第19話 作為

「本当に助かったよ、ありがとう!ギルドにはすぐに報告しておくから」

翌朝、首尾を訊ねてきた依頼人にルカロンの死骸を見せると、ぎょっとした表情を浮かべたもののすぐにお礼を言われた。


あの後ルカロンの血の匂いに惹かれたのか、一回り大きな狼の魔物がこちらの様子を遠くから窺っていたため退治したが、それ以外の魔物は現れなかった。魔物が完全にいなくなったかは不明だが、牧場周辺に残されていた獣の足跡や木々の引っかき傷からして牧場に現れていたのはルカロンだと確信している。


「確認用に残しておいただけなので、これは燃やしておきます。確約はできませんが、恐らく家畜への被害はなくなるでしょう」

ユーリは報告を終えるとさっさとルカロンの死骸を処分する。炎系の祓魔術は苦手だったが燃やすだけなら問題ない。


朝食の申し出を断り出立の準備をしていると、背嚢がパンパンになるぐらいのチーズや燻製、搾りたてのミルクや柔らかいパンを渡してくれた。

「おにいちゃん、おねえちゃん、ありがとう」

眠そうな目をこすりながらもお礼を言う少女に、少しだけ穏やかな気持ちになった。



(それなのにどうしてこうなったんだろうな)

仮眠を取って傭兵ギルドを訪れたのは昼過ぎのこと。

刺々しい視線はいつものことだが、少しだけ違う雰囲気を感じとったものの引き返す理由にはならない。受付に行くと今朝別れたばかりの依頼人の姿があった。


「ちょうど良かった。悪いけどあんたに報酬を渡せないよ。依頼を受けたのはあんたらしいけど、実際に助けてくれたのは別の人達だからな」

強い口調でまくしたてられるが、話が見えない。受付にいたのは昨日対応してくれた職員だったので事情を聞こうとしたが、別の声に遮られた。


「私たちは当たり前のことをしただけです。ユーリさんを責めないでください」

庇うような言葉だがその表情に優越感がはっきりと滲んでいる。昨日ユーリに絡んできた可憐な見た目の少女だった。


「だけど、本当に家畜を襲っていたのはゴブリンなんだろう?あんた達が退治してくれなきゃうちの娘も危なかったって。今朝はちゃんと仕事してくれたんだと感謝したけど、退治しやすい魔物だけ選んで、仕事したって言い張るのはおかしいだろう」


ゴブリンは家畜を襲うだけでなく、繁殖のために女を攫うこともある。仕事に手を抜いてはいないが、娘を想う父親が抗議したくなる気持ちは理解できた。

だが昨日ユーリが牧場の見回りをした際にはゴブリンの痕跡は一切なかった。足跡やゴブリン特有の匂いなど気づかないはずないと思うものの、見落とした可能性も絶対にないとは言えない。


「ゴブリンが出たのか?」

確認のつもりで聞けば、同じく昨日一緒に組もうと誘ってきた男が冷ややかな眼差しを向ける。

「自分の手落ちを棚に上げてセーラを疑うなんて最低だな」

「そうか。依頼を達成できていないのなら報酬を受け取るわけにはいかない」

ギルドの職員にそう伝えれば、申し訳なさそうな顔をしながらも安堵しているのが分かった。


「ゴブリンに気づかないとか初心者かよ」

「あんなお綺麗な顔して魔物退治とか出来る訳ねえだろ」

聞こえよがしの中傷や嘲りの言葉がナギにも向けられてヒヤリとする。ユーリは何を言われても構わなかったが、ナギを怒らせればどういう行動に出るか分からない。

「ナギ、行くぞ」

この場を離れたくて促すが、ユーリを引き留めたのは別の声だった。


「ユーリさん、認めたくないのは分かりますが、依頼された方に謝った方がいいですよ?」

「セーラとジャンに感謝の言葉もないとかあり得ないよな」

反発しそうになる気持ちに、ユーリは自分がミスをしていないと思っていることに気づいた。このタイミングでセーラたちがユーリの尻拭いをした状況自体、作為的なものを感じているからだ。


だがここで無視してしまえば、ユーリの評判は一気に落ちて仕事を得ることも難しくなるだろう。逆に謝罪をするということは自分の非を認めるということだ。


(認めたくないが、今はこの場を収めることが先決か)

弁解しても言い訳に聞こえるだけだ。そう思って口を開きかけたが、ナギのほうが早かった。


「あそこにゴブリンなどいなかったよ。わざわざ死骸を調達するなんてご苦労なことだね」

よく通る声に喧騒がぴたりと止んだ。

にこやかな表情と穏やかな口調、だがその瞳の色が琥珀色から金色に見えるのは目の錯覚だろうか。


「っ、言いがかりだ!第一そんなことする理由なんかないだろう!」

「ナギさんがユーリさんを信じたいのは分かりますが、ゴブリンがいたのは事実です」

一瞬引きつった表情を浮かべたものの、ジャンは怒りに顔を歪め、セーラはナギに切々と訴えている。


「じゃあどうしてわざわざ牧場に行ったの?依頼を受けたのはユーリだけだったはずだよ」

牧場は街道から林道に進んだ奥にあるため、偶然通りかかる場所ではない。ユーリが引っ掛かったのもそこだった。


「実は…私、聖女なんです。魔物の気配には敏感で、嫌な気配を辿って牧場に着いたらゴブリンが……」

祓魔士を選択したユーリは今世で聖女と関わることはなかった。昔と違って今は祓魔士と聖女の育成は別々に行われていたし、自分の過去を彷彿させる聖女を無意識に避けていた節がある。


(これが今の聖女の実力か?いや、セーラだけ見て決めつけるのは早計だが…)

傭兵と組んでいるということは、一応聖女教育を修了したと判断していいだろう。

だが感じ取れる聖力はあまり多くなく、何より目の前の魔王に反応していない。ナギは確かに上手く人間の振りをしているが、勘の鋭い聖女や祓魔士であれば今のナギが醸し出す得体のしれない気配を感じとれるはずだ。


「ふーん。ねぇ本当にゴブリンがいたなら、それで全部なのかな?ゴブリンは群れる魔物だから今夜はもっと多くのゴブリンに襲撃されるかもしれないね?」

それを聞いた牧場の男の顔色が青ざめていく。

「そんな……聖女様、助けてください!」

顔を見合わせるセーラとジャンだったが、ナギはさりげなく逃げ道を奪う。


「聖女様なら困っている人を見捨てたりしないだろう?もし本当にゴブリンがいたのなら、君の望みを叶えてあげてもいいよ」

甘さを含んだ声はまさに悪魔の囁きそのものだった。

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