#87 理想を追い求めて
家を出て数分。私はそこで一旦立ち止まった。
──うん、大丈夫きっとうまくいく。
そう何度も自分に言い聞かせた。この日のために私は何度もシミュレーションしてきた。どれぐらい髪が乱れていれば『走ってきた感』を出せるか。どのくらい息を切らしていれば『焦っていた』を出せるか。どのくらいのスピードなら、自分も相手も怪我をしないか。
とは言っても、怪我の心配は私の方にだけ必要だ。理想は私が尻餅をつく程度。「イタタタタ」と言えるくらいのものがいい。だって彼は運動部に所属しているし、何より体格がいい。下手な衝突では私が怪我をしてしまう。
──あと、数分。
彼はとても真面目な人間だ。毎日同じ時間に家を出て、毎日同じ道で学校へ向かう。その歩く速度も一緒。
だから計算すれば、タイミングは計りやすい。
──そろそろ準備しなくちゃ。
髪をくしゃくしゃにして、霧吹きで少し汗ばんでいるのを演出。肩の上下運動はこのくらいにして、呼吸の浅さ、速度も調整。
──おっと、いけないいけない。最後の準備を忘れるところだった。
最後に、私は鞄からラップに包まれた食パンを取り出す。ラップを外し、鞄の中へ。肝心な食パンは加えて、曲がり角から少し離れる。
あとは──。
「イッケナーイ、遅刻遅刻!」
お決まりのセリフと共に角から飛び出すだけ。そうすれば彼の分厚い胸板にぶつかって、運命の恋が始まるのよ!!
見えた!
「キャ──ンぐ!?」
え……嘘、なんで、あなたが走ってるの? ちょっと、この衝撃は計算外。
あ、待って、パンが喉、に……。い、いき、が……ぁ…………。
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