#105 悪の美学

「来たか……」

「ハッ。いかが致しましたでしょうか、魔王様」


 兵士の一人が魔王の間にひざまづいた。

 兵士は魔王に呼ばれてこの場にやってきた。しかし、呼ばれることの理由に見当がつかない。

 故に、先日の成果が認められ、ついに幹部へ昇格できるものだと思っていた。内心では喜び一色。緩みそうになる口元を必死に抑え、抑えて、魔王の言葉を待つ。


「我が貴様を呼んだ理由、わかるか?」

「申し訳ございません。私には見当もつきません」

「そんなはずなかろう。貴様は先日大きな成果を挙げたではないか」


 兵士は口角が上がるのを必死に抑えた。


「それは……私が青ヒーローを倒した、ことでございますか?」

「そうだ。貴様は青ヒーローがやってきた際、奴が変身し、その姿が変わる前に攻撃をした。事実か?」

「事実です」


 ヒーローたちは魔王様の侵略を邪魔する不届者だ。ただの人間たちのはずが、裏切り者の博士によってスーツに身を包み、『変身』をすることで超人的な力を手に入れる。その力によって、これまで何度も幹部や兵士たちが倒されていた。

 魔王様も、日々ヒーローたちを倒すべく作戦を考えている。


「なぜだ」

「……え?」

「なぜだ、と聞いている。姿が変わる前に攻撃した理由を述べよ」


 その声はとても静かだった。

 兵士はなぜ魔王様がそんなことを聞いてくるのか、不思議でたまらなかった。


「奴らは姿を変えることで、超人的力を手にします。しかし、変身前は至って普通の人間。刃で切り付ければ皮膚は裂けますし、鈍器で殴れば骨が砕けます。彼らが脅威となるのは変身後。つまり変身前、人間の時に攻撃して仕舞えば簡単に──」



「ふざけるなああああああああああああああああああ!!!!!」



「──!?!?!?!?」


 魔王様の怒号。


「貴様……それを本気で『やって良いこと』と判断したんだのだな? 変身中のヒーローを攻撃すること、変身前に攻撃すること、それを『良し』と判断したのだな?」

「あ、え、ま、魔王、さま……?」

「答えよ。貴様はそれを『良し』と判断したのだな?」

「お、仰っている意味が、わ、わかりま、せん。私は、私はヒーローを倒したのですよ? 魔王様の侵略を邪魔する、憎きヒー──」




「それを良しとしたのかと聞いているんだ!!!!」




「ヒィッ!!!!」


 兵士は崩れ落ちた。

 なぜ魔王様がここまで怒っているのか。

 理由がわからない。


「……もうよい。貴様は我々『悪者』がやってはいけない法を犯した。よって、我の手で処刑する」

「──え?」


 今、魔王様はなんと言った?

 しょけい? ショケイ? 処刑? shokei???


「な、なぜです魔王様!! 私はあなたのためにヒーローを倒したのですよ!!」

「貴様が倒したのはヒーローではない!! 人間だ!! ただの人間だ!!」

「な、何を言って──」「──もうよい。消えろ」


 魔王が手を振り、兵士は一瞬のうちにチリとなって消えた。

 広間には静寂が訪れる。


「まったく、ヒーローの変身を妨げることまではよい。だが変身前を殺してはいけぬ。それでは人間殺しだ。我が望むのはヒーロー殺し。あの裏切り者の作った力を見にまとい、我らに立ち向かってくるヒーローなのだ。ただの人間を殺しても、意味はない。悪の美学がわからぬ貴様は存在そのものが不要だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る