幕間 一方その頃(3)
――……一方その頃、〝デュラン・デルト〟の他のメンバーは。
祭りで賑わう華やかな中央通りがあれば、反対に祭りとは無関係の陰気な場所もある。
ここ、セントレア東通りの裏路地は、まさにそんな場所だった。
複雑で日当たりの悪いこの場所は、警備の目が届かない犯罪者にとっての楽園だった。
「はぁ……、もう! 楽しみにしていたお祭りを邪魔されるなんて……! あんた達、覚悟はできてるわけ?」
そんな裏路地に、縄で縛られたならず者達が転がされていた。
どいつもこいつも空き巣犯だ。このあらゆる人が祭りで外に出ているタイミングを狙って事を起こした、小悪党達である。彼らは縛られて尚、いかつい顔で赤髪の魔術師の少女――クレアを睨みつける。
だが、そんな顔で睨まれ罵声を浴びても一切怯むことなく、ドスをきかせた声で彼らに問いかける。それは質問ではなく、尋問だった。
「ちょっとあんた達、答えなさい。誰の命令でこんなことしたの?」
「素直に吐いた方がいいぜ~、クレアの尋問はきっついぞ~」
「はぁ? これは俺達が勝手にやったことだ! 誰の命令もあるか――ぎゃあああああッッ!!」
「親分!?」
ぷすぷすと黒い煙を上げ、沈黙するならず者達の親分。
彼らが顔を見上げると、そこには笑顔の魔術師がこちらへと杖を突きつけていた。
恐怖で青褪める子分達の前で、動けなくなった親分を踏みつけると、改めて彼らに問いかける。
「嘘はよくないわ。こんなに示し合わせたかのように同時に犯罪が起きるわけないでしょ。他の連中が自白した内容で、裏に誰かいるのはわかってるのよ」
答えなければどうなるかは、火を見るよりも明らかだった。
笑顔でバチバチと稲妻を纏った杖を向けるクレア。これはもはや尋問ではなく脅迫だった。
「五秒以内に答えなさい。ごー……、よん……、さん……、にー……」
「お、俺達は頼まれただけなんだ! この街で暴れてほしいって、それで……」
「お前、それを言ったら報酬は――あぎゃああああああああっ?!」
ついに恐怖に耐えかねて一人が自白した。
止めに入った別のならず者を稲妻で黙らせると、「続けてくれる? それは誰なのかしら?」と先をうながす。
「お、俺達も知らねぇ、う、嘘じゃねぇ! あいつ、黒いローブにフードをかぶって、顔が見えないようにしていたから……」
「ふーん、なるほどね。その人にはどこに行けば会えるのかしら」
「おいそれ以上は言うな――ぎゃああああああああッッ!!」
自白を止めようとした別のならず者に、強力な電撃がお見舞いされる。
親分と同じ運命を辿った仲間を見て、背筋が凍る。――この女、容赦がなさすぎる、と。
「さ、知ってたら答えなさい。そしたらあなただけは助けてあげる」
「あいつらとは東門近くの空き家で待ち合わせしてる! 本当だ! だから――」
「あ、おい! お前――」
一番最初に自白したならず者が、自分だけ助かりたい一心で全てを白状する。
その答えに納得し、一際大きな笑顔を浮かべた少女は――
「ありがと。じゃ、もう用はないわ。おやすみなさい」
「ひっ」
「「ぎゃあああああああああああああああああああああッッッ!!」」
的確なコントロールで、自白したならず者以外の全員を稲妻で焼き焦がした。
巻き込まれると思った最後のならず者は、茫然とし、呆けた顔で少女を見上げる。
「魔術師は約束を違えない。勉強になったわね、あなた?」
そう言って少女は、彼の縄をほどくと、最後のお願いを耳元で告げる。
「それじゃ、その空き家まで案内してくれるかしら?」
「あ、ああ…………」
実力差は歴然。もはや反抗する気がなくなった彼は、首を縦に振ることしかできなかった。
「ひゅ~、相変わらずおっかねぇ。なぁアラン?」
「ははは、そうだね………………」
どこか歯切れの悪い返答に、「何か考え事か?」と問いかける。するとアランは少し悩んだ素振りをして、心の内を打ち明けはじめた。
「……黒幕の企みが一体何かと思ってね」
複雑な顔で首を傾げるアランは、これまでの情報で引っかかる点を挙げてゆく。
「相手の目的が見えてこない。扇動している割には、部下の扱いが杜撰すぎる。最初から捨て駒としか見てないような……」
「まー確かに作戦って割には雑だよなー。今んとこ、適当に暴れてるようにしか見えねーし。……その数だけは異常だけど」
この六日間で捕まえた犯罪者達は、両手で数えられる数をとうに超えていた。
自分なりの憶測はあるが、確信はない。「リック。君はどう思う? この状況を見て」と隣に問いかけると、即席だが納得の行く答えが帰ってきた。
「……んー、そうだなぁ。数だけはやけに多い……警備員の手を回らなくするのが目的か? ってことは――」
「――本命は、他にある」
それは奇遇にも、アランが導き出した答えと一緒だった。
問題は、その本命が何なのか、予想がつかないことだ。答えを導き出すためには、今の自分達には情報が足りない。そのためにも、まずは――
「ほら行くわよ! アラン、リック!」
「ほいほい、んじゃ、まずはその謎の人物とやらに会いに行きますかね」
――まずは、その扇動している謎の男を捕まえる必要がありそうだ。
+ + +
華やかな商店街や広場があるわけでもない、やや陰気な雰囲気が漂う東門前広場。
そもそも日当たりが悪いというのもあるが、住宅街が中心となるこっちの門は、人気に欠ける場所だった。街全体のお祭りムードがここまで届いていないのがその証拠だ。
広場を抜けて、住宅街に入る。メインストリートから離れ、裏路地に近い場所にある窓もない怪しい空き家。彼が言うには、ここが待ち合わせの場所だということらしい。
「まずはあんただけ入って、様子を見てきて頂戴。何かあったら大声を上げて知らせて」
「わ、わかったよ……」
留守にしているかもしれないし、相手に警戒されているかもしれない。
涙目になりながらも反論することはできない彼に、アランとリックは苦笑いを浮かべる。
「これでその謎の男を捕まえられれば、一気に解決の糸口が掴めるんだけど」
「そんな簡単な話だったらいいんだけどなー」
そう漏らしたアランの言葉に、否定的な言葉を返すリック。
確かに、そんな簡単な話だったらいい。だが現実は、そんな簡単にできてはいない。
「うっ、うわあああああああああああああッッ!!」
「……! あいつの声だ!」
「行くわよ!」
住宅街に響き渡る男の悲鳴に、〝デュラン・デルト〟のメンバーは空き家に突入する。
暗い部屋。中にあるのはならず者が持ち込み、床に取り落としたランタンの光と、薄暗い暗闇の中に浮かぶ紫の線で描かれた、謎の模様だった。よく見てみるとそこに何かがいることがわかる。
「ひっ、な、なんだこの化物……!」
「下がって」
床に転げ、後退りするならず者。彼と相対する敵の間にクレアは割って入ると、準備していた魔法の詠唱を再開し、目の前の敵に向けて解き放つ。
「――我が敵を氷獄の海に沈めよ! ブリザード!!」
部屋全体に氷の嵐が舞い、目の前の敵が凍りつく。
図体は人間の二倍ほどの巨体。身体は継ぎ接ぎで様々な魔獣を混ぜたような、不気味な見た目をしていた。凍りついたその
身体に線が走り、ずれ落ちるように崩れ落ちると、崩れ落ちた部位が砂のように崩れてゆく。残った部位も床に倒れると、同じように砂と化した。
「案外あっけなかったな」
「……いえ、まだよ!」
クレアが声を上げると同時、砂の山が身体を再構築し、元の姿を作り直す。
倒したはずの二体が再び復活し、前衛の二人は武器を構え直す。
「な、なんだこいつ!?」
「あの術式――不死の術式よ。死の〝理〟を書き換えて、身体を砂に変えた後再構築してる」
「倒せないのか?」
アランの単刀直入な質問に、クレアは首を横に振って応じる。
「不死の術式は、言わば死ねない呪いよ。こいつらを動かしている魔力のコアを破壊するか――呪いそのものを解けばいいわ」
「つまり、僕の出番だね」
そういってアランが一歩前に出ると、剣を強く握り締め、
「――グランドクロス!」
その言葉と共に、
再び砂となって崩れ去る敵に、今度は剣を突きつける。
「――審判の光よ! ジャッジメント!!」
呪いを浄化する光の剣が、突きつけた砂の山に白い光線を解き放つ。
黒い砂を焼いたというのに、肉が焼き焦げた匂いがする。しばらく光を照射し終えると、アランは武器を鞘に収めた。
「こ、今度こそ終わりか?」
「ええ。間違いなく」
灰を手で触って確認するクレア。彼女の言葉の通り、砂が再び怪物の姿となって起き上がることはなかった。
安堵に息を漏らすと、部屋の隅でがたがた震えるならず者を問い詰める。
「私達を罠に嵌めたの?」
「ししし、知らねぇよ! 誰かいないか奥に歩いてったら、この怪物がいきなり襲ってきたんだ! 嘘じゃねぇ! 信じてくれ!!」
「どうも嘘言ってる感じじゃねぇなこりゃ」
彼は何も知らなかった。
裏切りに勘付き、罠を仕掛けたか――または、最初からあのならず者達はここで始末する算段だったのか……どちらにせよ、手がかりはなくなってしまった。
これからどうする、とアランに視線を向けると、訝しげな表情を浮かべこの怪現象に頭を悩ませていた。
「……おかしい。都市には結界があって、魔獣は都市の中に入ってこれないはず……」
ある程度大きな都市と呼ばれる街には、魔獣が存在できなくなる結界が張られている。
だが、結界の中だというのに、先程の怪物は反応しなかった。……一体、何故。
「これって魔獣なのか?」
「一応、魔獣に分類されると思うわ。魔獣を素体に、この不死の術式で無理矢理身体を構築してる感じだもの。……
クレアは「一応サンプルをとっておきましょうか」と言って、取り出した小瓶に怪物の成れの果てである砂を集める。
「どうする? これから。まだ犯罪者の取り締まりを続けんのか?」
依頼はここ最近増えている犯罪者の取り締まりだったのだが、ここまでくるとそうは言ってられない。何か動かなければ手遅れになるような、そんな焦燥感にも似た違和感をリックは感じていた。そしてそれは、アランも同じだった。
「まずは冒険者協会の支部長に今あった出来事を伝えよう。話はそれからだ」
何かが起きている、だが、その全貌がまだ掴めない。
「……なんだか嫌な予感がする。急ごう」
既に手遅れじゃなければいいんだが。そんな嫌な予感を感じつつ、この場を後にした。
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