第7話 名前のない子ども

【アーロン視点】

 キースが、子どもわらす一目惚ひとめぼれしたらしい。

 まぁ、当然よね。

 だってうちの子、めっちゃなまらかわいいめんこいもん。

 だからって「欲しい」って言われても、やるもんか。

 コイツは、オレのもんだ。

 いくらおがたおされようが、泣いて頼まれようが、この子は絶対手放てばなさない。


「くれ」「やらん」と、絶対に負けられない戦いの結果。

 ついに、キースが負けを認めた。

 しかし、この男は、とことん諦めが悪い。

 しょぼくれてたかと思うと、突然開き直って、力強く宣言せんげんする。


「よし、決めた! 俺、ここに住むわっ! そしたら、飼ったも同然っ!」

「は? てめぇ、何勝手に決めてんのよ」

「だって、アーロンがくれないんだもん! 俺が来るしかないじゃんっ!」

「てめぇは人間の街に、自分の家があんだろうが」

「そうだけどぉ……」


 キースは、またしょぼんと肩を落とした。

 キースは人間として、人間の街に住んでいる。

 住民登録じゅうみんとうろくして、就職しゅうしょくまでしている。

 それも「国王特別顧問こくおうとくべつこもん」だそうだ。

 国王の側近そっきんで、非常勤ひじょうきん(決まった時間だけ働く短時間労働)の国家公務員こっかこうむいん

 国王に直接意見ちょくせついけんを言い、情報提供じょうほうていきょう助言じょげんおこなう。

 早い話が、国王の相談役。

 実質じっしつ、国の頭脳ブレーン

 キースの口車くちぐるまに乗せられた国王が、国を動かす。

 政治経済せいじけいざいを狂わせて、着実ちゃくじつ破滅はめつの道へと歩ませる。


 よくもまぁ、そこまでのぼめられたもんよね。

 それだけ「人間をほろぼす」ってことに、恐るべき執念しゅうねんを燃やしている。

 キースの一族は、頭が良い。

 先祖代々せんぞだいだい真実しんじつ歴史れきし」を語りぐ一族だそうだ。


 だから、「人間」の本性ほんしょうを良く知っている。

 何をして、何を、何を失ったか。

 どのようにして、「人間」に都合の良い世界を作り上げてきたか。

 どれだけ醜悪しゅうあくか。

 どれだけ狡猾こうかつか。

 どれだけ身勝手みがってか。

 どれだけ歴史を捏造ねつぞうしたか。


 自分達にとって、不都合ふつごう歴史的証拠れきしてきしょうこは「」にした。

「真実の歴史」を知る魔の者は、排除はいじょした。

 知れば知る程、強いいきどおりをきんない。


「真実の歴史」を知っているから、政治力せいじりょくにもけている。

 だから、キースは人間の政治を裏から操っている。

 人間の歴史に残らないように、表舞台おもてぶたいには立たない。

 政治が動けば、多くの人間達が動く。

 一国いっこくの王が無能むのうなら、暴動ぼうどうが起こる。

 悪政あくせいに不満を持った人間同士で、いがみ合う。

 実際に、暴君ぼうくんにより、世界中で戦争が起きている。


 キースはおろかな人間どものあらそいを、面白おかしく楽しんでやがる。

 マジで、正真正銘しょうしんしょうめいのクソ野郎だわ。

「森の邪悪じゃあくな魔女」と呼ばれるオレよりも、よっぽど邪悪じゃねぇか。


 やり方が、回りくどい?

 そりゃそうよ。

 だって、わざと、回りくどくしささってんだから。

 直接人間を殺した方が、早いに決まっている。

 それじゃ、すぐに滅ぼせちゃうじゃん。


「魔の者」の人間へのうらつらみは、そう簡単にはらせない。

 真綿まわたで首をめるように、じわじわ苦しめないと気が済まない。

 おろかな人間どもが、苦しみあがきながら、滅びるのが見たい。

 人間をおとしいれる為なら、なんでもやる。 

 目的を果たす為なら、どんな努力もいとわない。

 コイツは、そういうヤツなんだよ。


「お名前は、なんていうのかな~?」


 キースは、小動物を愛でるようなデレデレの笑顔で、子どもわらすの前にかがんだ。

 途端に、子どもわらすは笑顔を失くして、黙って首を横に振る。

 キースはキョトンとして、子どもわらすの顔色をうかがう。


「あれ~? どうしたのかな~? お名前、言えないのかな~?」

「あ~……そいつ、名前ねぇのよ」


 すっかり忘れてた。

 そういやオレ、名前付けてなかったわ。

「お前」で、今まで何の支障ししょうもなかったから。


「なんで?」

「ソイツの親、名前も付けずに、育児放棄いくじほうきして、捨てたらしいんだわ」

「はぁっ? なんだよ、それっ?」


 オレの話を聞くなり、キースは烈火れっかのごとく怒り狂った。

 キースは暗い顔をしている子どもわらすを抱き寄せて、よしよしとでる。


「こんなかわいいめんこいもの、なんで捨てられんだよっ? 信じらんねぇっ!」

「だべな。人間の親、マジカスゴミ」

「人間、許すまじ! ホント最低だぜ、人間ってやつはよっ!」


 オレとキースは、人間を散々罵さんざんののしった。

 気が付いたら、子どもわらすうつむいて静かに泣いていた。

 ワンコも「くぅんくぅん」と鳴いて、子どもわらすなぐさめるように涙をめている。


 ハッとして、口を閉ざす。

 どんな毒親どくおやでも、子ども《わらす》にとって親は何がどう変わっても絶対に揺るがない存在。

 虐待ぎゃくたいされている子ども《わらす》は、

 いくら虐待ぎゃくたいされても、親を心から信じている。

「愛されないのは自分が悪いから」と、自分を責める。

 毒親どくおやであろうとも、子ども《わらす》は親を求める。

「捨てられたくない」「愛されたい」と、親にすがる。

 虐待ぎゃくたいされても、子ども《わらす》は親をかばうもの。


 親をけなされたら、くやしいし悲しいだろう。

 幼い心を傷付けて、泣かせてしまった罪悪感はハンパない。

 うちらは慌てて、子どもわらすなぐさめる。


「うわぁ~っ、ごめんごめんっ!」

「うちらが悪かったっ!」


 うちらは子どもわらすが泣き止むまで、なだめ続けた。


 🌞


【キース視点】

 いつまでも名無しのまんまじゃ可哀想ってことで、名前を考えることにした。

 とはいったものの、どんな名前が良いんだろ?

 本人の特徴とくちょうとか、好きな物とか、呼びやすさとか?


 アーロンが子どもわらすを抱き寄せて、よしよしとでている。

 子どもわらすもようやく落ち着いたらしく、アーロンに甘えている。

 魔獣まじゅうは眠いのか、子どもわらすの腕の中でうとうとしている。

 微笑ほほえましくて、こちらまでほっこりする。

 アーロンが、子どもわらすに優しく語り掛ける。


「お前、どんな名前が良いの?」

「おにいしゃんが付けてくれるなら、ボク、なんでもいいよ」

「そういうこと言ってると、『ぼろぞう』とか付けちゃうぞ」

「おにいしゃんがいいなら、ボク、それがいいでしゅ」


 子どもわらすは、へにゃりと力なく笑った。

 なんつう、良い子なんだ。

 けなげすぎて、泣けてくるぜ。

 こんなに大人しい子どもわらすは、初めて見た。

 なんかこの子、子どもわらすらしくないんだよね。

 街で見掛けた人間の子どもは、もっと可愛げがなかったぞ。

 わがままばっか言って、だだこねてんの、何度も見た。

 ふたりの話を聞いて、俺は呆れ果てて深々とため息を吐く。


「『ぼろぞう』なんて、クソダサい名前は俺がイヤだ」

「なんでよ? 本人は、良いっつってんぞ? 『ぼろぞうきん』略して『ぼろぞう』」

「お前らのネーミングセンスには、ガッカリだよ。俺がもっと良いの、考えちゃる」


 こんなかわいいめんこい子を「ぼろぞう」なんて、呼びたくねぇわ。

 もっと似合う名前を付けてやりたい。

 かがんで、子どもわらすと視線を合わせて問う。


「お前さ、なんか好きなもんとかねぇの?」

「すきなもの? えっとね、パパとママがだいすき」


 子どもわらすは少し考えた後、溶けて消えてしまいそうな笑みを見せた。

 は? コイツ、まだそんなこと言えるのっ?

 捨てられたのに。

 もう二度と、両親から愛されることはないのに。

 今でも両親が自分を愛してくれると、信じ続けているんだ。

 なんて、可哀想でかわいいめんこい子。


「パパとママの次に、好きなのは?」

「うんとね、えっとねぇ……おにいしゃんとわんわんがすき」

「他に好きなものは? 好きな色とか、好きな歌とか」

「おうた、うたうのすき」


 それを聞いて、テンションが爆上がりした。


「マジで? 俺も、歌好きなんだよね。歌ってみてくれる?」

「じゃあ、えっと……」


 子どもわらすは、はにかみながら口を大きく開いた。

 びやかに、高らかに歌い始める。

 透き通った柔らかい歌声が響き渡り、心を癒してくれる。

 歌詞は物語調になっていて、メッセージ性のある内容。

 歌う子どもわらすは、とてもおだやかな笑顔を浮かべている。


 久し振りに、全身に鳥肌が立つぐらい感動した。

 たましいふるえて、涙があふれた。

 なんだこれ! 最高じゃんっ!

 これはまさに、俺が求めていたヒトの音楽。

 ヒトが絶滅ぜつめつした今、二度と聴けないとあきらめていた音楽。

 歌の翼を持つ天使が、俺の前に舞い降りた。 


 子どもわらすは歌い終えると、恥ずかしそうにアーロンの胸に顔をうずめた。

 ヤバいっ、マジでめっちゃかわいいなまらめんこい

 かわいいめんこいがすぎるっ!

 めっちゃ欲しいっ!


「やっぱ、コイツちょうだいっ!」

「やらんっつってんべやっ!」

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