【魔女視点】

　成り行（なりゆ）きで、人間の子ども（わらす）を拾っちまった。

　子ども（わらす）は、何も持っていなかった。

　金も、力も、愛も、親も、名前も、殺意も。

　人間なのに、人間から捨てられた人間。

　どうして、捨てられたのか。

　聞いても、子ども（わらす）は黙って首を横に振るだけ。

　知らないのか。

　言いたくないのか。

　聞くと泣きそうな顔をするから、それ以上聞けなかった。

　抱き寄せて頭を撫でると、嬉しそうに胸に擦（す）り寄ってくる。

　こんなに、幼いんだ。

　まだまだ、親に甘えたい年頃よね。

　本来ならば、親の愛を無条件で与えられるはずの小さな（こまい）命。

　親に捨てられ、愛に飢（う）えた可哀想でかわいい（めんこい）子ども（わらす）。

　なんで捨てられたかなんて、もうどうでもいいわ。

　今からコイツは、オレのものだ。

　オレが、全力で愛してやる。

　あとになって「やっぱ、返して」っつったって、絶対返してやらねぇからな。

　飼うからには、名前付けてやんねぇと。

　いや、それより先に、水浴びだな。

　髪ボサボサだし、全身真っ黒に汚れてるし、服もボロボロだし。

　しばらく洗ってねぇワンコみてぇな臭いがする。

　いつから、水浴びしてねぇんだ。

　名前もねぇ捨て子だし、年単位（ねんたんい）で洗ってないかも。

　幸い、今日は水浴びしたら気持ち良さそうな陽気だし。

　ちょうど、オレん家の近くに川もある。

「なぁ、水浴びするか？」

「え？　あ……うん……」

　声を掛けると、子ども（わらす）は困り顔になって、ぎこちなく返事をした。

　なんだ？　水は苦手か？

　ひょっとして、カナヅチとか？

　気になって聞いてみる。

「もしかして、泳げねぇの？」

「うん」

「そっか。でも、大丈夫。浅いとこで、きたない（ばっぱい）体を洗うだけだからな」

「あ」

　子ども（わらす）は、自分の体をあちこち触った後、汚れた両手を見た。

　今にも泣き出しそうな顔で、両手をきつく握りしめる。

「ボク、きたない……」

「そんな顔、すんなや。汚れたら、洗やぁ良いだけよ。ほら、脱げ」

「……うん」

　子ども（わらす）の悲しそうな顔を見たくなくて、背を向けて脱ぎ出す。

　脱いだ服はひとつにまとめて、適当にその辺の木に引っかけておいた。

　子ども（わらす）の服は、即燃えるゴミだな。

　あとで適当に、服を見繕（みつくろ）ってやるか。

　振り向くと、子ども（わらす）も脱ぎ終わっていた。

「――……っ！」

　あまりにも細すぎる体に、絶句（ぜっく）した。

　は？　何よこれ。

　全然、子ども（わらす）の体付きじゃねぇじゃん。

　生きている方が不思議なぐらい、ほとんど肉がない。

　骨に皮が張り付いているミイラみたい。

　オレが拾わなかったら、確実に死んでた。

　異常なほど痩（や）せ細った体が不憫（ふびん）すぎて、泣きたくなった。

　観察していたら、子ども（わらす）がめっちゃ居心地悪（いごこちわる）そうに困惑（こんわく）している。

　そら、自分の裸を穴が開きそうなぐらい見られたら、気まずいわな。

「えっと、あの……そんなみないで……」

「ご、ごめん。ジロジロ見ちまって。じゃあ、キレイキレイしような」

「はい」

　子ども（わらす）の小さい（こまい）頭を撫（な）でて、謝った。

　水に怯える子ども（わらす）を抱き上げて、川に入る。

　抱っこしたまま下半身だけ水に浸かり、子ども（わらす）の体に少しずつ水を掛けて、体を洗ってやる。

　真似するように、子ども（わらす）も自分の体を手でこすって洗い出す。

　子ども（わらす）の汚れが落ちて、水が黒く濁（にご）っていく。

　濁（にご）った水を見て、子ども（わらす）が申し訳なさそうに謝る。

「ごめんなしゃい……」

「なんで、謝んのよ？」

「だって、ボクのせいで、きれいなおみじゅが、よごれちゃったんだもん」

　ああ、なんだ、そんなことを気にしていたのか。

　けなげな子で、ますます愛（いと）しくなる。

「こんくらい、大したことねぇから、気にすんなや」

「でも……」

「ほら、見ろや。お前、こんなに白かったんだな」

「あ、ほんとだ」

　浅黒いと思っていた肌は全部汚れで、元の肌色は白かった。

　洗ってやったら、ずいぶんと可愛くなった。

　ガリガリだから、貧相（ひんそう）なのは変わんねぇけど。

　髪が伸び放題だから、切ってやらなきゃな。

　みずぼらしい（みったくない）ぼろきれは捨てて、オレの服を着せてやった。

　大きすぎてワンピースみたいになってるけど、むしろかわいい（めんこい）から良し。

　近いうちに、コイツ用の服を用意してやらないとな。

　さてと、次は飯だな。

　飯の準備に、取り掛かるとするか。

　……いや、待てよ？

　人間って、何食うの？

　何食わしたら、死なないの？

　魔の者（まのもの）と、同じもの食って死なない？

　人間が何を食うかなんて今まで興味なかったから、全然知らねぇんだけど。

「人間を殺す毒」だったら、種類も致死量も詳しく知ってんだけど。

　せっかく拾ったんだから、死なせたくない。

　いっぱい美味いもん食わして、笑顔にしてやりたい。

　コイツは、何が好きなんだろ？

　何か、コイツが食えそうなもん、あったかな？

　台所には、真っ赤に熟（じゅく）したヤマモモの実がザルにひと盛り。

　あ、そうそう、これがあった。

「小腹が空いたら食おう」と思って、今朝収穫（けさしゅうかく）しといたヤツ。

　ヤマモモってのは、ヤマモモ科ヤマモモ属の常緑樹（じょうりょくじゅ）。

　六月下旬から七月中旬頃に、暗赤色（あんせきしょく）の果実を結ぶ。

　実の見た目は、小さい（こんまい）粒を団子（だんご）みたいに丸（まる）めた感じ。

　生食出来る野生の木の実で、甘酸っぱくて美味（うま）い。

　そのまま食っても、砂糖漬けやジャムにしても、料理に使っても美味（うま）い。

「これは、食べられそうか？」

「うん、たべられりゅ」

　子ども（わらす）にヤマモモの実を見せると、匂（にお）いを嗅（か）いでにっこりと笑った。

　どうやら、人間もヤマモモの実を食えるらしい。

　いや、小さな子ども（こまいわらす）に食えるかどうかの判別出来るのか？

　ちょっとだけ食わしてみて、様子を見よう。

　でも、そのまま食わしても平気か？

　飢（う）え死に寸前だったなら、胃は空っぽのはず。

　いきなり固形物（こけいぶつ）食わしたら、胃がビックリするかも。

「よし、ちょっと待ってろ」

「うん」

　まずは、ヤマモモの実を水に付けて、細かいゴミを洗い流す。

　ザルで水気を切ったら、ボールに移（うつ）し替（か）えて木べらで潰（つぶ）しまくる。

　うわ……、なんかグロいんだけど。

　これ、大丈夫かな？

　ザルで漉（こ）したら、ワインレッドのヤマモモジュースが出来た。

　変なもんは入れてないし、これでいけるか？

　出来上がったヤマモモジュースを、カップに移し替える。

　子ども（わらす）の前にしゃがみ、内心ハラハラドキドキしながら、カップを手渡す。

「ほい。これ、飲んでみ？　ヤバそうだったら、ムリして飲まなくていいから」

「あぃがとぉ」

　子ども（わらす）は素直に、カップを受け取ってくれた。

　もし、体に合わなくて死んだらどうしよう……。

　子ども（わらす）をじっと見つめていると、子ども（わらす）もこちらを伺うようにじっと見つめ返してくる。

　大丈夫かな？

　人間ってそんなに柔（やわ）じゃないし、殺そうと思ってもなかなか死なないし。

　いや、でも、毒飲ませたら簡単に死ぬわ。

　頼む！　どうか死なないでくれっ！

　祈りながら見つめていると、子ども（わらす）が恐る恐るといった感じで、カップに口を付けた。

　すると、子ども（わらす）がにっこりと笑った。

「おいしいれしゅっ！」

「良かったぁ～……」

　死ななくて。

　安堵（あんど）して、緊張で詰めていた息を大きく吐き出した。

　こんなに緊張したのは、久し振りかもしれない。

　美味しくて興奮しているのか、子ども（わらす）がカップをこちらに差し出してくる。

「おいしいから、おにぃしゃんも、のんでくだしぁ！」

　拙（つたな）い言葉遣（ことばづか）いが、とてもかわいい（なまらめんこい）。

　思わず、プッと噴（ふ）き出してしまった。

「『くだしぁ』って何よ、『くだしぁ』って。じゃあ（したっけ）、ひとくち貰（もら）うな？」

「はい、どうぞ」

　ひとくち飲むと、いつもより美味い気がした。

　不思議だ。

　コイツがいるだけでなんだかとても（なまら）嬉（うれ）しくて、いつものヤマモモの実がとても（なまら）美味（うま）い。

「お、本当に美味（うま）いな」

「でしょ～？」

　オレが笑い掛けると、子ども（わらす）もにぱぁ～と笑い返してくれる。

　これだけのことなのに、楽しくて仕方がない。

　カップを子ども（わらす）に返して、頭を撫（な）でてやる。

「あとは、お前が全部飲んでいいぞ」

「のんでいいの？」

「お前の為に作ったんだから、お前のに決まってんべや」

「ボクの？」

「そう。これ全部、お前の」

　そう言ってやると、子ども（わらす）はオレの顔とカップを見比べた後、ボロボロと大粒の涙を流して泣き出した。

　初めて見る子ども（わらす）の涙に、オレは取り乱して抱きあげる。

「え？　え？　お、おい……、どうしたの（なしたの）？」

「あぃがとぉ……わらってくれて、おいしいのくれて、なでてくれて、たくさん、あったかいの、いっぱいで、うれしくて、うれしくて、うれしくて……っ」

　子ども（わらす）は、たどたどしく言いながら声を上げて泣いた。

　ああ、そうか。

　この子はきっと、親から愛されたことがなかったんだ。