四章
第14話 事件発生
――冒険者協会セントレア支部、執務室。
シックな家具が並ぶ部屋に、緊迫した空気が流れる。
執務椅子に座るセントレア支部長、コリー・フォースターは、俺から受け取った解読された手帳の内容を読み、険しい顔を浮かべた。
「……なるほど。状況は概ね理解しました。……想像以上に深刻な状況みたいですね」
「即刻開拓記念祭を中止し、住民に避難勧告を出すべきだ」
俺は支部長に断言する。このまま放置していたらとんでもないことが起きる、と。
だが険しい顔を浮かべる支部長は何か思い詰めるような表情を浮かべ、静かに首を横に振る。
「確かに、レイオスさんの意見はわかります。ですが、今からとなると難しいですね」
「ど、どうしてですか?」
「開拓記念祭は、この都市の住民が長い期間をかけて準備してきた、特別なお祭り。既に始まった記念祭を急に中止にするとなると、住民の反発は物凄いことになるでしょう。それに残念ながら、その計画が本当に実行されるという根拠もありません。……現状では」
「手遅れになってからじゃ遅いんだ! 支部長もわかるだろう?!」
苛立ちから机に手を叩きつけ、強い言葉で上申する。
それを聞いた支部長は、といえば、苦しんでいた。歯を噛み締め、顔を歪ませ、どうすることもできないと嘆きの声を絞り出した。
「わかっていますとも……! アレイスター本人と相対した最上級冒険者、レイオスさん自身の意見……信頼にたり得るものだと理解もしています……! ですが、この件は私の独断で指示できる範囲を超えてしまっている……! 警戒を強め、迅速に対応するしか、私には……」
支部長も必死に考えている。だが、権力者である彼ができることにも限界がある。
仕方ない、仕方ないのだ。わかっているが、何もできない無力さに打ちひしがれ、頭を抱えることしかできない。
「くそっ、このまま手をこまねいていることしかできないのか……?」
「もうすこし情報が……祭りを中止し、避難勧告を出せるだけの根拠があれば……」
重い空気と沈黙が、執務室を支配する。
頭を抱えながら、何かできることはないかと思考を巡らせるが、相手の目的しかわからない現状では、憶測で動き出すことは――できない。そして、どこまで大きな仕掛けを忍ばせているのか、調べるにはあまりに時間の猶予がなさすぎた。
部屋の片隅で控える治癒術師の少女、セラも、困ったような表情を浮かべることしかできない。解決策が何も浮かばず、ただただ時間だけが過ぎてゆく――その時だった。
「失礼します。取り急ぎ、支部長にお伝えしたいことが――……レイオス?」
俺の聞き覚えのある声と共に、重い空気を突き破って、何者かが部屋に足を踏み入れる。
それは、ある意味では予想外で――ある意味では納得のゆく――三人組。
アラン・アーサー。リック・ブリック。クレア・アーシュリー。〝デュラン・デルト〟の三人が、この場に現れた。
「レイオス! それに、セラも!」
「レイオス!? いままでどこに行ってたのよ!?」
「みんな?」
「みなさん……!? ど、どうしてここに?」
思わぬ邂逅。驚く治癒術師の少女の質問に、リーダーのアランは「支部長から依頼を受けていてね」と答える。
そして次の瞬間、駆け寄ってきた赤髪の魔術師の少女――クレアに何故か俺の服の襟を掴まれると、彼女は捲し立てるように怒声を響かせた。
「あんた! 何勝手に一人で飛び出して行ったのよ!? 私達の気持ちをなんだと思ってるの!? 絶対許さないんだからね!?」
「そうだそうだ! 出ていくんなら、せめて俺達を納得させてから出ていきやがれ!」
「む……だが、ギルドマスターの命令とあれば、仕方なく……」
「何が仕方なくだよ! ずっと一緒の仲間だろうが! こちとらあんなヒゲオヤジに言われた程度で引き裂かれる付き合いしてねぇんだよ!」
「早とちりのあんたのことだから、私達もまとめて追放されると思ったんでしょうけど、できるわけないでしょそんなこと! 最上級冒険者をパーティごとまとめて放出するなんて、ギルドの沽券に関わるもの」
「む……言われてみれば、確かに……」
「頭に血が昇ってたからそんな簡単なことも思いつかないのよ、バカ。バカレイオス。そんなんだからバカバカ言われるのよこのバカ」
……返す言葉もなかった。あの時は俺も、軽いパニックを起こしていた。
涙目で言いたい放題言って満足した――と思いきや、今度はぎゅっと身体を抱きしめられる。
先程までの怒りはどこへやら、彼女の口から次に出てきた言葉は、優しい声だった。
「……元気そうでよかった」
「ああ。お前達も」
セラから話を聞いてはいたし、彼らのことだから心配はしていなかったが――改めて元気そうな姿を見て安心する。
だが、そんな感動の再会も、アランの「今は再会を喜んでいる場合じゃない」という険しい声で、急に現実に引き戻される。
「アランさん……もしや、そちらでも何かありましたか?」
「はい。依頼通り犯罪者の取り締まりをしていたところ、それらが全て計画的なものだということがわかりました。……どうやら、黒いローブを着た謎の男がならず者達を扇動していたみたいです」
「なんだと? 詳しく聞かせてくれ」
黒いローブの男――まさかと思いながら、彼の言葉に耳を貸す。
彼らの情報は、ここ数日間の頻発する犯罪は全て扇動されたものだった、ということ。扇動したのは黒いローブにフードをかぶった謎の男、ということ。そして、待ち合わせ場所に潜入したところ、様々な魔獣を継ぎ接ぎにしたような、
黒いローブの男――この時期に行動を起こすとしたら、アレイスター、あいつしかいない。恐らくだが、同一犯とみて良さそうだ。
「……この二つの事件、繋がっているのか」
同じように俺から先日あった出来事を聞いたアランは、険しい顔つきで思考を巡らせる。
「ですがそのアレイスターさんは、レイオスさんが倒したはず……」
「恐らくはあれは本体ではなく、アラン達が出会った
「――まだ生きている、と」
アランの出した結論に、同調するように首を縦に振る。
だが、わかったところで何ができる? 結局、相手がこれからしようとしていることがわからなければ、何の意味も――
「レイオス。ちょっとその手帳を貸してもらえる?」
「ああ、構わないが。どうする?」
「私が続きを解読してみせるわ」
きっぱりと言い切ったクレアの言葉に、「できるのか?」と聞き返す。すると自信ありげに胸を叩いた。
「法則はプロの先生が既に解読済み。あとはそれに沿って読み解くだけだもの、任せなさい」
手帳を手渡すと、彼女は解読された文章の中から長々と法則を書き殴ったページを取り出し、早速解読をはじめた。
「えーっと、これがこうでこっちがこうだから……ふんふん、なるほどね……」
こういう時の彼女は心強い。法則がわかっているとはいえ、凄まじい速度で理解すると、ぽつぽつと読み解けた単語を口にしてゆく。
「……計画、内容……ならず者、に、協力、を、要請……街で、犯罪を……警備、の、目が、薄く、なった、時期……協力者、を、都市、に、潜入」
素早く解読を続けるクレア。恐らくここまでは既に計画が進行している。問題は、この次だ。全員の視線が集まる中、彼女はその内容を口にした。
「狙い…………狙いは……結界、装置――〝
「「結界装置!?」」
俺と支部長の声が重なる。奴らの狙いは、外敵から都市を守る強力な結界装置だ。
慌ててどこかに連絡をする支部長。まさか、結界装置に干渉するとは――!
「な、なあ、どういうことだ? 閉じ込める結界って――」
「本来の結界は、範囲内と範囲外に境界を作り、別の〝
〝
「だけど、それを利用して〝
「しかも、そのせいで既存の〝
「……ダメです。警備員から応答がありません。恐らくは――」
「既に書き換えが終わった後、ということか」
手遅れだったか……。徐々に悪くなる状況に、思わず歯噛みをする。
「いっそのことぶっ壊して外に避難しちゃダメなのか?!」
「都市の結界装置は防衛の要。そんな簡単に壊せるような作りではありません」
「だよなぁ、そんな簡単な話なわけないか……」
「クレア。続きは読めたかい?」
「ちょっと待って、ここから法則がすこし変わってて……こうだから、うん、大丈夫。続きを読むわね」
過ぎたことを後悔しても仕方ない。先をうながすアランの言葉にうなずくと、クレアはその先の計画を語った。
「正門、東門、西門……用意……ゲートを、開き、実験体を、利用。……我は、女神の、祭壇に向かい、儀式を――――」
「女神の……祭壇?」
「って、あの観光スポットの、あれか?」
女神の祭壇とは、このセントレアに古くからある観光名所だ。
巨大な祈るポーズを取った女神の上半身の石像に、儀式場のような円形の広場となっている。このセントレアの中央にある遺跡のひとつである。一説では祝福を込めて、その石像を中心に都市が築かれたと言われている。
………………ともあれ、これで奴の行動ははっきりした。
人を、神に――。俺からすれば、何故そこまで固執するのか理解に苦しむ内容だが――その執着は、多くの命を奪い、このセントレアという街を地図から消そうとしている。長い事この地で育ってきた俺達からすれば、到底看過できるものではない。
「時は一刻を争うみたいだ。支部長、各門に人員を配置し、厳戒態勢を。僕達は――」
――チリンチリンチリンッ! チリンチリンチリンッ!
アランが言い終えるよりも先に、この部屋に用意された連絡用の強化
「私です。何がありましたか?」
『――こちら正門前! 支部長! 大変です、正門前に謎の水晶の柱が現れ、気持ち悪い見た目の怪物が中から――』
『――東門前、同じくです! 現在、付近の人を集め協会に避難中!』
『――西門前も同様の現象が起こっています! 付近の冒険者と協力し迎撃にあたっていますが、この怪物、何度倒しても蘇ってきて――』
『――支部長! 大変です! 女神の祭壇に、黒い謎の結界のようなものが――至急調査を!』
各地から緊急の連絡が矢継ぎ早に届く。まるで示し合わせたかのように、一気に奴の計画が始動した。「始まったか……!」と声を漏らし、拳を握り締める。
「落ち着いて聞いてください。職員全員に緊急事態宣言を発令。冒険者協会セントレア支部まで、一般人の避難誘導をお願いします。また、中級以上の冒険者に声をかけ、事態の鎮圧を試みてください。繰り返します、緊急事態宣言を発令――」
「僕達〝デュラン・デルト〟は、女神の祭壇にいるであろう本体を叩きに行く。このまま儀式を完遂させるわけにはいかない。……まぁ、罠の可能性は高いけれど」
都市全体を相手に取る以上、最上級冒険者が出てくるのは相手も想定済みだろう。
だが、危険を承知でも行かなきゃいけない。それが、都市最強の最上級冒険者を名乗る者の義務であり、責務でもあった。
凛々しい顔から一転、珍しくも心細そうな表情を浮かべたアランは、俺に問いかける。
「レイオス、君も一緒に来てくれないか? 僕達には、君の力が必要だ」
「…………いや。悪いが、俺は行けない。……他に必要としている奴がいるんだ」
「他に必要としている……?」
本当は行きたい。だが今だけは、彼らと行動を共にすることはできなかった。
アランの問いかけに、俺は「ああ」と笑って答える。「新しい仲間だよ」と。
きっとこの街のどこかで、あいつらも――〝トラベルウォーカー〟のみんなも、事件に巻き込まれているはずだ。あいつらの安否も確認せずに、アランと共に最前線に出ることは、できない。
意外そうな顔を浮かべるアランの肩を叩き、リックが笑顔で俺に答える。
「へっ、そういうことなら仕方ねぇ! そいつらのこと守ってやれよ、レイオス!」
「ま、あんたの出番はないから安心しなさい。私達だけでちゃちゃっと解決してくるから!」
「レイオスさんも、お気をつけて……」
「ああ、悪い。間に合いそうなら後から追いかける。……気をつけてくれ」
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