#104 上向かないと
「あ、すみません」
「いえ」
男の謝罪を私は片手で制した。
すると、男は気にする様子もなく歩き始める。スマホに視線を向けたまま。スマホに視線、つまり下を向いたまま歩いている。これではまた誰かとぶつかるだろう。気になって数秒、男の姿を目で追ってみる。
ほら、思った通りまた人とぶつかっている。しかも今度は相手の方もスマホを見ていた。お互いに謝罪を述べ、歩き出す。スマホを見たまま。
そんなに有益な情報が載っているのだろうか。いや、違う。きっと自分より不幸な人のネタを探して、勝手に『自分は大丈夫』と優越感に浸りたいだけだ。
私は歩みを再開する。いつもの喫茶店に着くと、待ち人の席へ案内された。
先に待っていた人物は「やあ」と片手を上げてきた。
「お疲れさん。今日も上々の出来か?」
「ええ。楽勝よ。そっちは」
「こっちも」
満足そうな笑みを浮かべて、コーヒーを口に運んだ。
テーブルには彼の戦利品だと思われる財布や金品の数々。どれも人間たちから奪ったものだ。
それを見る度に、私はため息をつく。
「まったく、人間たちは進化したと聞いていたけど、どこかよ。こんなの進化ではない。退化、だ」
「言いたいことはわかる。けれど、そのおかげで私たちは楽に生活できてる。そうだろ?」
「私は地球に憧れ持ってやってきたの。それなのに、人間たちはみんなスマホばっかり見てる。知ってる? 今や電車やバスに乗ればみんなスマホに夢中よ」
私の価値観では下を向いて歩くなんてナンセンス。それじゃ何もなし得ないし、何もできない。何も気づかない。
こうやって、私は男のポケットから財布を取ったことも、私の顔が特殊メイク
で作られたもので、本当は人間──そもそも地球人じゃないことも、この星の人間たちは気づかない。
全員、手に持つ小さな機械を見ている。
店員に注文をして、去っていったのを見届けてから問いかける。
「それで、話って何?」
「ああ。この星をさることになった」
それは私にとってあまりにも衝撃なことだった。
「なんで?」
「この星の価値、正確には人間の価値が下落したからだ。この先の進化、成長は見込めない。よって、ザルギャー星人が作戦を決行することとなった。私たちを含めた潜伏宇宙人は退避することになったんだよ」
「いきなりね……けど、察するわ。こんな人間たちに価値は見出せないもの」
「君もすっかり見放したみたいだな」
「去年なら猛反対してた。けど、もういいわ。それで方法は?」
「これを使うのさ」
指で示す先にあるのは、スマホ。
納得。今の時代誰しも手にしていて、誰でも見るもの。うってつけだ。
「決行は三日後」
「ちょっと早くない? 退避準備だってあるのに」
「問題ないよ。今の時代、上を向いている人間は少ない。私たちの行動に誰も気づかないさ」
「……それもそうね。下ばっかり見てるんだから、何も気づけないわよね」
この喫茶店の中を見てみると、メイクが下手な宇宙人がいる。
けれど、人間はそれに気づかない。
店内の人間はみんなスマホに夢中だ。
三日後、スマホから発せられたウィルスにより人間は絶滅。
地球は緑の星の姿を取り戻した。
人間たちが下を向かず、上を向いていたら、こんなことにはならなかったのに。
失望したわ。ほんと。
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