第2話 黒髪の鍛冶師クレイド

 目を開けると、木があった。


「……あ~、山の中、か?」


 耳をかすめる風に揺れる葉の音、遠くには鳥の鳴き声。

 だが、人が起こす音は一切聞こえない。近くに人里はないようだ。


『――元・勇者よ』


 あ、神。


『ここは、あなたの体感でさっきまで立っていた場所です』


 ああ、魔王城があった跡地なのね、ここ。


『あなたが魔王が滅ぼしてからおよそ六百年ほど経過しています。今、世界は――』

「鍛冶」


 俺は、神の声を遮った。


「鍛冶、できるよな? M×Mの鍛冶システム、この世界で使えるんだよな?」

『……あの、世界の歴史とか行く末とかは、気にならないのですか?』


「何で?」

『あ、心底本音ですね。その聞き方』


 六百年前にあったことなんぞ、今さら誰が気にするんだよ。

 日本でいうなら戦国どころか室町時代だぞ。その頃の出来事の影響なんぞ知るか。


「あ、今の世界って、平和?」

『え~、まぁ、平和といえば、平和です』


「OK、確認終了。世界平和万歳。人類繁栄最高。それより鍛冶、鍛冶。鍛冶!」

『あ、はい』


 ここでやっと神が観念したらしく、俺への説明を始めてくれる。


『まず、そこの泉で今の自分を確認してみてください』


 言われた通り、俺はすぐ近くにあった泉の水面に自分の顔を映してみた。

 簡素な服を着た、黒髪のちょっと釣り目気味の十代半ばほどの少年がそこにいた。


「こ、これはまさしく俺のM×Mのメインキャラ、天涯孤独ながらも世界最高峰の鍛冶師の才能を秘めた三月二十日生まれの年齢十六歳、血液型O型、食べ物に好き嫌いなし。物事には積極的に首を突っ込んでいく気質だがやや天然なところもあって結果的にトラブルメーカーになりやすいお茶目さんで、好きな動物は犬と猫とオオサンショウウオの鍛冶師クレイド、鍛冶師クレイドじゃないか!」

『脳内設定がだいぶ細かいですね』


 全部、キャラクターのロールプレイングをするために必須の情報だろうが!


『そういうワケで、今のあなたは日本人の暮井土和樹くれいど かずきではなく、この世界アルフォンシアの天涯孤独の少年クレイドとなりました。約束通りに、です』

「約束通りに、ってことは鍛冶システムは?」

『当然、使えます』


 やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――ッ!!!!


「M×Mの必須システムのアイテムボックスも?」

『はい』


「M×Mで愛用し続けてきた鍛冶道具一式も?」

『はい』


「アイテムボックスの中に溜め込み続けた全世界鍛冶素材コレクションもか!?」

『…………』


 おい、何でそこで黙る。


「アイテムボックス、オープン」


 俺が告げると、空中にウインドウが現れる。

 そこに、アイテムボックス内に格納されているアイテムが表示されるのだが――、


「…………素材が、ない」


 愛用の道具は表示されていたが、次にあるはずの素材コレクションが、ない。

 え、マジ? マジで? 本気で言ってる?

 長年溜め込んだ素材総数、軽く数千種・数百万個は越えてるはずなんだけど!?


「おい、神ィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!?」

『私はこの世界の神なので、異世界のことについては限界もあるかなって……』


「てめぇ、この世界の神とかのたまうなら、魔王倒すのに俺に頼むな!」

『い、痛いところを……! でもしょうがないんですよ、上位存在の規約的に!』


「知るかボケェ! ああああああああああああ、俺の素材ィィィィィィィィィ!」

『地面に四つん這いになって慟哭している……』


 当たり前だ、あのコレクション集めるのにどれだけ苦労したか!

 最低レアから最高レアまで、最低純度から最高純度までを網羅したコレクション。

 俺にとっては愛用の鍛冶道具に並ぶ、M×Mの足跡そのものだったのにィ!


『ま、心機一転! 気分も新たに頑張りましょう! ね!』

「おまえ覚えてろ。絶対、神殺しの武器鍛えあげてやるからな。絶対に。絶対にだ」

『涙に濡れた瞳に昏い決意の焔が滾っている……』


 おのれ、邪神め。いつか絶対滅ぼしてやる。

 と、俺は決意するが、同時に神の言い分に一理あることもまた理解していた。


 俺は生まれ変わった。

 現実から逃げるための手段として作った、鍛冶師クレイド本人に。


 だったら、その人生を思う存分堪能することが、今の俺のするべきことだ。

 魔王討伐というブラック勤務はもう終わった。

 そしてこれから、誰にも邪魔されない俺のホワイト人生が始まるのだ。


「ハハハハハハハハハハ! やってやるぜ、フハハハハハハハハハハハハハ!」

『あ、じゃあ私はそろそろ帰りますね。お疲れ様でした~』


 いつの間にか、神はいなくなっていた。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 さて。

 やりたいことは多々あるが、まずやるべきことは決まっている。


「え~と……」


 空中に投影されているアイテムボックスのウインドウを、俺は指先でタッチする。

 選んだ三つのアイテムが、俺の体に装着された。


 一つ目、俺の腰に現れた黒革のホルスター。そこに愛用のハンマーが差してある。

 二つ目、俺の頭に現れた大型のゴーグル。目の保護以外にも特殊な機能がある。

 三つ目、俺の体を包む色褪せた大きめのツナギ。耐熱性に限らず防御性能も激高。


 以上、俺の自慢の鍛冶仕事三種の神器。

 M×Mの特徴の一つとして、手間暇をかければ装備を無限に強化し続けられる。


 ただし高レベルになると求められるリソースもただ事じゃなくなるが。

 一種のエンドコンテンツなワケだ。装備の強化自体が。


 そしてこれらは全て、俺がゲームを始めた当初から使い続け、強化してきた品だ。

 それがデータとしてではなく、こうして現実のものとして俺の前に現れている。


「…………いかん、ちょっと泣きそう」


 胸にジ~ンと広がっていく感動に、俺はしばし浸った。

 三種の愛用道具を装備したのち、次に自分の相棒を呼ぶことにする。


「お~い、カジーナ! いるかー!」

『は~~い! お久しぶりです、マイスター様。ナビゲーターのカジーナです!』


 アイテムボックスとは別に、空中に現れる四角いウインドウ。

 そこに、桃色髪を三つ編みにした黒縁眼鏡の美少女が映し出される。


「おお、やっぱりおまえも出てくるんだな、カジーナ!」

『あったりまえで~す! カジーナはマイスター様の鍛冶場管理人ですから!』


 ウインドウの向こうでカジーナがフフンと胸を張る。

 ちなみに結構おっきい。触れないのが痛恨すぎる。何がとは言わないが。


 カジーナは、M×Mのプレイヤーを助けてくれる専用NPCの一人だ。

 M×Mではキャラクターの選択したクラスごとに、こうしたNPCがついてくる。


 そして、俺にとってM×Mの鍛冶システムとはカジーナのことだった。

 鍛冶システムに関する諸々を統括しているのが、彼女なのだ。


『早速ですがマイスター様、素材がありません!』

「知ってる、いつか神コロス」


 俺はギチリと奥歯を噛みしめた。


『このままでは鍛冶仕事もままなりませんが、どうなさいますか?』

「そりゃあおまえ、素材がないなら掘るしかないだろ」


 鍛冶仕事は素材確保から始まる。

 そう言っても過言でも何でもない。っていうか素材なきゃ鍛冶出来ねぇんだよ!


「ってワケで、この世界での最初の仕事は採掘だァ!」

『おー!』


 俺は額にかけていたゴーグルを目にかけ直し、ホルスターからハンマーを抜く。


「スキルゴーグル『神眼アメノヒトツメ』、スキルハンマー『神鎚ヘパイストス』。早速だが、おまえらの力、久しぶりに使わせてもらうぜ」


 俺の意志に従って、ゴーグル越しに映る視界に変化が生じる。

 このゴーグルにはM×Mに存在する魔眼系のスキルの効果が付与してある。


 また、同時にハンマーが変形をした。

 片手に収まる程度の大きさだったハンマーが、両手で持つ必要のあるツルハシに。

 このハンマーは、用途に応じてその形状を変える機能が内蔵されている。


「お~、あるある。何だよ、結構資源豊かじゃねぇか、この辺り」


 ゴーグル越しに見る景色に様々な色の光の点が瞬いている。

 全て、鍛冶に使える素材だ。種類とレア度は、光の色と大きさで判別できる。


 その辺に転がってる小石にも素材反応はあるものの、やはり強い反応は山の中。

 見ている先にある岩壁が、今の俺には宝の山に見えてならない。


「ケッケッケッケ、掘るぜぇ~、掘りまくってやるぜぇ~」


 俺は舌なめずりして、ツルハシに変えた『ヘパイストス』を振り上げる。


「あ、よっこいしょ~!」


 俺の異世界鍛冶人生が、この一振りから始まった。

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