第19話 強者の余裕について
ひんやりとした空気が流れ、虫の声が聞こえてきていた。
迷宮の最下層にある赤レンガ敷き広場に、街灯の光が落ちている。
その広場の中央。迷宮主の魔倶那と、丸坊主が連れてきた死霊・骸骨達との戦いが繰り広げられていた。
老練なる人狼が腕組をしながらその戦況を見つめ、俺の劣化版と思っていた細目の男・佐加貴が、その動向を見守っている。
狂戦士の迷宮主は、骸骨1個体を道連れにしたものの、数的有利を活かされた包囲網から繰り出された多方面攻撃にて串刺しにされ、地面に倒れてしまっていた。
当然の結果ではあるものの、武器をもたない身長が180㎝overの魔倶那からすると、5mの槍を持つ背丈が3m程度ある骸骨達の1体を倒しただけでも快挙であると、俺の『戦術眼』が告げてきた。
問題はその後だ。
人狼が指差す先へ視線を移すと、予想だにしないありえない光景が見えていた。
肺を槍に貫かれ、更に背後から2本の槍を突き立てられ、致命傷を負い仰向けに倒れていたはずの魔倶那が立ちあがっていたのだ。
息絶えていたはずのイケメンをゲラゲラと笑いながら踏みつけていた丸坊主の男は、復活してきた狂戦士の姿を見て腰を抜かし、目を丸くしている。
魔倶那の方はというと、隣で狼狽えている階層主の丸坊主には無関心。全く眼中に無い様子で、体勢を整え槍の先端を向けている骸骨2体を見据えていた。
目は見開き、アドレナリンは全開の様子。
戦意は全くのそのまま。
当然のごとく戦闘を続行するつもりのなのか。
身に着けている服は破れ自身の血のりがべっとりと付いているものの、串刺しにされ空いた穴は閉じられているように見受けられる。
この一瞬で致命傷と思える傷が再生したとでもいうのだろうか。
狂戦士の復元能力が、これほどまでに凄まじいものだったとは。
ヤバい。ヤバすぎるぜ。
この再生能力があるならば、長期戦においても、他から回復効果が受ける必要が全く無いんじゃねぇのか。
範囲攻撃の手段を持たない者が単体にて、数的優位を活かし包囲網を敷いてくる相手と戦う際、『各個撃破』が有効な戦術となってくる。
魔倶那においては、包囲陣形を敷かれてた骸骨達からの同時攻撃をされた時点で、勝ち筋が消えていたはず。
実際に串刺しとなり即死に近い致命傷を負っていた。
だがしかし、個別で一体を破壊し、異常再生し復活することにより、実質的に『各個撃破』を実現させやがったのだ。
アドレナリンにより痛覚が麻痺しているのだろうが、死とスレスレのいかれた戦術であるには違いない。
これは絶対に、良い子のみんなは絶対に真似をしないで下さいというテロップが流れるてくるパターンのやつだろ。
それはともかく。俺は奈韻から、骸骨1個体を破壊する命令を受けていた。
その命令の意図とは、Level-upすることを促しているものだと推測できるが、絶対に死にたくない雑魚である俺にとっては死と隣り合わせの危険な行為。
だが俺は、こんなところで、人生を終えるわけにはいかない。
志しなかばどころか、俺の人生はまだ何も成し遂げてはいない。
俺がこの世界に生まれ、自我を取り戻した意味とは何だ!
それは、奈韻に踏み潰されるという究極のご褒美を貰うこと。
その欲求、その野望を叶えるために、数多くの死線を乗り越えてきたのだ。
死の恐怖を上書きするように、毒を撒き散らすドロドロしたスライムのような執念が湧き上がってくる。
魔倶那は、骸骨2体に槍の先端を向けられている中、リラックスした様子で首や手首を回し、自身の体に問題ないか準備運動のようなことをしている。
この局面で、自然な感じで余裕をぶっこいていやがるとは。
そうか。絶対絶命な状況に陥った時、あれをすればいいのか。
強者の余裕。インプットさせてもらったぜ。
『戦術眼』においては、チリチリ毛のイケメンが勝利する確率が0%から20%まで上昇していた。
いや。もう真の一軍である狂戦士の勝利は確定的になっているだろ。
―――俺のステータス―――
・種族 : 人間
・職業 : 復讐の召喚士
・年齢 : 17歳
・Level : 20(D-)
・力 : 10
・速 : 10
・体 : 15
・異能 : 召喚D、戦術眼D、鑑定D
・状態 : 支配、洗脳解除
・特殊 : 女王陛下の加護
・経験 : 0/10000
・cost : 36/12+24
俺は、Level20(D-)級ではあるものの、ステータス値はF級並み。
突き抜けている数値といえば『cost』のみ。
高いCostを支払い、上級個体を召喚する戦術が王道となってくるが、残念ながら強力な個体を持ち合わせていない。
俺が持っている召喚個体は超低Levelの雑魚3種類のみ。
・聖職者Level9 cost2
・影斥候Level9 cost2
・魔術士Level9 cost2
とはいうものの、雑魚でも数さえいればいろいろな陣形を敷くことができ、効果的な攻撃を行うことができる。
勝機はそこにある。
―――――――俺は『戦術眼』を発動するぜ。
『戦術眼』が数十通りの攻略パターンを俺に指し示していく。
どれを選択しても勝利する確率は10%以下。
最適解を導きだすには、取得した情報量が少なすぎるということか。
とはいうものの、この中から攻略ルートを決めるしかない状況でもある。
元々俺が思い描いている戦術と1番近いもの。それは、最初の一手は影斥候3機による『奇襲』攻撃。
3個体の影斥候で、骸骨の虚を突く戦術だ。
死霊達は生命はなく、その『core』を破壊しなければ、活動を続ける厄介な奴等である。
影斥候が、骸骨の『core』を破壊するためには『Critical-Hit』を出さなければならなくなるが、『戦術眼』が示すその成功確率は1%以下。
影斥候はその名のとおり索敵能力に優れているが、攻撃力がほぼ皆無なため、この結果は仕方ないものだと言えるだろう。
だがこの最初の奇襲攻撃は、俺の勝利に通ずる初手となるはず。
―――――――俺は『cost36』を支払い、影斥候18個体を召喚する。
一気に18個体を召喚できるものの、リアルタイムでコントロールできるのは3個体までが俺の限界である。
役にたたないように思える15個体については、次の一手となるための配置へついてもらうために召喚したのだ。
目の前で行われている戦闘は、魔倶那と槍を構える骸骨2個体が一触即発の状態になっていた。
空気が緊張している。
狂戦士の召喚主は、カウンターを入れる標的を正面に対峙している骸骨へ絞り込んでいるようだ。
となると、消去法で背後から間合いを詰めてきている個体が俺の標的となるわけか。
俺は、地面に潜行させた影斥候18個体を、『戦術眼』が指し示すポイントへ移動させていた。
俺はその時が来るのを待つのみ。
骸骨達が自身の間合いに入ったのだろう。
膠着状態になっていた状況から、再び戦端が開かれた。
魔倶那の前後から槍を突き出していく。
同時に狂戦士はカウンターを発動させ、踏み込んでいた。
先で行われた展開と同様だ。
結果も同じ。
―――――――狂戦士は前後から繰り出された同時攻撃にて串刺しにされていた。
そして致命傷と思えるダメージを受けてしまった魔倶那は、正面から踏み込んできた骸骨の『Core』へカウンターを叩きこんでいた。
先程とまったく同じ映像がリプレイされている。
魔倶那は致命傷と思えるような傷を負いながらも、骸骨1体を再び破壊したのだ。
いまだ、腰を抜かし地面にへたりこんでいた丸坊主の男が、最初の骸骨が破壊された時と同じ展開になっている状況を見て、ようやくといった感じで我にかえったのだろう。
残った個体へ慌てた声をあげた。
「骸骨。その狂戦士の首を跳ねるだ!」
同じ轍は踏まないということか。
当然の判断だ。
魔倶那の再生力がいかに優れていたとしても、首を跳ねられてはデュラハンでない限り、生きてはいられないだろう。
骸骨が指示どおり5m程度ある槍を鋭く振りかぶっていく。
横一閃。
―――――――だが、背中を向けていた狂戦士は、骸骨から繰り出された薙ぎ払いを素手でガードしたのだ。
凄まじい衝撃音が響く。
魔倶那は、開いた傷から瞬間的に血しぶきが舞っていた。
イケメンの迷宮主は、あらかじめ次に来る攻撃を読んで、自身にとっての致命傷を避けやがったのかよ。
茫然と戦況を見守っていると、隣にいた人狼が不意に俺の名前を呼んできた。
「小僧。ぼうっとするな。今しかないぞ。」
何が今しかなと言うんだよ。
分かるように喋れよな。
人狼に文句を言いそうになった瞬間だ。我に返った。
そうか。いまこの時が俺が動くタイミングなのか。
―――――――俺は骸骨へ向け『奇襲攻撃』仕掛ける!
潜行させていた影斥候3個体が地面から姿を現した。
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