第16話 命令を預かっている
ここは地下迷宮の最下層にある迷宮主の邸宅。
2階の窓から見下ろすと、赤レンガ敷きの広場が広がっていた。
綺麗に整備され、手入れが行き届いている。
現在の時間帯は夜。
等間隔に建っている街灯が、青みがかった光を放っていた。
寂しい空気が流れている中、丸坊主の男を含む一団がこちらを見上げている。
その中心にいる男は身長は平均よりも低い俺よりも少し高いくらいか。
動きやすい革の装備品を身に着けており、相当なマッチョであることが見て分かる。
俺がタックルをされようものなら、軽く吹っ飛ばされてしまうだろう。
奴は3階層の階層主。
老練なる人狼からは、迷宮主の魔倶那が階層主の数合わせのために『限界突破』をさせてLevel20になった者だと聞いていた。
その男は赤レンガ敷の広場から大きな声を張り上げ、イケメンの迷宮主である魔倶那に対して宣戦布告をしたところであった。
「魔倶那。出てこい。俺と勝負しろ!」
目はギンギンに見開いており、アドレナリンが全開の様子でいきりたっているようだ。
迷宮主に対し、下剋上を起こそうとしているのか。
つまり、魔倶那を倒して己が迷宮主になるつもりなのだろう。
迷宮主はハーレム嬢を囲っている噂があり、奴の目的はそれなのか。
Kuuuu。
ハーレム王って、男の夢。奴の気持ちも分からないことはない。
だが、実際のところ屋敷内にはメイド嬢はおろか、女子がいるようなにおいは感じられなかった。
だが、そこは重要なことではない。
迷宮主と階層主が対立しているこの状況下、俺としてはどちらの陣営につくかによって、今後の立場が変わって来るかもしれない。
丸坊主の男については、魔倶那との戦闘に備え援軍として『骸骨』を引き連れてきていた。
・魔倶那 Level24 狂戦士 迷宮主
・丸坊主 Level20 武闘家 階層主
・骸骨×3 Level22 槍士 旅団の兵士
骸骨のその数は3個体。
背丈は3mくらいあるだろうか。
全身を覆い隠すほどのマントを装備し、目を奥が怪しい光を放ち、5m程度はありそうな槍を片手に持っている。
骸骨とはその名のとおり死霊。
『双星の旅団』という組織に属し、人類の敵と位置づけられている奴等だ。
人馬迷宮は世界の中心にある『十三都市』に存在しており、『カルテット同盟』の結界にて『双星の旅団』の死霊達は侵入が出来ないはず。
丸坊主の男が手引きしたとしても、単独で骸骨3個体を引き入れることは難しいように思える。
隣に視線を移すと、宣戦布告をされたチリチリ毛のイケメン、魔倶那は2階の窓を開き、身を乗り出して、下へ飛び降りようとしていた。
目を見開き、口角を吊り上げ楽しげな表情をしている。
その表情を見た俺の背筋が凍りついた。
防衛本能が、警戒アラームを鳴らし始めたのだ。
その表情は、1軍の奴等が最下位となる俺達を玩具にして楽しむ時の表情だ。
魔倶那は、Level22の『骸骨』3個体と戦うつもりなのだろうが、完全に格下に見ているような気がする。
いやいやいや。普通、単独では奴等に勝つことは出来ないだろ。
迷宮主を護る雑兵が隠れているとでもいうのか。
周囲を確認すると、俺と同じように2階の窓から、村人Bの佐加貴が落ち着いた様子で外を眺めていた。
俺よりの性能が低いくせにこの状況に動揺していないには何故なんだ。
無性にムカついてきたが、現状では問題にするところではない。
部屋の中には、俺に同行した人狼も冷静な表情で状況を見守っていた。
おそらくだが、魔倶那には援軍となる存在はない。
つまり単独でLevel22の骸骨3個体と戦うつもりなのかよ。
勝算はあるのだろうか。
魔倶那が勢いよく、2階の窓から飛び降りていく。
一般的な知識に当て嵌めると、魔倶那の敗北は決定的。
力か拮抗している敵3個体に勝利するためには、各個撃破していくのが定石。
念のために、特殊能力『戦術眼』にて検証してみても、同じ結果となるイケメンの迷宮主が敗北するものと示唆していた。
―――――――――――だが、『真の三軍』である俺の本能だけは、魔倶那が勝利すると告げていた。
丸坊主の男からは、俺と同じ『雑魚臭』が漂っているからだ。
雑魚がどれだけ反骨精神を剥き出しにしても、雑魚という立場は変わらないというもの。
それがカースト世界の法則なのだ。
奴の立場は当て馬。
『真の一軍』に勝つことなど出来るはずがない。
その時である。
人狼が俺の背後から声を掛けてきた。
「小僧。我等の行くぞ。」
その声を聞いた時には、既に俺は2階の窓から外へ押し出されていた。
ちょっと待て。
何してやがるんだ。
人狼の奴。俺が赤レンガ敷の広場に降りないことを見越して、問答無用で突き落としやがったのか。
俺はLevel20の上級職であるが、ステータス値はモブ。
2階から飛び降りるようなことができる能力値ではないんだよ。
というか、頭から落下しているじゃないか。
受け身がとれねぇ。
この地面に衝突したら、痛いくらいでは済まないぞ!
地面が迫ってくる映像がスローモーションのように見えていた。
死を予感した俺の脳が情報処理速度を飛躍的に上げた現象だ。
――――――――――間に合うか!
周囲を警戒させているうちの影斥候1個体を、屋外に潜行させていたのだ。
地面に接触する寸前。
闇の中に潜行していた影斥候が姿を現し、俺をダイビンクキャッチしてくれた。
助かったぜ。
多少のダメージはあるものの、衝撃を大きく緩和してくれた。
影斥候の方はいうと、俺が受けるはずだったダメージを肩代わりしてくれて、死亡し消滅していく。
間一髪のところで大事故を回避した俺は、地面に仰向けになり最下層の天井を意味もなく見つめていた。
危機を乗り越えた俺様に拍手喝采だな。
2m以上の背丈がある人狼が俺に続き2階から着地してくると、大きな振動を鳴り響いた。
俺を突き落としたことに怒りをぶちまけようとする寸前、人狼が不吉な言葉を口にしてきた。
「小僧。陛下からお前への命令を預かっている。」
心臓が止まり、全身の全ての穴が開いていくような感覚に陥る。
陛下とは、俺が忠誠を誓ってしまった奈韻のこと。
絶対領域をつくった足で踏み付けられたい願望が、俺を奴隷に突き動かしたのだ。
その黒髪の暴君からの命令を預かっているだと。
絶対に良くないことだと、俺の本能が最大規模の警告音は鳴らし始めている。
ストレスで、自律神経が麻痺を起こし、呼吸が苦しくなっていく。
焦点が定まっていない俺の精神状態を置きざりにして、人狼が奈韻からの伝言を話し始めた。
「陛下からの命令とは、あの骸骨の1個体を、小僧、お前が仕留めろとのことだ。」
人狼からの言葉が俺の心臓を抉っていく。
俺に骸骨を仕留めろと言っているのか!
奈韻は俺に拒否権は無いという言葉を口にし、当たり前のように承諾したものの、本当に従う以外の選択肢しかないのか。
だが、俺には老練なる人狼がいる。
奴ほどの実力があれば、骸骨一個体くらい倒してくれるにちがいない。
俺は生き残れる。
仰向けの体勢から起き上がろうとする際、人狼へ視線を送ると、ゆっくりと首をふりながら、絶望の底へ突き落す言葉を口にしてきた。
「小僧。我に手伝えと思っているのか。諦めろ。陛下からその行為は禁止されている。」
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