第14話 絶望

【アーロン視点】

 大勢の人間が、雄叫おたけびを上げている。

 その声に応えるように炎も勢いを増し、激しく燃え上がる。

 どうやら、まだ生き残りがいるらしい。

 無駄に数ばっか、ウジャウジャ増やしやがって。

 ガソリンの臭いがただよい、炎で気温が上昇し、空気がひどく乾燥している。

 煙が立ち込めて、周りが白くかすんでよく見えない。

 口元をおおっていないと、煙を吸い込んでむせる。


 オレが長年守り育ててきた、美しい森が燃えていく。

 この森がどれだけ大事なものか、人間どもには理解出来ねぇのか。

 森林火災で大気たいきや水が汚れ、罪もない動物や魔の者まのものが焼け死ぬ。

 人間も空気を吸うし、水も飲むし、動植物だって食べるクセに。

 森を元に戻すのに、いったい何年かかることか。

 なんで人間は、感情論かんじょうろん破壊活動はかいかつどうおよぶのよ。

 なんで人間は、目先めさきのことしか考えられねぇんだ。

 そんなに、魔の者が憎いのかよ。

 人間の社会で何かある度、八つ当たりみたいに襲撃しゅうげきしてきやがって。

 何なのよ、そのくなき破壊衝動はかいしょうどう


 オレはただ、森の中でひっそりと暮らしていただけなのに。

 確かにオレは今まで、数えるのもバカらしくなるくらい人間どもを殺してきた。

 でも、別にこのんで殺した訳じゃない。

 てめぇらが襲って来なければ、殺さずに済んだんだべや。

 なのに、逆恨さかうらみしやがって。

 クズすぎて、反吐へどが出るわ。

 人間は何か不都合ふつごうがあると、「誰かのせい」「何かのせい」にしたがる。

 どうせ今回も、クッソつまんねぇ言いがかりなんだべ。


 フェリックスの件だって、そうだ。

 奇跡きせきの力を、持っていなかった。

 ただそれだけで幼い子どもわらす迫害はくがいし、街から追放ついほうしやがったクセに。

「魔女が、無能力の子をらった」なんて、根も葉もない噂を広めやがって。


 人間に感謝することがあるとすれば、フェリックスを捨ててなげてくれたことくらいか。

 フェリックスを拾ったばかりの頃は、初めてのことばかりで苦労することが多かった。

 なんせ、人間の育て方なんて全然知らなかったからな。

 でも、苦労よりも幸せの方が何倍もあった。

 笑顔が天使みたいにかわいくてめんこくて、いるだけでたまらなく幸せで。

 オレに抱っこをおねだりして、嬉しそうに甘えてくる。

 毎日毎時毎分毎秒、愛おしさがつのっていった。


 子どもこっこは、どうしてかわいいめんこいのか。

 それは愛したくなるように、かわいいめんこい姿で生まれてくるからだそうだ。

 オレはフェリックスを拾って、初めて愛する喜びを知った。

 フェリックスは、オレに愛することを教える為に、存在しているのかもしれない。

 きっとこの先もずっと、色んなことをたくさん教えてくれるだろう。

 これからもオレは、フェリックスだけを愛し、魔の者にあだなす人間どもは殺す。

 オレの幸せをうばおうとするヤツは、誰であろうとも許さない。


 🌞


【キース視点】

 森全体の状況を把握はあくすべく、俺は空高く舞い上がった。

 眼下がんかに広がる惨状さんじょうを目にし、怒りと悲しみを覚えて顔をしかめる。


「ヒデェことしやがる……」


 今回の襲撃は、人間の方が一枚上手いちまいうわてだったようだ。

 部隊ぶたいを分けて、森を焼きちしていたんだ。

 森のあちこちで、火の手が上がっている。

 今までアーロンが懸命けんめいに管理してきたってのに、なんてことしやがる。


 上空から周りを見渡していた時、一番大きな火のかたまりが目に入った。

 あれは、アーロンの家だ! 

 マズい! あそこには、フェリックスとワンコがいるっ!

 もし逃げ遅れたら、ふたりとも死ぬ。

 ふたりとも怪我なく、ちゃんと外へ避難出来ひなんできただろうか。

 でも、ふたりとも、まだ幼いし……ひょっとしたら。

 途端に、胸がざわつき出す。

 俺はアーロンの側へ急降下きゅうこうかし、状況を報告ほうこくする。


「おいっ、ヤベェぞ! お前ん家、燃えてるっ!」

「マジかよっ? どんくらいっ?」

 アーロンは驚愕きょうがくして、俺に詰め寄ってきた。

 その剣幕けんまくに、ちょっと引きつつ答える。


「めっちゃ燃えまくってた! もし、逃げ遅れたら……っ!」

「戻んぞっ!」


 アーロンは最後まで聞かず、大急ぎで家へ向かって走り出した。

 人間どもが暴れていても、少しも関心かんしんしめさない。

「何よりもふたりの安否あんぴだけが気がかりだ」と、態度たいど物語ものがたっている。


 俺は風を操って充満じゅうまんした煙を吹き飛ばし、アーロンの前に道を開いてやった。

 さらに追い風で、背中を押してやる。

 追い風に背中を押されて、アーロンの走る速度はぐんと上がった。

 人間どもの前には風の壁を作り上げて、近付けないようにする。

 無謀むぼうにも風の壁に近付いた人間どもは、風に吹っ飛ばされた。

 これでしばらく、時間稼ぎが出来る。


 風の力はめっちゃ便利で、工夫次第で色んなことが出来るんだぜ。

 雲を風で押し流して、天気を操ることも可能。

 もちろん、空に雲があることが条件だけど。

 今は、大規模森林火災だいきぼしんりんかさいが発生したから、火災積雲かさいせきうんが出来ている。

 炎で地上の水分が蒸発じょうはつし、熱せられて軽くなった空気と共に、空へ昇る。

 空気中にただよっている細かなちり水蒸気すいじょうき結合けつごうすると、雲になる。

 水蒸気が多すぎるとちりが水分を支えきれなくなって、雨となって地上へ落ちてくる。

 大火災だいかさいの後に、雨が降るのはこの為だ。

 そろそろ雨雲あまぐもを集めて、消火しよう。

 

「オレの……家が……」


 アーロンの家は、巨大な炎に包まれていた。

 オレンジ色の炎が燃えさかり、あまりに勢いが強すぎて近付けない。

 炎の中に、黒く炭化たんかした柱や屋根が見えている。

 ゴウゴウと激しく燃える音と、バキバキと崩れ落ちる派手な音が聞こえる。

 炎の勢いに合わせて、大量の黒煙が天をつらぬく太い柱のように伸びている。

 アーロンは呆然ぼうぜんと、燃える家を見つめている。


「オレ……フェリックスに『』って、言っちまった……」


 恐怖に震え出し、弱々しい声でブツブツとつぶやき出す。


「あいつは……オレの言いつけは必ず守るから、もしかしたら逃げ遅れて……」

「大丈夫だって! フェリックスなら、ワンコがなんとかしてくれてるってっ!」


 今にも、炎へ飛び込んで行きそうなアーロンを、慌てて引きめた。

 そんな時、どこからかおおかみ遠吠とおぼえが聞こえてきた。

 アーロンは動きを止めて、ハッとする。


「あれは、ワンコの声か?」

「ほら、アイツが生きてるってことは、フェリックスも無事だよっ!」


 俺はなだめるように、アーロンの肩を叩いた。

 ワンコはいつだって、フェリックスの側にいた。

 アイツがフェリックスを置いて、ひとりで逃げるはずがない。


 狼が遠吠とおぼえをする理由は、3つある。

 ひとつ、自分の縄張なわばりを知らせる為。

 ふたつ、群れからはぐれた仲間を探す為。

 みっつは、仲間とのきずなを深める為。


 愛する仲間を想い、一緒にいたいと願って、狼は遠吠えするんだ。

 きっと、うちらを呼ぶ為に、わんこが遠吠えをしている。


「でも、どこに……?」


 周りを見回しても、ふたりの姿はない。

 家の裏手うらてに回って見ても、いなかった。

 遠吠とおぼえは、近くから聞こえているのに。


「おい! どこにもいねぇぞっ!」

「まだ、中にいるんじゃ……?」

「まさかっ!」


 その、まさかだった。

 耳をすませてみると、炎の中から遠吠とおぼえが聞こえた。


「……マジかよ……」


 すさまじい炎の中から、ふたりを助け出すなんて不可能だ。

 この状況を打開だかいする力を、うちらは持っていない。

 今すぐ、豪雨ごううが降ったところで手遅れだ。

 目の前にいるのに、何も出来ない無力感むりょくかん


 やがて、うちらを絶望の底へ叩き落とすかのように、音を立てて家が焼け落ちた。

 炎へ向かって、アーロンが激しく泣き叫んだ。

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