下等生物で、無力な存在であるかを理解したということか。」
「その件については同意することができないな。」
「この状況下において私の言葉が理解出来ないだと。やはり人間は私達機械生命体に支配される側の存在だということだな。」
「私から君へ。少し先の未来を告知してあげよう。」
「私の未来を告知するだと?」
「そうだ。もうすぐ君はローラー爆撃をされて、命乞いをするだろう。そしてここにいる青髪の男の手で惨殺されることを予言してあげよう。」
「人間の女。お前、何を言っている。あまりの恐怖に気がふれてしまったのか?」
機械生命体が困惑した声を上げている。
この件については、俺としても機械人間の方と同意見だ。
奈韻は一体なにを言っているんだ。
というか、俺を巻き込まないでくれ。
あの飛行物体へローラ爆撃をすることなんて、絶対に不可能だろ。
もしかして、ローラー爆撃の言葉の意味を理解していない可能性があるぞ。
そして黒髪の魔人が、再び意味不明な言葉を口にしてきた。
「それでは君を葬ってあげよう。私は『高出力Laser』を換装する。」
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