終章

第18話 新たな冒険へ

 ――……こうして、事件は無事解決した。

 主を失った儀式は中断され、周囲を展開していた黒い結界も砕け散る。恐らくは、各地で展開されていた合成獣キメラ騒動も、維持していた奴が死んだことで収まっているはずだ。

 つまりは、これで大団円――女神の祭壇という観光名所がひとつ潰れたのは残念だったが、人的被害は冒険者達の尽力あって抑えられていた。あとは書き換えられた結界装置の修復だが、こちらも一日で復旧してくれた。さすがは冒険者協会というべきだろうか。


 ちなみに、赤の教団の目的は結局わからなかった――らしい。

 結局アレイスターは口を割る前に死んでしまった。あの後正気を取り戻した解読の先生に最後まで解読してもらったが、彼らの手がかりになるような文章は出てこなかったとのことだ。

 支部長は赤の教団を統べる人物――赤の聖女に連絡してみるとのことだったが、そもそも赤の聖女は部下を縛るような真似はしない自由主義な性格だ。聞いたところで答えが返ってくるとは思えず、あくまで部下の暴走で、特定までは及ばず事は済まされるだろう。


 あとそうだ。俺は、全てが終わった後――冒険者達からの評価が変わったらしい。

「あいつ本当はすごい奴だったんだな……知ってたけど」

 といった具合に、手のひらを返して評価する人が増えた――と、昨日バルロスが言っていた。今更意見が変わったところで何かが変わるとは思えないが、まぁ……悪いことではないだろう。

 ちなみに、今回の件で多額の報酬を協会からもらえる――権利を得られた。しばらくは協会もドタバタ騒ぎが続いてるだろうし、落ち着いた頃にでも受け取りに行こうかと思っている。解読の先生への配達の報酬も受け取ってないし、いい金額になりそうだ。


「……これくらいか。振り返ってみれば、ここ数日は色々あったな」

 お祭りが中止になったのは残念だが、今回ばかりは致し方ないだろう。そんなわけでここセントレアも、いつもの日常に戻りつつあった。

「さて、それじゃあそろそろ行くとするか」

 荷物を持ち上げると、贔屓にしている宿屋兼酒場を後にする。〝黄金の篝火〟に所属してからは泊まる機会はなかったが、ここも悪くない。今後も世話になるだろう。あいつらもここの飯は気に入ってくれたみたいだしな。

 一階に降りて、カウンターに鍵を返す。「それじゃあ、行ってくる」と告げると、宿屋の看板娘はにっこり笑って「レイオスさんならいつでも歓迎しますよ、また来てくださいね」と言ってくれた。


 そんな酒場から出た俺を出迎えたのは、三人の威厳ある老人――もとい、〝黄金の篝火〟のギルドマスターの三人だった。

「……っ?! ギルドマスター、どうしてここに?」

 一瞬の無言、その後に出てきたのは、顎髭が特徴的な老騎士――ランドルフだった。こちらを睨みつけるようにじっと見つめた彼は、一言。

「本ッ当に!! すまなかったッッッ!!」

「……はい?」

 謝罪の言葉を述べて、人目もくれずに、何故かその場で土下座した。

 いきなりのことで困惑する俺に、彼はその体勢のまま誤り続ける。

「儂は……儂はギルドマスター失格だ! 他人の目を、聞こえてくる声ばかりに耳を傾けていたばかりに、貴様のことを信じてやれなかった……! 勝手な思い込みで貴様を侮蔑し、追放という重い処分をしてしまったこと、心より謝罪したいッ! 本当にすまなかったッ!!」

 ……なるほど。なんとなく、そんな気はしていた。

 このランドルフという男は、情に厚く、流されやすい性格なのだ。決して悪人ではなく、慕われている方の人間である。だが、他の冒険者からの悪口を聞いてばかりいたために、俺のことえお『けしからん!』と思い込んでしまっていたのだろう。

 ひとつため息をつき、「顔をお上げください」と彼に告げる。

「……マスターランドルフは、なんとなくそうじゃないかと思っていました。ですが、マスターオイコスとマスターマティス、お二方の考えだけは理解できなかった。俺が元々三次職だったことも二人は知っていたはずです。なのに、何故」

 前衛職の指導を中心に行っているランドルフとは接点があまりないが、二人は違う。俺の事情を知った上で、追放に賛成したのは間違いない。それが俺には納得できなかった。

 そんな俺の素直な疑問に、賢者マティスはいつもの調子で前に出る。

「難しい話ではありませんよ、レイオス殿。……私は、あなたのことが嫌いなのですよ。ずっと前から。単純に」

 その笑みには敵対心を隠そうともせず、こちらに近寄ってきた彼は、初めて見るような表情で感情を露わにして地団駄を踏んだ。

「何故、何故ッ! クレアはこんな朴念仁のことを……! ええ、私怨ですとも! 機会があればその仲をズタズタに引き裂いてやりたいと思ってましたよ、ええ! それが何か?!」

「…………つまり、可愛い孫娘が好きすぎて近寄る男性を遠ざけたかったと」

 まぁ……、気持ちはわからないでもない、か。

 年頃の可愛い孫娘に、親しげに近寄る男性。二人の間にそんな気がなくとも、遠ざけたいと思うのは親心……か。彼らしくはない理由だとは思ったが、まぁ本人が言うからには間違いないのだろう。

「……マスターオイコス」

「うむ」

「マスターのことですから、唐突に俺を追放したままにするとは思えませんでした。……もしかして、俺の次の職を用意してくださっていたのではありませんか?」

 これは推測だが、ある程度確信があるものだった。「理由を言うてみよ」と説明を求めるオイコスに、俺は改めて自分の考えを述べる。

「冒険者協会の支部長、コリー・フォースター氏と話した時、その机に無記入の雇用書が置かれていました。その時彼は『別件で俺に話があった』と言っていました。……もしかしたら、マスターオイコスが根回ししてくれたのではないですか?」

 あの時、あのタイミングでの訪問者として考えられるのは、他でもない俺自身だ。

 別件で話があった――それはつまり、無職となった俺を勧誘するために時間を作ってくれた、ということではないだろうか……と。

 そんな俺の推測に深く頷いたオイコスは、「いかにも」と答え、ふと笑みを漏らす。

「どうして、そんなことを?」

「ずっと前から、貴殿には危うさを感じていた。仲間のためなら全てを、その命でさえも投げ捨てる覚悟――その精神は素晴らしいものだが、決して褒められたものではない。いつか仲間の為にその命を捨ててしまうのではないかと、ずっと危ぶんでいた」

 オイコスの言葉に、俺は何も言えなかった。

 実際俺にそういった傾向があるのは自覚してもいた。だが、仕方ないだろう。最上級冒険者であり、俺の一番大切な友を守るためには、それこそなんでもする気概がなければ足りないと――ずっと、そう考えていたからだ。

「それに、〝デュラン・デルト〟にいる限り、貴殿はルトの亡霊に纏わりつかれることになる。そしてそれはいつか、貴殿を死に追いやる可能性が高い……と。ならば、貴殿のためにも、一度強引にでも引き剥がさねばならないと――そう考えていた」

 そんな俺の本心を、ギルドマスターであるオイコスは見抜いていた。

 猜疑心が決定的となった事件は、恐らくはルトが死んだ事件。あの時俺は、自分が死んで勝てるならそれでいいと――それで死ねるなら本望とさえ本気で思っていた。

 実際はルトが俺を庇って死んだのだが、。身体ではなく、。以降、異常なほどにパーティへの貢献に固執する俺の姿を見て、このまま見ていられないと判断したのだろう。

「貴殿の能力は高く買っている。そのため、冒険者協会と交渉し、貴殿に第二の人生を送れるようにと計らっていた。……説明する前に貴殿は立ち去ってしまったがな」

「……申し訳ありません」

 今思い返してみても、あの時の俺は冷静じゃなかった。

 きっとあの時にしっかりとした説明を聞いていれば、ここまで話がこじれることはなかったのかもしれない。……俺の悪い癖だな、と一人反省する。

「だが、貴殿は変わった。仲間達のために生きる意志を見せてくれた。ならば、これ以上心配することはない」

 ――……すこし、変わったか。

 そういえば、女神の祭壇前で出会った時、俺の答えを聞いたオイコスはそんなことを言っていた。今思い返せば、あの時も俺のことを心配していたのだろう。

 だからこそ、これ以上心配する必要はなくなったと語る。

「改めて、貴殿に選択肢を与えよう。〝デュラン・デルト〟に戻り、再び治癒術師として彼らを支えるか。はたまた冒険者協会に所属し、第二の人生を送るか」

 どちらをとっても、その選択を尊重する。そんな顔で見つめる彼に、俺は静かに首を横に振った。

「マスターオイコス。申し訳ありませんが、私の答えはそのどちらでもありません」

 だが、俺の答えは、そのどちらでもなかった。

「〝デュラン・デルト〟には既にセラがいます。今はまだ未熟ですが、彼女の実力ならばじきに都市最強のパーティに相応しい存在となれるはずです。……今更俺が戻ったら、振り回されただけの彼女に申し訳が立ちません――それに」

 先日彼女の稽古に付き合ったからこそわかる。彼女はもっと強くなる。そのうち俺に負けない治癒術師として名を馳せるだろう。今はまだ未熟だが、最高の仲間達――〝デュラン・デルト〟のみんながいれば、不安となる要素はない。それに――。

「他にいるんですよ。まだまだ未熟で放っておけない、大切な仲間達が」


     +     +     +


 ――……都市セントレア、正門前広場にて。

 様々な人が他の都市へ発つこの場所に、今日もまた、旅立ちを控えた冒険者が集まっていた。

 既に三人は待ち合わせ場所に到着しており、馬車の前で俺の到着を待っている。

「遅ぇぞレイオス!」

「定刻通りだ。遅くはない」

 ポケットから懐中時計を取り出し時刻を確認するが、約束の九時まで五分は余裕がある。時間通りと言って差し支えないだろう。

「でも、本当によかったの? あたし達とパーティを組んで」

「〝デュラン・デルト〟のことなら心配はいらない。あいつらは俺が認めるこの都市最強の一団だ。俺がいなくなった程度で崩れるような連中じゃない。……それに、二度と会えないというわけでもないからな」

 同じ街で活動していれば、そのうち会う機会もあるだろう。

 それよりも今は、こいつら――〝トラベルウォーカー〟のみんなの方が心配だ。目を離していたら、どんな危ない目に遭うかわかったもんじゃない。気になるという意味では、あいつらよりよっぽど注目しなきゃいけない連中だった。

 そんな内心を知らないみんなは、新たな仲間の加入に喜び微笑んでいる。……まぁ、俺としても悪くない気分だ。

「今回の依頼ですが、なんでも森深くにある遺跡が突然凍りついたとの目撃情報がありまして、その事実確認と元凶を特定してほしい、とのことです。冒険者協会からの依頼ですね」

 それはまた妙な事件だな。遺跡となると、何かしらの古代文明が誤作動を起こしたか――または氷の魔獣の仕業か。だが、そんな広範囲を凍りつかせる力を持つ存在がいるのだろうか?

 すこし自分で考えて小首を傾げる俺に、ライナはにっこり笑顔を見せる。ワクワクとした表情は、次の冒険を楽しみにしているようでもあった。

「こんな異常現象が起きてるだなんて、興味を惹かれない? 冒険ついでにお金ももらえるなんて、えーっと……なんて言うんだっけ? 二兎を追うものは一兎をも得ず?」

「……。それを言うなら一石二鳥、一挙両得だな」

「それそれ、それが言いたかったの!」

 ……全く、俺の不安や心配をなんだと思っているのか。

 好奇心の塊のような発言に、まぁたまにはこういう冒険もいいか、と笑みを漏らす。

「それじゃあ行こうぜ! 次の冒険によ!」

「ああ、そうだな」

 こうしてひとつの冒険は幕を閉じ、新たな冒険が始まる。

 馬車に揺られる俺達は、次の冒険を楽しみに、談笑に明け暮れる。そんな仲間達の様子を見て、俺もまた何が起きるのかほんのすこし好奇心を刺激されたが――それはまた、別の話。

 だが、何が起きたとしても問題はない。

 使――いや、使。この都市最強の治癒術師が陰から支えている限り、絶対に彼らを守ってみせる。

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俺はヒールしか使えない ~ 都市最強の治癒術師は一次職のヒーラー?! ~ ko2N @neko25fox

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