第5話 煙がとれないんだよ。なかなかさ
「お前を
「そうね。筋肉馬鹿……というよりも、筋肉が本体? 肉なのに自我持っちゃった系?」
俺は牙を床に置き、鍛え抜かれた拳を前に出す。
筋肉を馬鹿にされた屈辱、晴らさせてもらおうか!
「……ちょっと強めのジャブ」
突如として、ギルドの机や椅子やらは宙に舞った。これを避けられるのは、それこそ勇者パーティーくらいなもんだ。こんな奴にかわせるわけがない。
お帰り……俺の宝物、象徴、息子よ。
そう確信していた。だが。
「――――どういう事だ」
おかしい、帰ってこない。忌まわしきモザイク煙が漂ったままだ。
まさか……かわされた?
「それで全力なの? 見た目だけでたいしたことないわね。飾りの筋肉(笑)ってこと? 実用性に欠けるわね」
エルフの女は俺を馬鹿にした笑みを浮かべて、目の間に突っ立っていた。
なるほど、只者ではない……と。
「……まさか。ただ、これ以上力を出すと街が吹き飛んじまうからな。それにこいつは飾りじゃねぇ」
「かwざwりwじwゃwなwいw ——ほら、私はこの通り生きているわよ。あなたの股間もずっと隠れたまま。これで飾りじゃなくてなんなのよ、やっぱりあなたボディビルダーなんじゃない? おめでとう! 新職業を発見したみたいね!」
無我夢中で殴った。そりゃもう殴った。だってボディビルダーさんを馬鹿にしたんだぞ? 馬乗りになって殴るだろ普通。
「許して! ちょっ、タンマ! あんたほんとォッ!!!」
「知ってるのかおい! あの筋肉を育てるのにかけた時間を! 熱意を! 覚悟を!」
「見境なく女性を殴ッ、まッ、フゴッ! ほんとに! 死んじゃうから!」
女性だろうがなんだろうが関係ない。俺の存在を否定しただけじゃ飽き足らず、ボディビルダーさんを馬鹿にしたんだ。当然の仕打ちと言えよう。
「分かった! 分かった! 謝るから!」
鼻血を出し始めたところで、謝罪を申し出てきた。いいだろう。なんせ俺は寛大だからな。
「ふむ、では謝罪を聴こうではないか」
「……ぼ、ボディービルダーを馬鹿にしてすみませんでした! あなたの恥部を隠してすみませんでした! 何この屈辱的なセリフは! 頭がおかしくなるわよ!!!」
おい、こいつ今……
「まさか呼び捨てにしたのか……?」
「何よ、謝ったじゃない。なんか文句ある?」
「ボディビルダー“さん”だろうが! 敬意がこもっていない! 鉄拳制裁!」
もう一度拳を振りかざす。
「分かったわよ! ボディービルダーさんを馬鹿にしてすみませんでした! あの鍛え上げられた筋肉は尊敬します!」
どうやら分かったようで何よりだ。そろそろ筋肉を崇める宗教を作るべきかもしれん。
「はぁはぁはぁ……なんなのよコイツ……」
「あ? 俺はラスターク。今はフリーの冒険者だ」
金髪馬鹿エルフの顔がどんどん青ざめていく。面白いヤツだな。この色の変化はカメレオンの血でも引いているんだろう。エルフとかよく分からんし。
「クソみたいな身なりとこの馬鹿げた力……。通りでおかしいと思ったのよ。勇者パーティーの拳闘士がなんでこんな後方に……フリー? 今あんたフリーって言った!?」
エルフは俺の胸ぐらを掴もうとして、虚空を握った。
当たり前だろ、全裸に胸ぐらもくそもない。
「おい、そんな事どうでもいい。さっさと煙を消せ」
「もしかして勇者パーティーを抜けたの!? 待遇もさぞかし良かったでしょうに!」
「いや違うが? 勇者の奴に抜けてくれって頼まれたんだ」
「……ぷはーっ!!!! あんたそれ、クビじゃない! だっさ! こんな面の厚さしといてクビw はー!!!」
この女、人様の目の前で笑い転げている。羞恥心がどうかしているのか? もう少し周囲からの目を気にした方がいい。
イラついたのでもう一度殴っておこうと思ったところ、受付嬢にしがみつかれた。
「ラスタークさんでしたっけ! これ以上は辞めてください
!!! ……ギルドが壊れますぅっ!!!!!!」
床を見てみると、放射状にひびが入っていた。
「すまない。ついやってしまった」
「弁償! 弁償してください!!!!!! 今すぐに! 50万ルタは要りますよ!」
50万? なんだよ、そんな大金持ち合わせていない。
「そうだな……手間をかけるが、勇者の奴に請求しておいてくれ」
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