ER:Birth of the time

NAO

Sword made in the world

前編 雷光の如き勇気

650→?→1 昔←記憶=夢→今

 ──ソラには銀白の太陽が輝いていた。それはまるで世界の誕生を告げた大爆発のような眩さだった。


 だがその光が強ければ強いほど、闇が強くなるのもまた必然。天上の白い太陽、地上は黒煙の地獄。俺は天にはいられない。地に足をつけて地獄を味わう。


 逃げ惑う人々、火をつけながら倒壊する建物、この国は確実に死んでいく。人々が積み重ねてきた平和を願う心は、たった一夜にして打ち砕かれた。


 人が人を殺す。人々は今一度、自分が何者なのかを見つめ直す。そしてその胸の奥に宿る醜さを直視した。


 何度も何度も見た光景。物陰に隠れ、子供は母親の顔を見ながら無邪気に訊く。


「あついね。すずしくならないの?」

 

  母親は手を合わせ、拝みながらこう返す。


「神さまがなんとかしてくれるからね」


 子供は蟻を見つけたように指を差す。


「あ、かみさま」


 母親は暗がりから指された指の先で自らの世界の終わりを知る。狭い路地裏でもしっかりと輿みこしに座ったその御姿を見れるように、親切にも黒いローブ姿の男たちはゆっくりと歩いてくれていた。


 ──人間で出来た御輿みこし。その材料はただ一人。


 首を刈られた胴体は台座に、首は台座胴体の上に乗せられて腰掛けに、両手足は切り取られ、担ぐための持ち手として再び接合されていた。それは神だったモノ。絶対的な存在としてこの世界の頂点に立った王家の当主。すなわち──俺の父親だ。


 子供が見たのはかつての神ではなく、その神を殺し、成り代わった人神。尊敬するのは自分自身。神に反逆し、討ち取ったその首へと躊躇いもなく座る最大限の不敬を逃げ惑う人々に見せつける。


 真っ黒な髪は正しく闇の象徴。目は邪悪な輝きを放つ真紅。高笑いを上げながら馴れ馴れしく人々を見つけるたびに手を振っている。そいつは紛れもない悪だった。


 俺が声を上げそうになると、俺の口を誰かが手で塞ぐ。そして俺を引っ張って路地裏の奥へと駆け込んでいく。


 ──逃げる。逃げるんだ。あの男は俺を見つけたら確実に殺しにくる。


 路地裏を風のように走り抜ける。物、人、全てが焼き尽くされた匂いがごちゃ混ぜの空気。それを胸いっぱいの酸素交換の代償に感じ取る。


 手を繋いで走ってくれる人は誰か? 分からない。思い出せない。記録はあるのに記憶には残ってないような感覚。だが分かるのはそれがまだ十歳程度の少年であり、彼が血塗れの少女を抱えていること。少女は喘鳴を出しながら迫り来る死と戦っている。俺は少女に頑張れと声をかけることさえできなかった。恐怖に耐えるだけで精一杯。俺はあまりにも無力だった。

 

 少年はこの街のことを熟知しているのか、迷いのない進路で逃げる。後ろは振り返らない。力尽きて倒れた人も、もう生き絶えた人も全て見捨てる。自分たちが助かるために全力を尽くす。俺たちにできることはそれしかなかった。


 路地裏の行き止まりに着き、少年は地を蹴った。軽やかに建物の出っ張り部へ足をかけ、俺と少女を抱えながら少年は屋上に登る。


 姿勢を低くし、街の状況を見渡す。街は火の海となっていた。中央の広い通りには人が集中している。そして彼らは背後から迫り来る火の波に飲まれ、徐々に焼かれていく。どこもかしこもそんな状況だ。燃えてないのは水平線奥に見える校舎のみ。その校舎一帯の範囲のみが無傷であり、人々は皆そこ目掛けて逃げ込んでいるようだった。


 少年がハッと後ろを振り返る。そして反射的に俺を突き飛ばし、少女を抱えながら俺の反対方向へと転がる。何が起きたか分からないまま、俺の首に鋭い痛みが走った。


 ──首に牙が刺さっている。瞳孔が開いた目で俺は俺の体にのしかかる狂犬を見た。体長三メートルほどの巨大な黒い犬。俺の動脈へと牙を突き刺し、滲み出る血液を美味そうに喉を鳴らして飲み込んでいる。


 意識が飛びかける──俺に何が出来たっていうんだ──さっきの──あの声だけしか──もう、聞こえない──。


 ──ごめんなさい……! 助けておにいちゃん!! 今までずっと無視してごめんなさい!! でもどうしようもなかったの!! 助けて……! 助けてよ……あ、やめ、いたいいたいアァア──!!


 ついにその首がもぎ取られる。俺に向けられた懺悔の目は閉じることなく、俺に呪いを植え付けるようにいつまでも俺に視線を突き刺してくる。四股も首ももがれ──死んだ。妹は死んだ。家族はもういない。


「……!! が、アァァァァ!!」


 やっと目が覚めた。遅すぎる目覚め。フラッシュバックする絶望の記憶が、体に宿る防衛本能を強制的に発揮させ、俺を生き地獄に叩き落とすために悪魔の力を呼び覚ます。


 ──腕がほどけていく。筋肉を押し上げて浮かび上がった赤黒い線虫。神経と癒着したそいつは筋肉を食い破り、外界へと現れる────


「抑さえろ、スパーダ!!」


 その聞き馴染みのある声で俺の視界は切り替わった。いつものベッドの上、いつもと違うのは俺の右腕。夢で見た線虫が腕から突き出してウネウネと動き回ってる。


「くっ……! このっ……!」


  俺は左手で右腕の筋肉部と突き出した線虫の境界を押さえたまま、ベッド横の椅子に置いてある木の棒──杖を咥える。


 咥えた瞬間、杖は長さ二十センチほどの果物ナイフへと姿を変えた。そして俺はそいつで左手に傷をつけ、血を流す。すると飛び出した線虫はその血を求めて左手へと密集してきた。


 ぐちゃぐちゃと音を立てながら左手を弄る線虫共。舌で舐め回されるような不快感が伝う。そして数秒経つと血の味に満足したようで俺の右腕へと引っ込んでいった。流した血は綺麗さっぱり消え去っていた。


「はぁ……はぁ……ありがとう、マック」


「礼には及ばん。傷は大事ないか?」


 ルームメイトのピーター・カーマック──マックは相変わらずの眉ひとつ動かさない鋼鉄の表情で尋ねてくる。


「ああ。気持ち悪いが、この蟲がすぐに直してくれる。なら最初から傷つかせるなって言いてえけどな」


 線虫は腕に収まり、中で微弱ながら脈動している。数秒経つと赤いミミズ腫れのようになり、さらに数秒経った頃にはごく普通の人間の腕に戻っていた。


「……神家の紋章か。五大国の王たる聖五神一族のみが持つ、超高密度の魔力炉。そしてそれは『剣使いスパーダス』の証明となる。普段は見えないようだが……無闇にその力を使うなよ。……お前はその身で剣使いの扱いを痛感しただろうから心配ないと思うが」


「……奴隷時代は辛かった。嫌でも忘れないさ」


 そうだ。ここは夢の世界だったはずなんだ。俺の生まれ故郷で、本当の家族が生きていて、差別のない幸せな世界だったはずなんだ。だけど七年前。あの「神殺しの夜」によって闇へと飲まれ、世界は変わってしまった。

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