第13話 抗戦

【アーロン視点】

 森全体にめぐらせた結界けっかいに「人間」の反応があった。

 人間ごときが、魔の者まのもの縄張なわばりに踏み込みやがった。

 それも、尋常じんじょうな数じゃない。

 今までの「魔女狩まじょがり」とは、桁違けたちがい。

 奴らが押し寄せてくる音と、殺気さっきに満ちた怒鳴どなり声。

 どこからともなくただよってくる、何かが燃える臭い。

 キースも気付いたらしく、顔から笑みを消して黙り込む。

 ワンコも警戒けいかいしてきばき、低いうなり声を上げている。

 フェリックスもうちらの表情を見て、ただごとじゃないとさとったのかおびえ始めた。


「みんな、どうしたの?」

「フェリックスは、こっちで良い子にしてろや」


 オレはフェリックスを抱き上げ、寝室へ運ぶ。

 フェリックスをベッドに下ろすと、ワンコもベッドへ飛び乗った。

 真剣な顔をしたキースが、ワンコに向かって言い聞かせる。


「お前は、フェリックスを守るんだ!」


 ワンコは「わんっ!」と、ひと鳴きした。

 拾ってから約半年がち、ワンコもだいぶ大きくなった。

 成獣せいじゅうと比べると、まだ小さいこまいけど。

 ワンコは、フェリックスの忠実ちゅうじつ守護獣しゅごじゅうだからな。

 いざとなれば、全力でフェリックスを守ってくれるだろう。

 恐怖に震えながら、フェリックスがワンコをギュッと抱き締めた。

 なだめるように、ワンコがフェリックスの顔をめ始める。

 フェリックスは、ワンコに任せても大丈夫そうだ。

 オレはフェリックスと目を合わせて、なだめるように言い聞かせる。


「フェリックス、ちょっと行ってくるわ。いいか? 

「うん」


 フェリックスは、神妙しんみょう面持おももちでうなづいた。

 素直なフェリックスが愛おしくて、頭をでてやる。


「よし、良い子だ」

「ぼく、いいこにしてまってるから、はやくかえってきてね」 

「もちろん、すぐ終わらせて帰って来るから、ちゃんと待ってんのよ」

「は~い、いってらっしゃい」

「行って来ま~す」


 離れがたく思いながらも、フェリックスの頭から手を離す。

 オレとキースは、フェリックスに手を振りながら、寝室の扉を閉めた。


じゃあしたっけさっさとちゃっちゃと、やっちまうべ」

「よっしゃ! うちらでぶっ飛ばしてやろうぜっ!」


 キースと顔を見合わせて、悪い笑みを交わした。

 赤いローブを身にまとい、魔女の仮面をける。

魔女狩まじょがり」なんて、かえちにしてやる。

 うちらの縄張なわばりに踏み込んだことを、死ぬ程後悔ほどこうかいさせてやる。

 何があろうとも、フェリックスだけは絶対に守る。

 フェリックスのぬくもりが残る右手を、強く握り締めた。


 🌞


【キース視点】

 外へ出た途端とたん、燃える臭いと黒い煙が立ち込める。

 周囲一帯しゅういいったいの草木が赤々と燃え、空気が熱く、火の粉がちゅうを降っている。

 煙や灰を吸い込まないように、服の端で口元をおおった。


「チクショウ! 人間どもが、うちらの大事な森を燃やしやがったっ!」

「クソが! 許さねぇ! 皆殺しにしてやるっ!」 


 恐らく、魔の者をおびき出す為に、魔の森に火を放ったんだ。

 普段はジャマだから、しまっていた背中の翼を出す。


「アーロン! 俺、先に行くぞっ!」

「おう! オレも、すぐ追うわっ!」


 翼をはためかせて、上空へ飛ぶ。

 空から見下ろすと、大勢の人間がいた。

 ざっと見ても、50人ぐらいいそう。

 よくもまぁ、こんだけ集めたもんだな。

 上から見ると、アリがうじゃうじゃしているみたいでキモい。


 火炎瓶かえんびんを投げたり、ガソリンをいたり、武器を振り回して暴れている。

 よくも、うちらの縄張りで、好き勝手やってくれたな。

 だったら、お前らが放ったその火、利用りようしてやるよ。

 翼であおいで、さらに炎を大きく燃え上がらせる。

 風を起こして炎の向きを変え、人間達の周りに炎の壁を作り上げる。

 炎の壁に囲まれて、逃げ場を失った人間達は、黒煙を吸い込んでむせている。

 人間達は悲鳴を上げ、しきりに炎を消そうとしているけど、無理っしょ。

 だって、さっき自分達で、ガソリンをきまくってたじゃん。


 ガソリンは、一度火が着いたら、そう簡単には消えない。

 ガソリンは引火性いんかせいが高く、非常に気化きかしやすい。

 ぶちまければ、目に見えない気体となったガソリンが空気中にただよう。

 近くに火種ひだねがあれば、あっという間に大爆発して大火災となる。

 奇跡の力で、水を掛けて消火しようとしている人間がいるけど、そんなもんじゃガソリンの炎は消えねぇよ。

 ガソリンは水よりも比重ひじゅうが軽いから、水を掛けるとかえって燃え広がるんだよ。

 ガソリン火災かさいに有効なのは、消火器しょうかきの消火用薬剤による窒息消火ちっそくしょうか(酸素を失くして消火すること)。

 シロウトが消火出来る段階は、本当に

 本格的に燃え広がったら、素人しろうとには手の打ちようがない(どうすることも出来ない)。

 ガソリンをくのに、なんで誰も消火器を持ってこないかなぁ?

 今更いまさら消防隊しょうぼうたいを呼んでも間に合わない。

 あとは、ガソリンが燃えきるのを待つのみ。

 自分達のおろかさを、やむんだな。

 翼で炎と煙をあおぎながら、俺は高みの見物を決め込む。

 そこで、アーロンが追い付いて、肩透かたすかしを食らったような顔をする。


「あれ? もう終わっちまったの? 人間って、ホント弱っちぃのな」

「こんなんじゃ、俺が本気出したら、一瞬でほろぼせちゃうぜ」


 俺が得意になって笑うと、アーロンも悪い笑みを浮かべた。

 そう、この時、俺もアーロンも完全に人間をめ切っていた。

 相手を見下して調子に乗っていたのが、いけなかった。

魔女狩まじょがり」の部隊ぶたいことに、気付かなかったんだ。


 🌞


【魔獣視点】

 外が、やけに騒がしい。

 たくさんの何かが、大きな声で叫んでいる。

 ドガッバキッと、何か硬い物を叩く音。

 何かが燃えるイヤな臭いが、部屋の中まで入って来る。

 何かとてつもなく恐ろしいことが、外で起こっている。


「きゅーんきゅーん……」

「わんわん、こわいの? だいじょうぶだよ、ボクがいるからね」

 

 怖くてふるえると、青い目がギュッと強く抱き締めてくれる。

 大好きな青い目が抱き締めてくれると、気持ち良くて嬉しい。

 見れば、青い目も怯えて、涙を流しながら小刻こきざみに震えていた。

 可哀想で、涙をペロペロと舐める。

 ここには今、赤い目も黄色い目もいない。


 黄色い目から「フェリックスを守れ」って、言われた。

 青い目は、フェリックスっていうのか。

 そうだ、おれがフェリックスを守るんだ。

 怖がっている場合じゃない。

 でも、守るって、どうすればいいの?

 フェリックスから、離れなければいいのかな?

 フェリックスの側から、離れちゃいけない気がする。

 きっと、これが「守る」ってことなんだ。


 外の音は、ドンドン大きく激しくなる。

 なんだか、周りが白くなってきて、息が苦しい。

 けむたくて、急に空気も熱くなってきた気もする。

 フェリックスも苦しそうに息が荒く、ゲホゲホき込んでいる。

 パチパチと音が聞こえて、音がする方を見れば、部屋の隅に赤い火が見えた。

 マズい、燃えているっ!


「う゛ぅぅう゛~っ! わんわんわんっ!」

「なに? うわっ!」


 するどえれば、フェリックスも燃えているのに気付いて驚きの声を上げた。

 頭の中で、何かが「ここにいたら危ない」と、訴えている。

 ここから、逃げないと。

 おれはフェリックスの服をみ、外へ出るように引っ張る。


「どうしたの? どこか行きたいの?」


 フェリックスはベッドの上から動かず、首を横に振る。


「ダメだよ! おにいしゃんが『』ってゆったから、ここにいなくちゃ、だめなんだよっ!」 

「わんわんわんわんっ!」


 そんなこと、言っている場合かっ!

 赤い目の言葉は、合ってるけど間違っている。

 たぶん赤い目は「ここに隠れていろ」って、意味で言ったんだ。

 でも、今は状況が違う。

 ここから逃げないと、フェリックスが燃えちまう。

 部屋から出そうと何度吠えても、力いっぱい引っ張ってもダメだ。

 フェリックスがベッドにしがみついて、ちっとも動いてくれない。


 そうこうしている間にも、部屋がメラメラと燃えていく。

 熱い炎に囲まれ、視界は煙で真っ白、息も苦しい。

 咳き込んでいたフェリックスが、突然、ベッドの上に倒れた。


「わんわんわんっ!」


 何度、顔をめても、目を開けない。

 鼻先はなさきで、フェリックスの顔をつつくと、小さくうめいた。

 良かった、生きている。

 今逃げれば、まだ間に合う。


 こうなったら、おれが外へ引っ張り出してやる。 

 フェリックスの服をくわえて、引っ張る。

 だけどフェリックスの体は、おれより重くて大きい。

 ベッドから下ろすってことは、フェリックスを床に落とすことになる。

 ベッドの高さは、フェリックスの半分ぐらい(3歳児の半分=50センチ弱)。

 落ちたら、絶対痛い。

 フェリックスに、痛い思いはさせたくない。

 でも早く逃げないと、おれもフェリックスも燃えてしまう。

 どうしよう! 誰か助けてくれっ!

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