第4話 天使さんの謎

 結局、天使さんは明日用に買っておいたもう一つのカップ麵をぺろりと平らげてしまった。


「ごちそうさまでした……っ。とても、美味しかったです……っ」

「よ、よかったですね……」


 ――ああぁー……明日の昼飯が……。


 また、あのジリジリと肌を焦がす暑い日差しの下を歩かなければならないのか。


 ――こんなことなら、ケチらずにもっと買ってくればよかった……。


「はぁ……」


 何度目かのため息がこぼれる。


 兎にも角にも、これでようやく事情を聞けそうだ。


「お腹の方も落ち着いたみたいですし、そろそろ聞かせてもらってもいいですか?」


 と言って、満腹になった部分に目を向けると、天使さんが慌てて手で隠した。


「…………っ」

「……天使さんは、どうして“空”から落ちてきたんですか?」

「えっと、それは……」

「それは?」

「っ……に、人間界に興味があったの……っ!」

「人間界に興味、ですか?」

「う、うん! 天界にはねっ、『エンジェル・ゲート』っていう天界と人間界を繋ぐ特殊な扉みたいなものが……あるんだけど……」


 一拍の間の後、天使さんがたどたどしい口調で言った。


「私……昔から人間界に興味があったから、つい入っちゃったんだよね……。でも、まさか空に出るなんて思ってもいなくて……。ほんと私ってドジだなぁー……あははは……って、どうしたの? 急に喋らなくなったけど」

「な、なんだか、本当のことを言っているようには聞こえなかったので」

「……っ!! い、今言ったことは全部ホントのことだよーっ!」

「へ、へぇー。じゃあ本物の天使だから、俺の家がここだとわかったんですか?」

「そうだよ! ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ天使の力を使ったの!!」

「ふぅーん」


 にわかに信じ難いが、冗談を言っているようには見えない。


「むぅー、全然信じてない…――はっ……はっくしゅん!!!!!」

「…………っ!!?」


 天使さんがくしゃみをした瞬間、彼女の背中から白い翼がバサァッ! と飛び出てきた。


 ――つ、翼が……生えた……ッ!?


 その翼は天使さんが鼻をかむと、粒子となって消えた。


 俺は幻を見ているのではないかと思い目を擦ったが、消えゆく羽が目の前を通過すれば、信じる以外の選択肢はないだろう。


「本当…だったんですね……」

「最初からそう言ってたよ!」

「す、すみません……っ」


 ということは、つまり……天界と人間界を繋ぐという『エンジェル・ゲート』と呼ばれるゲートに誤って入ってしまい、人間界に来てしまったが、そこが空だったため、ちょうど落下地点にいた俺と衝突してしまった、という流れか。


 そして、気絶した俺を天使の力を使って部屋まで運んだ……と。


 ツッコミたくなる部分が多すぎるが……。


 ――しっかし、腹減ったな……。そういえば、今日は昼まで寝てたから、まだなにも食べてなかったんだっけ……。


 腹を撫でながら、空になったカップ麵の容器を見つめる。


 ――二つとも食べられたからな……。


「はぁ……」


 仕方ない、後でスーパーにでも行ってくるか。冷蔵庫の中、空っぽだし……。


「えっと……」

「あ、梨久りくでいいですよ」

「いいの? じゃあ、梨久りくくん……っ」

「はい、なんですか?」

「美味しいご飯を食べさせてくれたお礼がしたいんだけど、いいかな?」

「お礼?」


 天使さんが徐に手のひらを広げると、突然、小さな光がフワッと出てきた。その光は宙をゆっくり移動しながら俺の前で止まると、体の中に吸い込まれていった。


「あの、これは……」

「これからあなたに“小さな幸運”が訪れることでしょう」


 そう言って浮かべた優しい笑みにドキッとする俺。


 ――不意打ちはズルい。


「? どうしたの?」

「っ……こ、この後、スーパーってところに行こうと思っているんですけど、よかったら一緒に行きますか?」

「……っ!! 行くっ、イクイクっ!」


 イヤらしく聞こえたのは、きっと気のせいだ。

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