第31話 当代聖女
魔物の襲来を警戒する護衛達により、ユーリは聖女と共に天幕の中に引き入れられる。それと同時に身体に聖力が戻るのを感じた。
姿が見えなくなったため、これ以上無力な状態でいるのは危険だとスイが判断したのだろう。
目を瞠った聖女の表情から気づかれたことを察したが、護衛に囲まれた状態で聖女に事情を打ち明けることは難しい。ユーリが怪我をしていないことに気づかれれば、すぐさま捕らえられるか最悪殺される。
「……怪我の治療をしますから、一度あなた方は出て行ってください。異性に肌をさらすのは抵抗があるでしょうから」
ユーリが躊躇っていると聖女自ら護衛達を外へと誘導する。顔を見合わせる護衛たちだったが、聖女の意向に逆らうつもりはないらしくすぐに出ていった。
「結界を張りました。少しの時間なら大丈夫です」
「配慮に感謝するが、もう少し警戒したほうがいい」
危機感の低さに思わず苦言を呈すると、聖女は鈴を転がすようなで笑った。
「優しいのですね。あの方がおっしゃっていた通りだわ」
その言葉に警戒を高めたが、聖女の言葉は意外なものだった。
「貴女がユーリ様なのですよね?クラウド様からご連絡をいただきました。もしユーリ様が会いに来たら力になってやってほしいと」
「クラウドが…?」
あの時クラウドはユーリがカルロを手に掛けたと信じていたはずだ。ユーリが意識を失ったあとで誤解が解けるような出来事があったのだろうか。予期しない言葉に戸惑うユーリをよそに聖女は続けた。
「ですがクラウド様の頼みであっても、相応の理由がなければわたくしは動けません。当代聖女であるわたくしには民を守る義務がありますから。力を貸すかどうかはユーリ様のお話次第です」
真っ直ぐな眼差しと口調には、揺るぎない強さがあった。
理性的な言葉と意思の強さから下手に隠し事をするのは得策ではないと判断したユーリは、聖女に前世のことを含めた全てを打ち明けることを決めた。
「――大変な苦労をされたことは理解いたしました。……ユーリ様の前世のことも、わたくしには少し受け入れ難くもありますが、妄想と一蹴できる判断材料もありません。むしろ魔王の執着度合いからも考えると、それが真実である可能性のほうが高いのでしょう」
短い時間の中でユーリから告げられた情報の多さと内容の重さに、聖女は大きく嘆息した。
疑念や恐れ、そして僅かな憐れみを含んだ瞳を閉じ何かを熟考していた聖女が、再びユーリと視線を合わせた時には、それは上に立つ者特有の強い眼差しに変わっていた。
「魔王のことは勿論退治すべき邪悪な存在ですが、今すぐにわたくしが手助けすることは出来かねます。あなた一人と多くの民の命と天秤にかければ、わたくしがどちらを選ぶかはお分かりになりますね?」
何も対価もなく聖女の助力を得られるとユーリとて思っていない。だが手持ちのカードはほとんどなく、恐らくは何不自由ない暮らしと民からも慕われている聖女が望むものを差し出せるはずがなかった。
綺麗事ではどうにもならないことはもう十分に思い知らされた。そして生き延びるために手段を選ばないならば、ユーリが提示できるのはこれしかない。
「悪いが、もう手遅れだ」
困惑したように眉を下げる聖女は善良なのだろう。胸に湧き上がる罪悪感に蓋をしてユーリは淡々と聖女に告げた。
「私がここにいることは魔王に知られているだろう。王都に来た理由――私が当代聖女の力を借りようとしていることもあれはきっと気づいている。ならば邪魔者を排除しようとするはずだ」
聖女はユーリの言葉を正しく理解したようで、大きく目を見開いて口元を押さえている。聖女が力を貸さなくても、ユーリが聖女に接触した以上、魔王に殺される可能性が格段に上がったのだ。
「っ、王都にどれだけの人数が住んでいると思っているのですか!」
自分だけでなく守るべき民が危険に晒されことを悟り、激高する聖女は正しい。かつての自分なら出来る限り犠牲を減らすために動いただろう。あの時も最悪自害するしかないと思っていた。だがそんな自己犠牲は一度で十分だろう。
「私が犠牲になったところで平穏が続くとは限らない。そしてもう私は貴女に会ってしまった。手を組んだ方があいつを倒す確率は上がる。不快ならいくらでも罵ってくれて構わないが時間がない」
悔しそうな表情の聖女だが、ユーリの主張を感情的に拒否することもなく考えを巡らせている。
「……貴女を捕らえて魔王に差し出す方が生存率を上げることができそうですが?」
挑戦的な表情を浮かべる聖女にユーリはあっさり認めた。
「そうかもな。だけど貴女はそうしないだろう」
何故なら彼女は聖女だからだ。当代聖女として多数を優先せざるを得ない部分もあるだろうが、基本的に他者を見捨てることを好まない。そして圧倒的な脅威である魔王を排除するためならば、ユーリの力もまた必要だと理解しているようだった。
「……そうしたい気持ちも少しはあるのですよ。大切な民の命を危険に晒す原因である貴女に良い感情を持っておりません。ですが魔王と取引なんてどんな障りがあるか分かりませんし、魔王を滅ぼすことはわたくし達の使命でもありますから」
「ああ、私の断罪は後回しにしてくれ。――祓魔士の招集と避難指示を頼む」
ユーリの言葉に聖女は顔を強張らせた。その反応から聖女がまだ気づいていないのだと分かる。気づきたくないのに気づいてしまうことが、繋がりを意識させられるようで不快だった。
「時間切れだ。魔王が来た」
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