この異世界で俺だけがゲームシステムで鍛冶をする

楽市

第1話 黒髪の勇者クレイド

 空に、厚く重く立ち込めた黒雲が、ゆっくり渦を巻いていた。

 轟く雷鳴と合わせて、それはまるで世の終わりを連想させるが如き景色だった。


『フシュゥゥゥゥゥゥゥ~~~~』


 瞬き光る雷光を背に、地上に築かれた禍々しい祭壇で、巨大な影が吐息を漏らす。

 その一音ですら、聞くものに呪いを賜う。

 まさにそれは、世に息づく全ての魔を統べる者の在り様であった。


『神なるものよ、何ゆえ貴様はこの場におらぬのか。何ゆえ、人などを遣わすのか』


 天を仰ぎ、低い声でそう嘆くのは魔王。

 今やその名を恐れぬものはいない、魔族の王。魔物の主。世界的脅威。


 その姿は黒く、大きく、そして強い。

 全身より発される覇気は、世の全てをその手に掴まんとする気概そのものだ。


『人など、哀れなる傀儡に過ぎぬ。神に作られた土くれ人形。脆弱極まる身でありながら、数に任せて世にはびこる汝らこそが真の害悪なのだと、そうは思わぬか?』


 天を仰ぎ見たまま、魔王が背後に向けて告げる。

 そこには、たった今駆けつけた、四人の若者の姿があった。


「ついに追い詰めましたよ、魔王!」


 輝く錫杖を手にしてそう言ったのは、光の大聖女ルリカであった。


「魔王、今こそおまえを討ち果たし、世に平和を取り戻す!」


 ルリカの前に出て、光の姫騎士エレナが愛用のレイピアを抜き放つ。


「私は平和とかに興味はないけどね、これ以上の闇の力の増大は放置できないのさ」


 ねじくれた木の杖で床を叩き、光の大賢者シエラが魔力を高め始める。


『よくぞ、ここまで来た。神に選ばれし哀れなる土くれ人形どもよ。世界を闇に閉ざす我が儀式は今まさに成就の時を迎えつつある。そのさまを特等席で見るがよい』


 魔王は若者達の方に向き直り、低い声でそう告げる。

 その話を聞かされたルリカ達三人は一様に表情を歪め、それぞれの武器を構えた。


「世界を闇に閉ざさせたりはしませんわ!」

「そうだ、そんなに闇が恋しいなら、地の底にでも潜っていろ!」

「この世は光と闇のバランスで成り立ってることは知ってるだろうに……」


 口々に言う三人に向かって、魔王は短く『笑止』と返す。


『光と闇のバランスなどと、わかった風なことを言う。この大地はもとより我ら魔族のもの。それを神なるものが奪い、脆弱なる人間に与えたのではないか。我は奪われたものを取り戻しに来たにすぎぬ。弱き人間などが、この大地の主を名乗るな』


 そして魔王から放たれる、暴力的なまでの圧。

 暴威に晒された三人はその顔色を青ざめさせながらも、退くことは決してしない。


「確かに、人間は弱い。魔族から見れば肉体も魔力も比較にならないだろう」

「でも、だからこそ人間は互いに寄り添えますわ。助け合うことができるのです!」


『戯言を……』

「戯言なんかじゃないさ、魔王さん。そうやって私らは、ここまで来たんだ」


 神に選ばれし光の大聖女、姫騎士、大賢者が揃ってうなずき合う。

 そして三人の目は、その場にいる残る一人へと注がれた。


「さぁ、勇者様。最後の戦いですわ!」

「共に行こう、勇者。今こそ魔王を倒し、世界に光を!」

「とんだ腐れ縁でこんなところまで来たからね、最後まで付き合うよ、勇者君」


 呼ばれたのは、黒髪の青年。

 淡く輝く鎧を纏い、金色の装飾がまばゆい聖剣を帯びた、光の勇者である。


『勇者などという虚飾に彩られし、哀れなる神の走狗よ。汝も我を討たんとするか』


 魔王に問われ、勇者は答えた。


「鍛冶してぇ」



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 あ~、うるせぇわ~。何か長々、うるせぇわ~。


「光とか闇とかどうでもいいから。ホント、興味ない。そんなことより、アレだよな。ここっていかにも最終決戦の場っぽい感じだし、あんた魔王か? 魔王だろ?」


 目の前にいる黒くてデッカイヤツに向かって指さし、俺は確認する。


『……う、うむ? ……まぁ、うむ。魔王だが』


 魔王だった。

 よーし、ターゲット確認!


「やっと見つけたぜ俺のターゲット。今から聖剣で殺す。聖剣で死ね!」

『ちょ、ま……!?』


 魔王は何か言いかけるが、あー、知らん知らん。

 むしろここまで我慢したのを褒めてもらいたいわ、俺。そのくらい魔王殺したい。


「あの、勇者様? クレイド様?」

「三人は適当に援護ヨロ! うおおおお、魔王てめぇ死ね! てめぇ殺して俺は生まれ変わって鍛冶を楽しむんだ! そのためにてめぇに生きてられたら困るんだァ!」

『ぬあああああああ、何か来たァァァァァァァァ!?』


 聖剣を引き抜いて、俺は魔王に突撃した。

 さっきまで何かすっごい余裕ぶってたクセに、あたふたしてんじゃねーよ。


『な、何なのだ汝は!?』

「俺? 勇者クレイドです! 勇者なんかしたくないのに、勇者してます! てめぇを殺せば晴れてお役御免! 約束された鍛冶師ライフが始まるんだァ――――!」


 俺の一撃を何とかかわしてる魔王に、俺は端的な自己紹介をする。


『かじ、し? 汝は、鍛冶師になりたいというのか? なればよかろうに!』

「ちっげぇぇぇぇぇ! リアルの鍛冶作業じゃないの! 俺が日本でやってたゲームのジョブの鍛冶師なの! そのゲームの鍛冶システムが好きなの、俺は!」


 百万×百万通りの生き方ができる。

 が、謳い文句のVRMMORPG『ミリオン・バイ・ミリオンズ・オンライン』。


 俺は、そのゲームを長年遊び続けているエンジョイ勢だった。

 このゲームの鍛冶システムがとにかく俺好みでねぇ~、ハマったハマった。


「だから俺はこの世界の神に召喚されて勇者になって欲しいって言われたときに取引したんだよ。魔王倒したら、M×Mの鍛冶システム使える状態で転生させろって!」


 どうせ日本に未練はなかった。

 俺をATM扱いするだけの毒親と毒親戚。常にメンタルを削るブラックな勤め先。

 未練なんて残ろうはずもなし。神に召喚されなきゃ、きっと首括ってたわ。


「この世界に来て早三年、毎日毎夜、てめぇを殺すことだけを夢見てきたぜ、魔王! ブラック勇者勤務は今日で最後だ! 明日からのホワイト転生のために死ね!」

『ぬおおおお!? ふ、ふざけるな勇者よ! では汝は、世界が闇に包まれてもよいというのか? 自らの欲望を優先し、弱き同胞の嘆きを何とも思わぬと――』


 魔王が何かゴチャゴチャ言ってるが、


「うるせぇぇぇぇぇぇぇ、知らねぇぇぇぇぇぇぇ――――!」

『な、汝などに世界の行く末を委ねてなるものか! 魔族の平和は、我が守る!』


 正義の味方みたいなことを抜かしやがって。

 だがおまえはここで死ぬんだよ。この俺の野望を達成するためになァァァァァ!


 ズドーン! ドゴーン!

 ズドドッ、ドゴゴゴゴガガァァァァァァ――――ンッ!


「ああ、勇者様と魔王が、何かすごい戦っていますわ!」

「そうだね、勇者と魔王が、とてもすごい戦いを繰り広げているね!」

「それを見てるだけの私らに、何の存在意義があるというのだろうね……」


 勝手についてきてるだけの三人が何か言ってるが、知ったこっちゃないわ。


「俺は、魔王を殺すのみだァァァァァァ!」

『オオオオオオオオオ、勇者よォォォォォォォオ!』


 ズバッシャアアアァァァァァァッッ!!!!


 俺が振り下ろした聖剣の一撃が、魔王を上から下まで真っ二つにする。


『……何ということだ、まさか、我が敗れるとは』

「クソ、やっぱ聖剣、よく切れるなー。俺が造ったモンじゃないクセに、生意気な」


『だが心せよ、勇者よ。人の心に闇がある限り、我が真に滅びることはない』

「この鎧も性能高ェのムカつくわ~。素材に頼ってるだけのクソ装備の分際でよ~」


『我には見えるのだ、いつか再び闇の底より何者かが現れ、我が悲願を――』

「うるせぇ、早く死ね!」


 ズバァァァァァァァァァァ!


『な、さ、最後まで言わせ、ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?』


 魔王は滅びた。跡形もなく滅びた。


「うおおおおおおおおおおおお、ブラック勤務終わったァァァァァァァァ!」


 俺は諸手を挙げてガッツポーズをする。


「結局、勇者様一人で倒してしまいましたわね、魔王」

「強かったねー、勇者……」

「人は弱いがゆえに互いに寄り添えるとは、助け合えるとは、一体……」


 三人が何か言ってるが、あー、知らん知らん。どうでもいい。

 さて、こうして魔王も倒せたワケで、俺の勇者としての仕事も終わった。よし。


「今こそ、にっくき聖剣をブチ折るときッ!」

「「「何で!?」」」


 何でって、そんなの当たり前の判断じゃないか。

 俺が造ったワケじゃないのにすごく強い武器とか、残しておけるワケがない。


 折るぞ。絶対に折る。何があっても絶対に折る。

 俺の誇りにかけて、この聖剣だけは世界から滅してくれる。


「お待ちくださいませ、勇者様! 聖剣は今後の人類復興のシンボルとして……」

「うるせぇ、折る!」


「ダメだよ、勇者! 魔王を倒した聖剣は、私達の勝利の証でもあって……」

「黙らっしゃい、折る!」


「もう、何を言っても折れない『絶対に折る』という信念を感じてならないね……」

「当たり前だろうが、折る!」


 止める二人から逃げて、呆れる一人にそう返し、俺は聖剣を振り上げた。

 地面に叩きつけて折れるかな。いや、折れるまであらゆる方法を試すだけ――、


 そう思ったそのとき、分厚い黒雲が割れて空から白い光が注いだ。

 と、同時に、俺の体も何やらキラキラと輝き始める。


「ん? 何じゃこりゃ?」

『――勇者よ』


 あ、神。


『よくぞ魔王を討ち果たしてくれました。約束通り、あなたを転生させます』

「待て待て! まだ聖剣折ってないから! 折ってからにして!」


『聖剣を折られるとこちらとしても色々と困るので、その前に転生させます』

「貴様ー! そもそも貴様がこんなモン作らせるのが悪いんだろうがー!」


『さて、光の大聖女、光の姫騎士、光の大賢者よ、よくぞ成し遂げてくれましたね』

「「「いえ、成し遂げたのは勇者一人だけですが」」」


『魔王は倒れました。互いに支え合い、手を取り合えた人々の想いの勝利です』

「「「いえ、勇者の極めて個人的な欲望による勝利ですが」」」


『…………』

「「「…………」」」


『勇者はこのまま転生させますので、あとのことはそれっぽい感じでお願いします』

「「「あ、はい」」」


 うおおおおおお、体がどんどん透けていくぅぅぅぅぅぅ――――ッ!


「聖剣! 聖剣――――! 俺、聖剣、オル――――!」

『はい、転生』


 そして世界が暗転した。

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