第35話 閃輝電光拳

 ◆ 


 襲いかかってくる老婆めがけて、ボクは隠していた拳を振りかぶった。


 パキッ!


 拳の皮膚に無数のヒビ割れが広がり、一気に硬質化していく。


 そして、ヒビの隙間から微弱の電流が漏れ出し、拳を覆っていく。


 閃輝電光拳


 老婆の頬にボクの拳が直撃した。


 老婆の身体はグルッと回転し、壁に激突した。


「まだだ!」


 間髪入れずにボクは老婆の懐に飛び込んだ。


 一撃二撃三撃四撃。


 体力の続く限り老婆の顔を殴った。


 老婆もヴァジュラで硬質化している。


 でも、キュウタにくらべると硬度は低い。


 確実にダメージが入っているのがわかる。


 老婆の顔がブルブルと震えている。


 あと少し。


 あと少しでコイツを倒せる。


 ボクは拳を振りかぶった。


 コイツで仕留める。


 しかしその瞬間、老婆は口から血を吐き出した。


 血が目に入って目の前が真っ黒になる。


 「グェェェー!」


 老婆の絶叫が耳元で響く。

 

 そして腕に焼けるような痛みが走る。

 

 噛まれた?


 ボクは老婆を振り払おうと必死で暴れるが、老婆の重みが腕に強くのしかかる。

 

 老婆が噛んだ場所の感覚がなくなっていく。

 

 これは、あの時と同じ現象。


 このままだとボクの全身は塵芥となってしまう。


 できればやりたくなかったけど、あれをやるしかないのか。


 ◆◆


 岸森くんに教えてもらった戦い方。その3


「ヒビワレに噛まれたらどうなるか。わかるな」


「駐車場で見た。金沢亨に噛まれた女の人が光の粒になって消えていくのを」


 少し綺麗だったなぁとボクはあの時の光景を思い出した。


「ヒビワレに噛まれた場所はヴァジュラ化する。ヴァジュラの侵食によって硬質化した体は次第にほつれていき、やがて大気中に拡散する」


「じゃあ、噛まれたら終わりだね」


「普通の人間ならそうだ」


 普通の人間なら……。


「あの時、ボクも金沢亨に噛まれた。でもなんとかヴァジュラ化は免れた」


「厳密に言うとそれは違う。あの時、お前の身体はすでにヴァジュラ化していた」


「だから助かった?」


「あの時、お前の手足はバラバラにされた。だが血は流れなかった」


 あの時は必死だったから、気づかなかったけど、それは不思議だった。


 普通だったら出血多量でボクは死んでた。


「切断された傷口はヴァジュラによって覆われる。宿主の体を守るための防衛行為だ」


 なんだか自分の体が自分のものじゃないみたいだとボクは思った。


「これは逆に言うと、四肢を切断したくらいなら、俺たちは死なないということだ。ただ頭部を切断されたらアウトだ」


「たぶん、心臓とかの臓器もダメだよね」


「そうだ」


 あくまで皮膚の延長上にある力ってことだろうか。


「そして、切断された四肢は傷口をつなぐことで元に戻すことができる」


「あの時はありがとう。でも、元に戻せるって言っても、切れた時の痛みを考えると


 二度とあんな目には会いたくないな」


「……」


 岸森くんは何も言わない。


「もしかして、これをやれってこと?」


「防衛手段の一つとして覚えておけ。もしもヒビワレに噛まれて分解されそうになったら、部位を自分で切り離せ」


「嫌だよ。そんなこと」


「だったら、絶対に捕まるな」


 ◆◆◆


 ボクは自分の腕めがけて、閃輝を放った。


 老婆のヴァジュラが侵食していた右腕の細胞の結びつきは脆くなっていたのか、腕はあっさりと引きちぎれた。


 目潰しを食らっていたので、引きちぎれる瞬間は見えなかった。

 でも、あの焼きごてを当てられているような熱い痛みが、ボクの体を再び貫いた。


 軽くなったボクの体は、よろけて壁にぶつかる。


「グェェェェ!!」


 老婆の強い絶叫が聞こえた後、バタンと何かが地面に倒れる音が聞こえた。


「これで拭け」


 岸森くんから渡されたハンカチで目を拭った。


 ぼやけた視界が少しずつはっきりとしてくる。


 足元には、切断された老婆の頭が転がっていた。


 岸森くんが仕留めたんだ。


「ごめん。油断した」


 ボクは岸森くんに謝った。


 何より自分の甘さに嫌気がした。


 畜生。


 あとちょっとだったのに。


「悪くなかった」


 意外な言葉が岸森くんの口から聞こえた。

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