第2話 天使のお腹が鳴った

「……んっ……んん……」

「――目が覚めたのね。よかった……」


 ――えっ……。


 目を開けると、絶世の美女が心配そうな顔でこちらを見下ろしていた。


「あ……えっと……」

「どこか痛むの?」

「い、いや……どこも、痛くはない……ですけど」


 体を起こそうとするが、後頭部越しに伝わってくるハリのある感触に抗うことはできなかった。


 ――さ、最高だぁ……。


 まさか、高校生にもなって“膝枕”をしてもらう日がくるなんて……。


 ――意外と悪くないじゃん……っ。


 それに、視界一面に広がる、迫力満点の“二つのスイカ”を見上げるという未知の体験に、俺は心を踊らせた。


 ……。

 …………。

 ………………。


 その後、なんとか膝枕の誘惑を振り切ると、ローテーブルを挟む形で座った。


「ご、ごめんね……? つい反射的に手が出ちゃって……っ」


 申し訳なさそうな顔で謝ってくるのだが、それはこの一回だけではなかった。


「ほんとにごめんね……」


 さっき目を覚ましてから、かれこれ二十回以上は謝っていた。


「顔を上げてください。別にケガもしていませんし、もう気にしていませんから」

「で、でも……」


 このやり取りも、これで何度目か。


 ――はぁ……。


 と心の中で息を吐くと、彼女の頭上に浮かぶ光るリングに目が止まった。


 ――あれ、浮いてるよな……。


 パッと見る限り、首の後ろから棒などで固定されているというわけではなさそうだが……。


「あの、もしかして……天使の格好をしたコスプレイヤーさん、ですか?」


 ………………。


「こすぷれいやー? というものがなにかはわからないんですけど」

「? ……あぁー、設定を守っている的な感じですか?」

「設定?」

「失礼しました!」

「え、えぇ?」


 俺の質問に、天使(コスプレイヤーさん)は困惑した表情を浮かべている。


 その徹底ぶりはさすがの一言だろう。


「………………」

「………………」


 そして突然訪れた、無言の時間。


 ――き、気まず……っ!


 こういうときは、まず簡単なところから聞くのが鉄則だろう。


「……名前を聞いてもいいですか?」

「私の名前、ですか?」

「は、はい」


 ――他に誰がいるんですか……。


「私の名前……私の名前は……えぇーっと……い、言えないの!」

「え? ……あ」


 ――そうか、記憶喪失って設定だから言えないのか。


「気が利かなくてすみません……。でも、それじゃなんて呼んだらいいんですか?」

「う、うーん……じゃあ、『天使さん』って呼んで……っ!」

「……そのまんまじゃないですか」

「この格好だし、なによりホントのことだからっ! ねっ、いいでしょ?」

「っ……それでいいなら……あ。俺は――」

飯田いいだ梨久りくくん」

「……っ!? せ、正解です……」


 ――どうして俺の名前を……!?


 ぐぅううう〜……。


 ――ん?


 急に可愛らしい音が鳴ると、天使さんが恥ずかしそうに顔を俯かせた。


「うぅぅ……っ」


 ――この反応は、もしかして……。


「お腹空いてるんですか?」

「っ……う、うん」

「じゃあそろそろお帰りに…――」

「か、帰れないの!」

「帰れない? って、どういうことですか?」

「そ、それは……」


 ぐぅううう〜……。


「あ……あははは……」


 天使さんはちょっぴり恥ずかしそうにお腹を擦った。


「…………はぁ」


 なにやらワケありのようだけど、仕方ない。


 俺は振り返ると、台所に置かれているコンビニ袋を見た。その中には、偶然にもついさっき買ってきたカップ麺が入っていて……。


 ――うっ、うぅーん……。

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