第5話 異世界転生して魔女になった男

【魔女視点】

 オレには、前世の記憶があった。

 前世は、太陽系第3惑星地球、日本国北海道札幌市に産まれた。

 裕福でも貧乏でもない、一般家庭で育った。

 美形でも不細工ぶさいくでもなく、どこにでもいるモブ男だった。

 普通に働いて適度に遊んで食って寝るだけの、ありふれた日常。

 付き合った彼女も何人かいたが、生涯しょうがい童貞どうていで独身。

 オレは、主人公にはなれない。

 産まれて死ぬまで、モブとして生きていく。

 それを不幸だと思ったことはないし、これはこれで気楽で結構幸せだと思っていた。

 しかし、2019年に世界的流行パンデミックをもたらした「新型コロナウイルス感染症」に感染してもだえ苦しみながら死んだ。


 次に目を覚ました場所が、魔の森だった。

 前世のことはハッキリと覚えているのに、今世のことは何も知らない。

 気が付いたら、森の中でひとりぼっちだった。

 

 訳も分からずに森の中を歩き回っていると、ひとりの魔の者と出会った。

 長い角が生えたヤギの頭、上半身は人間、下半身はヤギ。

 背中に4枚の翼を生やした、全身真っ黒な半人半獣はんじんはんじゅう

 初めて見た魔の者、それがKeithキースだった。

 恐怖と驚きで声も出ないオレに、キースは気さくに声を掛けてきた。

 

「あれ? お前、誰?」

「え、えっと……」


 親切なキースは、この世界のことをいろいろ教えてくれた。

 キースの話を聞いて、剣と魔法の世界へ異世界転生したことを知った。

 オレは「魔の者」と呼ばれる、亜人種あじんしゅに転生したらしい。

 ファンタジー創作物に出てくる、ゴブリンやオークみたいな人型のモンスター。

 ほとんどのファンタジー物と同じように、人間と魔の者は対立し合っている。

 人間は魔の者を嫌い、魔の者も人間を嫌っている。


 そんな世界でも、オレはモブだった。

 名前がないモブはさすがに悲しいので、Aaronアーロンと名乗ることにした。

 アーロンの由来は、響きがカッコイイから。 

 生まれ変わった体は、前世よりもはるかに強靭きょうじんで魔法も使えた。

 だから、サバイバル生活でも余裕で生きていけた。

 

 それでも前世の記憶があるから、雨風がしのげる家が欲しくなった。

 木をり倒し、ログハウスのような小さな家を作った。

 家が出来ると、今度は家具が欲しくなる。  


 キースから人間に変身する魔法を教えてもらい、人間に化けて人間の街へ行った。

 建物は全て、石やレンガで出来ている。

 中世ヨーロッパのような、中世ドイツのような、中世フランスのような、中世の外国を混ぜこぜにしたみたいな不思議な街。

 異国情緒いこくじょうちょあふれる街並みで、見ているだけでも楽しい。

「本当に異世界転生したんだなぁ」と、しみじみしながら街を歩き回った。


 しかし、金がないと何も買えない。

 一旦いったん森へ戻ってキースに相談すると、おこずかいとアドバイスをくれた。


「とりあえず、それやる。金が欲しかったら、まきでも作って売ったら?」

「分かった、ありがとう」


 この世界でも、まきは生活に欠かせない燃料らしい。

 キースのアドバイスにしたがって、大量のまきを作ったらそこそこ良いお値段で売れた。

 その金で、作業着や工具などを買った。

 買った工具で、家具を作った。

 オレ、子どもの頃から物作りが好きなのよね。

 ひと通り家具を作ったら、やることがなくなった。

「次は何しようかな~」と考えながら森を歩き回っていたら、いきなり人間の若い男に襲われた。

 

「このみにくい魔の者め! このおれさまが、お前を倒してやるっ!」

「は? なに? 急に」


 魔の森は、魔の者のみか。

 勝手に入ってきて、襲われるのは意味が分からない。

 見ず知らずの人間が入ってきて襲ってくるって、強盗じゃん。

 勇者や冒険者に襲われたゴブリンやオークも、こんな気持ちだったのかねぇ。

 そっちから襲ってきたんだから、反撃してもいいよね。

 殺す気はないから、適当に相手をして追い返してやった。

 

 そうしたら、数日後にまた来た。

 ひまだったし、適度に遊んでまた追い返してやった。

 数日後に、今度は仲間を連れていどんできた。

 ヤツらはりるということを知らないようで、追い返してはまた来るを何度もくり返した。


 だんだん面白くなってきて、赤いローブと白い仮面でコスプレをしてヒーローごっこをするようになった。

 ヒーローごっこといっても、オレが悪側なんだけどね。

 向こうは何度いどんでも、オレにはかすり傷しか与えられなかった。


 ちょっと本気を出したら、うっかりひとり殺してしまった。

 当然のようにうらまれて、敵討かたきうちをしに来るようになった。

 毎日、武装した人間たちが何人もやってくる。

 そのうち面倒臭くなって、いどんでくる人間どもを全員殺すようになった。

 

 転生してから百年もつと前世は遠い記憶になり、おぼろげにしか覚えていない。

 そしていつしか、「森の邪悪な魔女」と呼ばれるようになっていた。

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