第6話 天使さんはフランクフルトを頬張る

 レジでの会計を済ませ、パンパンになった袋とともにスーパーを出た。


 まさか夕食の買い出しに一時間もかかってしまうとは思ってもいなかった。


「はぁ……」


 その原因の発端である天使さんはというと、


「あははっ、いっぱい買っちゃったね〜っ!」


 と言いながら、手に持ったフランクフルトにケチャップとマスタードを付けていた。


「……一本だけですからね?」


 自分用に買ったもう一本が食べられる可能性を考慮し、先手を打ったのだが。


「うぅ〜んっ!! 美味しいぃぃぃ〜♪」

「……よかった、ですね」


 フランクフルトを美味しそうに頬張る姿を横目に、中身がスッカラカンになった財布を頭に浮かべた。


 ――はぁ……。ただでさえ、ここ最近出費が増える一方なのに……。


 金は天使に捧げたと思って切り替えていくしかない。そうでないと、


「………………」

「――梨久りくくんっ」

「……なんですか?」

「たくさん買ってくれて、ありがとっ♡」


 まさに天使のようなその笑みに、俺の胸がまた高鳴る。


「…………っ」


 ――それも……ズルいですよ……。


「……あ、あの」

「んー?」

「天使さんは、どうして人間の世界に興味を持ったんですか?」

「え?」


 ふと立ち止まり、フランクフルトを手に持ったまま腕を組んで考え込むと、


「気づいたときには、気になるようになっていたの。だから、これといった理由は……特にない、かな……」


 天使さんはたどたどしい口調を誤魔化すかのように、首を傾げてぎこちない笑みを浮かべた。


「……そうなんですね」


 今の言い方だと、他になにか理由がありそうだが。


「でも、どうして急にそんなこと――」

「ちょっと気になっただけです。ほらっ、早く食べないと冷めちゃいますよ?」

「へっ? ……あっ!」


 ……。

 …………。

 ………………。


「はぁ~、美味しかった♪」


 フランクフルト“二本”をペロリと平らげた天使さんは、満足気に頭を揺らしていた。


「……そ、それはよかったです……」


 ――薄々、こうなるんじゃないかと思っていたけど……。


 空腹の天使さんのお願いを断ることができず、もう一本のフランクフルトも彼女の胃の中へと消えた。


「ねぇ、梨久りくくん……」

「……っ!! ほ、他の揚げ物は家に帰ってからですよ!?」

「えっ、ダメなの!?」

「当たり前ですよ! 晩飯のおかずが減っちゃうじゃないですか……」

「うぅ……っ。じゃ、じゃあ我慢する……っ」




 ………………………………………………。




「……やっぱり――」

「ダメです」

「むうぅぅぅ〜…………ぷふっ、あはははっ♪」

「……ふっ」


 俺と天使さんは道の真ん中で所構わず笑った。


 ――誰かと笑ったの、いつ以来だっけ……。


「っ……そういえば、まだ聞いていませんでしたよね」

「なにを?」




「…――――帰れない理由ワケ




「……っ!! そ、それは……」


 センシティブなことなら、わざわざこちらから触れる必要はないけど。


 自分の内にある好奇心が、それを知りたくてずっとウズウズしていたのだ。


 すると、天使さんは決心したのか、真っすぐな瞳で俺を……


「あぁー……じ、実は……」


 俺を……って、どうして顔を逸らしたんだ? それも顔に滝のような汗を流して……。


「エンジェル・ゲート…って……一日に一回しか通れないんだよねー……」

「え?」

「だから、帰りたくても帰れない……というか……」

「はい?」

「あははは……」

「………………」


 ――――…おいおい……。


 熱く燃えていた好奇心が、一瞬にして…………冷めた。

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