想定外
ニアが亡くなってから5年の月日が経った。
緑化症の研究は全く進んでいないが、その一方で機械人形の制作は貸出を始めるまでになっていた。
この5年間躍起になって研究を続け、2回ほど倒れたことで私の身体は今や3歳くらいにまで幼くなっている。
機械人形を使うことで研究と生活を続けられているが、彼らがいなければ私はきっと行き倒れていただろう。
とはいえやはり自分の手では何も出来ないというのはやりづらい。
そう思いつつも私は新たな設計図を作ろうとしていた。
この5年間で2度挑戦したが失敗した新たな機械人形だ。
政府軍の一等兵達をモデルに、自律行動が可能で肆式や伍式よりもいろいろな事が出来るように設計されている。
元々は政府軍の大佐か、化け物呼ばわりされている三等兵の子をモデルに作ろうとしたが、どちらも全く上手くいかなかった。
「どうしてもエネルギー的に問題が出るな⋯。仕方ない、あれを使ってみるか。」
「あれ」とは私を含む複数人の研究者が作った「血融晶」と言うエネルギー塊で、これを使えば向こう200年くらいは補充無しで活動出来るようになっている。
ただ、これは量産出来るような物では無いため、これで上手くいったとしても結局護衛の代わりとしてしか使えない。
しかし試してみなければ落ち着かない性分でもあるので、1度やってみて、上手くいかなければまた代案を考えることにした。
「さて⋯、ここを繋いで⋯、あとはプログラムをインストールして⋯。」
自律行動用のプログラムは既に組んであるので素体が出来ればあとはインストールするだけだ。
そうして出来た試作機は、私を見た途端跪き、言葉を発した。
「初めまして、マスター。私は試作機226-01です。なんなりと御命令を。」
どうもおかしい。私はこんな受け答えをするプログラムを組んだ覚えは無い。
そもそも、自律行動出来るとは言え、こんなに人間的な行動が最初から出来るはずがない。
「ちょっと待ってね。申し訳ないけど想定外の事が起きてるから、一旦エネルギーの供給を切るからね。」
「承知致しました、マスター。また会えるのを楽しみにしております。」
そうして接続を切り、血融晶を取り出す。
まるで自我があるみたいな、プログラムには無い行動だった。
「死した者の血にはその者の遺志が宿る」
血融晶を共に作った研究者が言っていた言葉だ。
当時は本気にしていなかったが、こうして見るとあながち間違っていなかったのだと思わざるを得ない。
使うか使うまいかしばらく逡巡していたが、最終的に私はこれを、今後の機体に使うのではなく、今回に限り使用することにした。
「おはようございます、マスター。再びお会いできて光栄です。」
血融晶を取り付け接続しなおすと、「彼」は挨拶をした。
当然そのようなプログラムはしていないから、やはり自我があるのだろう。
だが、それならそれで研究や設計の手伝いをしてもらいやすくなる。
一般向けには出せないが、ここでだけ使うくらいならいいだろう。
そう考えながら私は挨拶を返した。
「おはよう。気分はどうかな?」
「とても良い気分です。ところで先程はいかがなされたのでしょうか?私に何か問題が?」
「いやね、自我があるみたいだったからそれが想定外で。」
「そうでしたか。確かに私は私自身に対する自己認識があります。こちらが想定外だった訳ですね。」
「うん、今までこんなこと無かったからさ。まぁ一般向けには出せないけど、手伝いくらいはしてもらってもいいかなって。」
「承知しました。では私はマスターの手伝いをすればよろしいのですね?」
「そうだね、手伝いとか⋯、買い出しくらいには行ってもらうかもしれないね。あ、あと自我があるなら名前くらいはつけた方がいいよね。どんな名前がいいかな?」
「私はマスターがつけてくださる名前であればどのようなものでも嬉しく思います。」
「そっか⋯、それじゃ、『ダイナ』なんてのはどうかな?」
「『ダイナ』⋯、とても良い名だと思います。素晴らしい名前をつけていただきありがとうございます、マスター。」
「あー⋯、出来ればその『マスター』ってのやめてもらえるかな⋯?何となくちょっと気恥しいというか⋯。」
「そうですか⋯、ではなんとお呼びいたしましょう?」
「私は研究者だし、『博士』とでも呼んでくれたらいいかな。とはいえ研究自体はここ数年行き詰まってるんだけどね。」
「承知しました。ではこれからは『博士』と呼ばせていただきます。」
こうして私の研究室には同居人(?)が増えることになり、陸式機械人形はまた設計段階から作り直さなければならなくなった。
マキナ・リベラティオ 軍属の科学者ソフィア・ハミルトンの話 平たいみかん @tachyon0926
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